ジーニアスQuest

 読んで実践した方が、心の管理法に慣れて目標達成力を培うためのパワフルな方法
   継続力をつけるための習慣化のノウハウ
  や速読など能力開発等の記事をアップしています。     

スティーヴン・プレスフィールドは彼の著書「The War of Art」(アートの戦争)において、
「レジスタンス」について詳しく語っています。

彼によれば、「レジスタンス」は、夢や目標を追求しようとするとき、
新しいライフスタイルを追求しようとするとき、

または私たちが創造的な作業に取り組もうとするときに顕れやすいとされています。

レジスタンスは、私たちが変化を恐れ、快適ゾーンにとどまりたいと思うときに発生する内面の抵抗と言い変えることも出来るでしょう。


それは、怠惰、恐れ、不安、罪悪感、言い訳、自信の欠如、気晴らしに逃げる、完璧主義など、さまざまな形をとります。


このレジスタンスは、私たちが成功することを妨げ、理想の人生を生きることを阻むとされています。


私たち全員が、ある時点でレジスタンスを経験します。それは、誰しもが直面します。

なぜなら、レジスタンスは主に自己防衛機制の一環として存在するからです。

人間は本能的に不確実さやリスクを避ける傾向があります。
もちろん変化や未知への恐怖は生存の観点から見て有用の側面もあります。

新しい行動を取ることは、その結果が未知であるため、リスクを伴います。

よって、私たちの脳は安全で快適な「現状維持」を望む傾向があり、これがレジスタンスの一部として発動するとも言えるからです。

しかし、外界の万象は流転します。私たちは忘れがちですが。

ですから、いくら快適でも「現状維持」に甘んじていたら、それこそがリスクでしょう。

また、人間の心理には「不適応な信念」や「自己否定的な思考」など、自己成長や成功を妨げるパターンが存在します。

これらはしばしば、自己価値の低さや恐怖、不安を生み出し、それがレジスタンスとして表れることがあります。続きを読む

ブログ記事やメルマガでも、ここ1~2か月は、霊性成長主義および霊性満足の生き方の探求をテーマに書いてきました。尤も上記記事の前半はともかく後半は最早、日本の教育政策に対する愚痴( 公憤だと自分では思いたい )を、だらだら垂れ流す形になってます。ですので後半は読む価値はあまりないかもしれませんけど‥(-_-;)




ですが、そういうのをテーマにして書いたら

「そんな生き方を探求し、そういうのに時間を割いてたら、ただでさえ、日本は停滞し衰退一直線で閉塞感が凄い・・
おまけに新型コロナも変異を繰り返し、まだおさまってもなく健康に対する不安感が拭えない。
経済的にも大変以外の何ものでもない。
しかもウクライナとロシアの戦争は勿論、国内も、いろんな社会問題が浮上して社会不安もすごく世の中騒がしい。
こういう社会状況下で、そんなことに時間を割いてたら<おまんまの食い上げ>じゃないか!!
お前は馬鹿か!!こんな大変な時期に!!」
と御叱りの声を上げる方もいらっしゃるのではないかと思います。

そういう、ご意見も、ごもっともかと思います。



ですが、そういう方こそ、真理探究に時間と生命を捧げた方の生涯を俯瞰するとよいかもしれません。

何か不思議な光景を、そこに垣間見ることが出来るかもしれませんから。


例えば


天風先生なんかも良い例です。

天風先生の略歴をざっと書くと

この御方は1876年生まれ。明治、大正、昭和を生き抜いた哲人です。
正義感はめっぽう強いが荒くれた学生時代を過ごしています。

親すらも手が付けられなくなったので日本右翼の源流で大アジア主義を唱えた頭山満翁に預けられました。

その後に頭山翁の仲介で軍事探偵になり日露戦争で情報収集と後方攪乱などで、めざましい活躍をしたと言います。
軍事探偵として、死すら恐れない豪のものだった逸話がいくつもあるとか。

しかし30代前半に、奔馬性肺結核という当時の不治の病に罹患しています。

それをきっかけに、あれほど強く頼もしかった心が、これほどまでに、ひ弱で卑しく
おっかなびっくりになるのか??
というくらい・・

神経過敏が服を着たようになって、どうしようもないくらいに心がおどおど恐れ惑い

卑しく、ひ弱になって困り果て

心のことで悩み苦しんだそうです。

それでもう、どうにもこうにも極まって難病をきっかけに心の問題を探求するようになり、
そこから哲学的なことや宗教的なことも含めて真理を探求せざるを得なくなりました。


そういう見方をすると病も悪いどころか、長い目で見ると素晴らしく善かったのかもしれませんね。天風先生にとって・・
天風先生は、これをきっかけに、上滑りの浅薄な生き方ではなく
より強く高い生き方を深く模索するようになったわけですから。

それでもって、あまりにも心が苦しいし病の不快な症状(喀血、鶏鳴下痢、高熱)も辛すぎる。

脈が気になる。咳が気になる。熱が気になる。病状が逐一、気になるようになっていったそうです。

併せて軍事探偵時代は、死をも恐れないエピソードが沢山ある豪のものだったのが、
世界的な肺の権威であった北里博士から、余命いくばくもないと診断され闘病生活を送るうちに
何故かこの時(この頃)に´ 死ぬ ´ということに対し強い恐怖や不安を覚えるようになったと言います。

それで医学だけでなく宗教や哲学にも頼り、国内の名だたる医学者( 北里柴三郎博士 )や禅の大家、
宗教家( キリスト教の著名な牧師のお一人の新島譲翁 )など

人脈も利用し病が小康状態になるたびに片っ端から尋ね回って体の不調や辛さ、
ひたひたと押し寄せてくる死の不安や心の苦悩、言い知れない苦悩、恐れをなんとかしようとし、
助言に耳を傾け教えられた方法も片っ端から試したとか。

探求の仕方も教養を身につけるとか知的なお遊戯で求めたわけでは決してない。
それこそ、体を張った命がけの探求。

しかし学者や識者、宗教家から教えられた方法をやっても、どうにもならない。
何を試してやっても駄目。

恐らく天風先生(中村三郎)の背景や気質、内的要求に、それらの方法が合っていなかったせいかと思いますが・・

それどころか学べば学ぶほど、むしろ、いよいよ、心が、こんがらがった糸くずみたいになって、
もっと心が弱くなって気も弱ーく、一層苦しくなっていったそうです。

それでもう、どうにもならず、国内がダメなら海外ならどうなのかと考え始めたと言います。


国内はダメでも世界は広い。

海外なら、良い知恵を授けてくれる人もいて、なんとかなるのではないかと、うっすら漠然と考えていた最中に
友人から渡された1冊の本( セルフヘルプ系の海外本 )を読んだ天風先生は、これに、いたく感銘を受けたのだとか。

なぜ、感動したかというと、その本には、「 どんな艱難辛苦に遭遇しても強い心で乗り越えて行く生き様が書かれていたから 」だったとか・・

病はしょうがない。なぜなら、当時の日本では肺結核が流行し若くしてバタバタ死んでる方も多かったから。

それはしょうがない。仕方ないにしろ、生きてる間に自分も、その本に書かれているような、こんな強く気高い心を、元の半分でもいいから取り戻せたらなぁと漠然ながら強く憧れ、憧憬を抱いたのだとか。

そうして肺結核が小康状態になったのを契機に、「 座して死を待つよりは 」と思い立ち
その本を執筆したアメリカの自己啓発作家に会う決意を天風先生はしました。

これは決して惰性や流れで決断したものではないでしょう。
そこには状況をくらりと変える強い意志の発露が、そこにはあったという事でしょう。

なぜなら国法を犯してまで単身アメリカに渡ったし、病の性質から、病状が悪化し外国の地で野垂れ死ぬリスクだって当然あったのですから。
(※なお肺結核では当時においても海外へは行けないです。密航だったそうですが軍事探偵時代のノウハウが役立ったと聞きます)

そうして密航などという方法まで取って、
海外で野垂れ死ぬリスクも高かったなかで命がけの覚悟を持って日本を出て、
やっとの思いで、そのアメリカの自己啓発作家の事務所を訪ねた天風先生。

しかし、その作家に会って、自身の心の窮状を訴えるも・・
そのアメリカの作家の言う事は、「なんでここに来たんだ??」という素っ気ないもの。

しかも、その助言もHow to Sayの域を出ない´こんにゃく問答´。  

喩えるなら、あの一休さんの有名な頓智問答。

「屏風に描かれた虎を退治しろ」っていうの・・

一休さんは、「わたしがつかまえて退治してあげますから、将軍様が、どうぞ虎を追い出してください」っていうの・・それで、堂々巡りになるという・・


自身の抱える心の苦悶や病状の不快感から来る苦しさや強い不安に対し、
( How to Do )一体全体どうしたら病や苦難、不遇に虐げられない強く気高い心をモノに出来るか?
と言う問いに対し



アメリカの自己啓発作家は、自分が本に書いてるように、
ただ「よく本を読め!心を強く持て!持てば、あなたは救われる」と言うばかり

それに対して

「いや、あのですね。それができないから死ぬほど困って訪ねてきてるんだ、こっちは」。( by 天風先生 )

と返すと

「いやいや、本を読め!私が本に書いてることをよくよく読んだらわかるように心を強く持て!
心を強く持てば、あなたは救われるんだよ」( by 自己啓発作家 )

これ以上話が前に進まず堂々めぐり・・

作家の助言は、How to Sayの虎の屏風の中から外へ出られない。

ある意味、一休さんの頓智問答で笑い話にもならない。

(尤も、そのアメリカの自己啓発作家も、日本からわざわざアメリカくんだりまで訪ねてきたのにはびっくりしただろうし、その助言が精いっぱい。いっぱいいっぱいだっただろうけども)


それができないから、学者、識者、宗教家を尋ね回り探求してきたわけで
悩みと苦しみのドツボに嵌って喘いで真っ暗なトンネルを抜けられない自分(天風先生)に対し作家の言う事は
トンネルを抜けたら´雪国´どころか、喩えるならトンネルの中よりも暗黒のブラックホールだったようなもの。

何の役にも立たず絶望し暗闇に突き落とされたと言います。

密航までしてアメリカに渡ったのに、これでは・・
泣きたくても情けなさ過ぎて泣けない、これでは・・

チーンっていう音ならぬ音が心を吹き荒れ、寂寞の風が駆け巡ったのではないかと御察しします。





まあ、私も自己啓発系の本やノウハウ、バイブルや仏典研究などで精神至上主義的探究をしたものだから研究の仕方を間違えて、何をやってもダメダメで・・
それどころかこんがらがった糸くずみたいになって度が過ぎて神経衰弱一歩手前ってとこまでいったことはあります。


いくら頑張ってやっても駄目で悔し涙も出ないという情けなさ、惨めさというのは
天風先生の1/100位は私でも感じることが出来ると思うので・・



それに天風先生の方法を実践なさってる方でしたら、絶望音どころか、意識の持ち方によっては、これは安定打坐の訓練になります。だから、むしろ希望の音ですね。



ということで、もう一度。
 ↓


1日のうちにいくばくかの時間を使って探求に心を注ぎ、その一環として
肉体感覚から来る不安や衝動を鎮め、それだけでなく充実せしめるクンバハカの身体の持ち方を錬磨し
時間を見つけて無我無心(空境)を超えた領域に浸り、つながる時間を、少しずつ作っていけば、
心の安定を取り戻し徐々に心が強くなるのは必定でしょう。



で結局、天風先生はアメリカを発ちヨーロッパ中の著名な学者識者を訪ね回り、聞きまくりますが、ここでもダメ。
 
もう万策尽きて諦めて日本の地で死のうと思い、フランスのマルセイユの港から日本行きの船に乗ったと言います。この時、天風先生は、喜怒哀楽の感情も喪失し能面と言うか
一個の物体みたいな無機物( 生けるしかばね )になっていたと言います。
本当に行くとこまで行ったら、こうなります。

だから、泣いたり辛がったり苦しんだりして大騒ぎしてるうちは、まだまだってことかもしれません。
そうならないほうが幸せに違いないですけど、行くとこまで行ったら、そうなります。
もはや感情が死んで動かなくなるんです。



しかしイタリアの砲艦がスエズ運河で座礁したことで、天風先生が日本に帰るために乗った船が通れなくなりアレクサンドリアで一時停泊しました。

一時停泊したことで、「アレクサンドリアからエジプトは近いよね」。と言うことになり船内で、たまたま知り合いになったフィリピン人からの強い誘いがありエジプトのピラミッドを見に行くという話になりました。

このあたりの話も興味深いのですがフィリピン人の友人にピラミッド観光を誘われても
天風先生は気が乗らなかったのだとか。

そのピラミッド
   ↓


スフィンクスですら全長約75m、高さや幅が約20m。

ピラミッドに至っては高さ約150m、基礎の一辺約230m。
1個の石の重さは平均2.5トン。約230万個の巨石が使われたと言います。

こんな大きなお墓が紀元前のプトレマイオス朝 クレオパトラの時代ですら、既にあったって言うんですから驚きです。

やや脱線しました。


で天風先生が、ピラミッド観光に誘われても

そこに観光に行くのに全く・・微塵も気が乗らなかったのは、なんでかと言うと、


もうどうせ、すぐに死ぬ身で、世界的な肺の権威の医者に余命宣告までされてる身・・

もう間もなく墓に入るような人間が、でっかい墓のピラミッドなんか見に行ってどうする‥
・・と思ったからだったとか、


しかし、旅で仲良くなったフィリピン人があんまりにも強く誘うので、
どうせ、間もなく墓に入る身なのに・・という気持ちだったのが、すっと動いて行く気になったそう。


いやあ、旅の中で、たまたま知り合ったというフィリピン人・・
これは本当に歴史的偉業!!ナイスジョブです。


そうしてカイロのホテルでインドの聖者と僥倖とも言うべき運命の出会いを果たしています。





このあたりの逸話も面白くて、ピラミッドを見に行く前にカイロのホテルに行って、
準備のために泊まったら朝方に急に体調が悪くなりホテルの室内で大喀血しヘロヘロになっていた。

体調も崩し大喀血。惨めさも極限の更に極限に至ってたのに

実は天は見捨てておらず、思いっきり近かったということ。
ここは大きなポイント(の一つ)かと思われます。

ひたむきに求め取り組んでも挫折をくり返し惨めを通り越すだけ通りこして、
希望はなかったけれども、それでも決して恨んだりせず無の状態にしていたら
ご本人にとって僥倖が近づいていたってことです。

天風先生みたいに使命が大きい方の場合は、試練も途方もなく大きいという事もあるでしょうけど。

それに天の演出ってすごいと私は思っています。

そういう挫折や惨めさ(心の痛み)を通り越した極限の心境に至って、明け渡すような心境に至ってないと、

聖者と会っても・・多くの方( その他大勢 )がそうであるように・・いわゆる深い出会いができるわけもなく

スパークし、付いて行こうという気も動かなかったと思いますから。

聖者に只会うではなく深い出会い方ができたというのもあるでしょう。

( その御蔭で、私を含めて何十、何百万人・・これから未来も考えると、
< 実践の熱心さにもよりますが >日本人に限らず海外も含めて途方もない数の方が助かる可能性を拓いたと考えると感慨深いです )

そうして、大喀血し、ぐったりしていたら、それをホテルのマネージャー( アメリカインディアンで大きな背丈の人物だったとか )が、
ぐったりしている天風先生を見て、スープでも飲めば治ると、
天風先生を、ひょいと抱えて連れて行かれたホテルのレストラン。

そこで聖者と英語で会話を交わし天風先生は不思議な強い感銘を受けました。
( このあたりの不思議ないきさつは「成功の実現」をご参照ください )

そうしてインドの聖者の誘いに応じ、カイロから何か月も旅をしインドの山(カンチェンジュンガ)のふもとに入りました。( インドに入った事すら天風先生は当時知らなかったとか・・ )

そのゴルケ村でインドのヨガ聖者は、到着して(すぐに)教えるとかいう事は決してしないという戦略で天風先生を導いたそうです。 

聖者は、敢えて「 すぐに教えないことで 」これまでの既存の知識を脇へ追いやり自負を捨て頭を真っ新にして
素直になることを自然に悟らせたのだとか。


これはインドで新約聖書のマタイ伝9章16節から17節の教えを、天風先生は生身で体験したってことになるかと思います。キリストの教えだからヨーガ哲学とは全然宗派は違うけれども、本質は同じということなのでしょう。


こうしてゴルケ村で厳しい瞑想修行と食事指導を施され清廉な慎ましい生活をした天風先生は、聖者とのちょっとした会話や問いかけに対し滝つぼの脇で瞑想しながら深めていく中で
漸次、真理を悟っていきました。

天風先生は聖者に出会って3年のうちに、あれほど弱く迷っていた心が
聖者のとりなしと、ご本人の強い意志さらには聖者の指導による深い瞑想によって
根源にふれ心がわれの生命用具であることや心の目的を感得し心身を生かす生命原理を含めた見えざる真理を体で漸次悟ることができました。

それによって心が蘇っていき、少しずつ薄皮を剥がすように立て直されていき
心の持つ本来の力を取り戻して、これまでの悪い生活習慣による、苦しみと煩いの多い、
よくない運命に修正が加えられていきました。

副次的に心の持つ本来の力の一つである自然治癒力も昂進し不治とされていた病が奇跡的に癒えるという劇的体験もしています。

私は別に病は治らなくてもよかったかもしれないと思っています。
ある意味では不謹慎な物言いかもしれませんが・・・

なぜなら、そもそもの天風先生の動機も自分の心が、なぜ?こんなにも弱く卑しくなったのか?
ということであり、そこに深刻な問いを置いて心や生命の問題の解明をしてきたし、それが第一義。

天風先生は病を治すために命を張った捨て身の探究をしたわけでは決してなかったからです。


その後、天風先生は、インドで聖者の直の指導と自らの意志による弛まぬ克己と探求によって
真理を悟って帰国後、飼い馴らされていない「 殆ど野生状態の虎( 3頭 )の檻 」に入って、
虎の頭をポンポン叩いても全然大丈夫だったそうです。

で、その時の写真まであるとか。

一般には、ガブリとやれちゃって、とてもとても無事では済まないとか・・
バイブルの旧約のダニエル書で獰猛なライオンのいるほら穴に投げこまれても、平気だったダニエルみたいですね。



で、話を天風先生に戻すと

天風先生は、不治の病が劇的に癒えて、飼い馴らされてない「 虎の檻 」に入っても
虎から危害を加えられず檻から無事に出てこれる虚心平気という相対積極すら超越した
高次の高い境地と高い次元の心の強さを内側に見出し、つながりを強めています。

ですが、そういう心の強さを取り戻し高い境地に至ったとは言え、

奔馬性肺結核は劇的に治っても長引いた病の後遺症で、先生の肺は、ぼろぼろだったとか。

普通は、たとえ治っても肺の片方がボロボロで後遺症もひどいから倦怠感も酷いだろうし
体調だって優れないことも頻繁にあったことでしょう。

それを気にして苦にして心が、そこに囚われ暗く弱くなり、こんな重い後遺症を抱えて、倦怠感も酷いから、
もうどうせ駄目に決まってる・・と人生生活に希望を失い自棄になって停滞するのが一般的ですが・・

肺の機能が劣化して重〜い後遺症を抱えた、あんな体で、あれだけお元気で
バンビのように全国を飛び回って口演して90歳以上まで、ご存命でおられた。

これは天風先生の公的な強い理念と、ご自身が長年の探索で解明した肉体及び精神(ひいては人格の成長や円満化のため)に施す系統的で秩序だった実際方法が、凄い方法であることを生身の生活で証明しています。

言い換えるなら肉体及び精神生命への一体的溶け込ませと人格の向上に向けた積極的訓練が、

ボロボロな肺で重い後遺症を抱えていても自然治癒力を維持せしめQOLを保たせて、
肉体を強靭にせしめながら肉体で生きるのではなく、
いわゆる「 見えざる気で生きる生き方 」を支え不要残留本能を抑制し本心良心に根差した大らかで思いやり深い霊性(心)を耕し磨き太らせ強めたということかもしれません。

しかも解明し体系化した実際方法は
精神修養団体などにありがちな、こころの訓練のみに偏ったものではありません。

肉眼の眼には見えない心と繋がった目に見える体も秩序的かつ訓練的に心の積極化と併せて訓練的に積極化させ生命生存力自体を底から強くし蘇らせると申したらよいのか。

この御方の公的な理念と解明した体系が、いかに優れているかが判るというもの。

尤も熱心に実践しなけりゃ絵に描いた餅になるけど、
どこに原書があるかとか、メイン・サイトで、こっちは、ほんと、あれだけ苦労して阿保みたいにページ数を使って、
心の奴隷になって苦しみや煩いが増し、人を退転させ生活が荒んでしまう根本的なとこの原因( 意志力が弱って心に振り回されどつぼに嵌る3つの原因 )や
最も大事な対策に重点を置いて明確化を図りながら苦労して誘導してるんだから・・


方法や方針を知ってるか知らないか?
また、そういう苦しみ多い悪習慣からの脱却の秘訣を大きな視点で知って
生活を少しずつ立て直し廉潔にし、充実させ、よりよくせしめ、
脳力開発や人格錬磨( 人格の向上 )もなすヒントを知ることが出来るだけでも全然違うでしょう。
個人差があって全員とは決して言わないけど、真っ暗闇の中で取り組むより少しは高まるはず。
長年研究し第三者の報告からも奏功が確認できたものの幾つかを公開してるんだから。
( 尤も課題は人それぞれでしょうが )



という事で、ゆるりと本題に入っていきます。続きの記事については

※なぜ、お金さんたちに好かれるのか? 天風先生を例にして



霊性成長主義および霊性満足の生き方の探求とお金のこと (続き)を、ご覧ください。
長いので分けました。

失敗するのではないか?徒労に終わるのではないか?うまくいかないのではないか?
こういった恐怖感、不安は、誰にでもあろうかと思います。



人前で恥をかくことを極度に恐れ、世間(周り)を気にし和を尊ぶ傾向の度が過ぎると他者の内的感情を、あまりに気にし世間にどう見られているか?という面子や外聞を基準とし、思考を束縛されがちになります。

人類学者のベネディクト博士が指摘したように「恥の文化」が根強い日本人は指針を「世間」という、わけのわからない流動的な何かに委ねがちで、漠然とした不安、恥をかくことへの恐れは、ひとしおでしょう。

世間を評価の基準にすると、世間自体が移ろうものだから内的に安定しないのは、当たり前なのですが・・

世間の目を気にしすぎてブランドものに漠然と執着する方もいると聞きます。




尤も、良い面もあろうかと思います。

和や集団性を大事にするというのが根っこにあることで日本人の震災などの大きな災害時の秩序正しい振る舞いは世界的にも評価を受けていますから。


しかし、あまりに度が過ぎると問題が生じます。

変化しやすい世間の目を気にしすぎている人は、恥をかくことを極度に恐れ面子にこだわります。

そうなると、生産的で価値高い創造的なことに向けて精いっぱいの力を出し切れません。

純粋な喜びを味わうことが出来なくなっていきます。

時間や、自らの能力などの、自分の内的資源を(出し切れず)出し惜しみをしたくなくても、すり減って自律神経も調子を崩し防衛本能が働きセーブしがちになるからです。

そうして漠然とした説明困難な恐怖感や不安のために、その消極的な思い方の慢性化で
心とも繋がっている、自律神経をすり減らします。

それが度が過ぎ慢性化し器質的に神経過敏になると、

神経系統の不調が(神経系統に繋がった)胃腸の消化や循環器によくない影響を与え心の働きに消極的な形の影響を与えてしまいます。

併せて時間や脳力を無駄な心配や不安回避に使いたくなくっても使ってしまいがちになるというジレンマに陥ったりします。

しかし、そういう心の使い方をした時間というものは、ただ神経を少しずつ消耗させ疲れるだけで、決して本心、心底から喜んで、そのような時間として使われているわけではありません。

漠然とした恐怖感や不安、取り越し苦労のために使われる時間は、これを鬱々と惰性でしている本人を漠然と訳も分からず消耗させ疲れさせ、べっとりしたような後々に引きずる不快な疲れを残し悪循環に陥らせます。

これは、スポーツをした後のような爽快な疲れではありません。

スポーツの後では、快い疲れと、快い眠りがありますが、

漠とした恐怖感や不安の惰性的習慣が惹起した疲れは、心地よい眠りを妨げます。


これを根本から治すのは意志の力を渙発させて心の態度を積極に誘導できて潜在勢力を湧出させることを可能にする心身統一法の実践研究、研究して実践、実践して研究の反復が方法(ルート)のひとつですが

息をめいっぱい吐き出しながら

心にある鬱々とした言い知れない不安や悩みを紙に移すのだという意念を持って

就寝前に、言い知れない恐れや悩みを、´ことば´(言の葉)にしようと努力し、書くということ。

ただ紙に書き、心にある悩みを手を介して外部の紙に移して、それをゴミ箱に捨てるということ。

たったこれだけでも、内にあった悩みを外部に出して、かつゴミ箱に不用として捨てるという象徴的な行為になるので、幾ばくか心は軽くなると言われています。

これは写経にも似た効果が、それ等の行為にあるからでしょう。

漠然とした悩みで何も書けないほどきつい時は、「困ったことは起こらない」と紙に書いて、そのまま眠るように心がけるだけでも幾ばくか心は軽くなるとされます。

これを精神科学的に分析すると、そう書くことで、心が積極的な想念へと誘導されるからでしょう。

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