ジーニアスQuest

 読んで頂いた方が、自然に幸運になってツイテくるためのパワフルな方法
   継続力をつけるための習慣化のノウハウ
  オマケで右脳開発や速読法等の記事をアップしています。  

Category: あなたの生活に新たな変化を興す実践のための質問箱 

メルマガやサイトを実践している方々から、ご質問があり、自分なりにお答えしたものを
かいつまんで一部抜粋・・加筆編集して記事にしてみます。
Hさんありがとうございました。

( ここから )


Hさま

岡崎です。

素晴らしい実績報告有難うございます。

相当に励みになりました。



>いつもメルマガを愛読しておりますが
>個別には、はじめてメールします。
>Hと申します。

>岡崎様にご報告と質問があります。


( ※Hさんから頂いた成果のご報告については諸事情で省略します。

         実践する方が焦るとよくないので )

>質問については以下のとおりです。
>お答えは、お手すきの時で構いませんので。

>質問1

>以前岡崎様は、メルマガ等で「ポスト中村天風、ポスト天風哲学 」は
>ヨガナンダ先生の「 あるヨギの自叙伝 」とコメントしておられましたが
>この結論は今でも変わってないでしょうか?


もちろん変わってないです。



「 あるヨギ 」は、手順を踏んで「 条件付き 」でお薦めという位置づけです。
( あくまで私の体験を踏まえた上でということですので )




「 口述書 」のコンセプトを保っていて、さらに・・と言う本をスクリーニング調査をして、いくつも篩にかけながら探しまくった過去がありまして・・

そのいくつもの篩を無事にパスできたのが「 あるヨギの・・ 」です。

 篩にかけた本は数百冊どころの騒ぎじゃないくらい有名どころの本やマニアックな本を含めて乱読的に物色し、スクリーニングしまくった上で結論してます。

 仮に、このブログをお読みのあなたが、私同様に、そういうコンセプトの本を探そうと発心したとします。


 数百冊のなかからスクリーニングし探すのに1日1冊読む・・

 そうして頑張って読んでいったとしても運が悪かったら2年くらいかかります。

 2日に1冊ですと4年かかるかもしれません。

 私の場合は、少し速読が出来る関係で割と早く読めますので、スクリーニングも速いですが・・
いずれにしろ、これを疑って本当か?信じられない・・と疑念に駆られて、私と同じように、ご自身で探していただいても別に私は何とも思わないし一向に構いません。

 ただし私を信じてくだされば、私がした苦労をあなたはしなくて済む・・
それだけの労力を省略することが出来るでしょう。

とにかく、もっかい調査したくない・・割と精神的に苦労し大変だったので・・

 

さて



「 あるヨギの自叙伝 」がどんな本かを一言でいうと

行を完成したインドのヨギがヨギたちのために書いたヨギに関するガイド本です。


 著者のヨガナンダジが体験したことや学んだことが凝縮された一大冒険記でもあります。


こういう本に出合うには人それぞれのベストなタイミングってのもあるんじゃないでしょうか?

スティーブ・ジョブズは、高校1年生になりたての頃に、この本に出会い、
それから亡くなるまでの41年間、事あるごとに、この本を紐解き、愛読し続けました。
世界一の企業を作ってからも毎年1度は必ず目を通してたと言います。

 氏のiPad及びiPad2にダウンロードされていたのが、唯一、この本であったことも、あまりにも有名な話です。

 氏は、氏が創業したAppleという会社、そして氏の脳を経由して生まれた数々の製品群や氏の手を通して世に送り出された数々の映画についても、この本を読むことによって得られたものであると公言していたほどです。

なぜ?why?ジョブズは、この書から、そのようなインスピレーションを得て、あれほどの高い業績を挙げることが出来たのか?ジョブズ以外にも何百万人の方が、この本を読んでるのになぁ?というのが私の素朴な問いになってまして少し研究しています。



ジョブズは2011年10月5日に惜しくも亡くなられましたが

氏が逝去後の追悼式をきっかけに「 あるヨギの自叙伝 」は、人々の新たな関心を呼び起こすことになります。

 氏の追悼式において、その式に参加した全ての参列者に、氏の家族から、この本が次々に手渡されていったからです。

 これが氏の最後の遺言でした。
 


「 あるヨギの自叙伝 」は、故船井幸雄氏が何十回も読んだ本の一つとしても有名です。
( 参考 )
 船井氏は何百冊も本を執筆して、<いいもの>を世の中に紹介する・・というスタンスも持ってた方ですから・・

私はこの方の本も、暗黒時代に割と良く読んでたので・・出来れば、「 成功の実現 」等の口述書を、
いの一番に紹介してもらいたかった・
というのが実直な感想ですが・・2009年にして、初めて「 成功の実現 」等の口述書が加わった・・という形になってるみたいです。



学びを加速する「あるヨギの自叙伝」と「成功の実現」等口述書の攻略外伝



>質問2

>潜在意識は汚れているということですが、なぜ?汚れてしまったとお考えでしょうか?

ご質問のとおり潜在意識領は、屑の山になってるという見解( 前提 )は今でも変わりません。

潜在意識は万能である・・という前提で、いくらいろんなことをやっても、なんか、ことごとく内外の抵抗や邪魔が入ると申しますか・・「 間 」が悪かったわけで・・

屑の山になってる「 屑 」を、シンプルな方法で

きれいにお掃除してやらないと・・そして習慣づけないと幸福感を感じ難くなるし、意志の力が出難くなる・・
生かす力も入って来なくなる。

いいことはひとつもありません。



ちなみに・・「 あるヨギの自叙伝 」にも潜在意識のなかは屑の山・・という指摘があります。( あるヨギの自叙伝 p129注釈(18) )

なぜ?汚れて心が弱くなってしまう場合があるのか?という原因や魅力を高める方法・・精神の態度を生き生き積極化し尊く強くし運を切り拓く実際法等は
「 成功の実現 」「心に成功の炎を 」をじっくり読めば、あっさりとわかりますので
ご自身で、味読してご確認ください。







>質問3

>前回のメルマガの「 映画をツールとした”つぶやき”の暗示感化法  」もユニーク
>で実に興味深い内容でしたが

>岡崎様が、コメントなさっていた優れた映画というのはなんでしょうか?

>とても気になっています。





「 3Idiots 」という映画です。



「 君の名は。」という映画も、思わずレビューしてしまったくらいよかったですが、これもよかったですよ。(笑)

この映画は、幸福に生きるための大事な視点が、ぎっしり詰まった映画でした。






コメディタッチなんですが、「 生きる 」ということについて重いテーマも出てきますし


この映画の主人公のランチョーが口癖にしている台詞は、臆病に陥りがちな心の性質を喝破した名言だと思います。

こういう映画が出来る素地と言いますか・・


こういう明るく生き生きした雰囲気の映画を作れるということは・・


一事が万事と言いますか・・

インドは、( 問題も抱えてますが )今後、さらに飛躍的に発展するんじゃないでしょうか?



話変わりますが


 映画をツールとした”つぶやき”の暗示感化法を実践する際は、先のメルマガでも書いたように




 強い情動や感動を伴った瞬間というのを狙い撃ちすることです。


 このときを狙うと暗示( 言いきかせた台詞 )が深いところに入りやすいですから。






 もちろん、ちょいと感動したくらいで人生が蘇るわけではない・・けれども、


こういうやり方でやって



「 深いとこに、こういう積極的メッセージが、ズーンと入ったら

          実生活に、知らず知らず佳い影響が出てくる 」
ってのはありますから。







なお、この「 3Idiots 」という映画は、
かなりマニアックな映画なのでレンタルは難しいかもしれません。


幸いAmazon primeで視聴できますので、

こういったものを利用したらよいのではないでしょうか?

( 今のところは、サービスでprimeビデオとしてAmazonで提供されています。

       いつまで、このサービスが続いて、この映画が視れるかわかりませんが )

利用の仕方は・・Amazon Primeの画面からタイトルバーの「 プライム・ビデオ 」のリンクを探してクリックし
検索欄に「 3Idiots  」と打ち込んで検索するとよい。

※VISAやJCB等のクレジットカードの番号登録をしないといけませんが・・登録後1か月間は無料体験でき、その期間内に解約すれば費用の負担も発生しない・・解約も簡単なので・・








>質問4

>ナダ音と耳鳴り( 病 )はどう区別したらよいでしょうか?



こういう主観的な体験を客観化し教えるというのが、とても難しく
正直、手探り状態なのですが・・ナーダ音の場合は、不快ではありません。


あまりの美妙音に心が惹きつけられてしまいます。

( 時間の関係で途中で切り上げることが多いですが )何時間聴いてても飽きないです。



不快で痛みを伴うとかいうことでご心配なら、お医者さんのところに行けばいいと思いますが



そういうので区別されてもいいのではないでしょうか?




なお

より精妙なナーダ音に聴き入ることが出来れば、心の攻撃性が激減する・・
これを聞き分け、より精妙な内部の妙音に聴き入るだけでも相当に潜在意識の純化に貢献し、心の充実の助けになり得るという見解です。

スーザン・スモーリー博士の以下の記事( 沈黙の音にじっと耳を澄ます )も英語記事ですが参考になるかもしれません。



Listening to the Sound of Silence



http://www.suesmalley.com/




この質問に追記で・・ナーダ音に興味のある方は・・

佐保田鶴治博士の「 ヨーガ根本教典 」に、少ないですが、その記述があります。


これの原典を翻訳したものがmixiにありますので、そこから引用しておきます。

ただし、苦行的なものを含むハタヨガの項は省略し、「 ナーダ音 」の記述があるのだけを抽出し引用しておきます。
なぜ苦行的なのを省いたかと言いますと・・
 そういうことしなくても「 ナーダ音( inner sound ) 」は、聴こえる方は聴こえるし
ハタヨガの目的がナーダ音を聴き分け、より精妙で、かそけき妙音に集中し聞き取ることにある・・と読み取れたからです。

( 以下引用 )

( ここから )

眉間への精神集中は、速やかにサマーディを得る方法である。これは、智慧の乏しい人々にとってもやさしい方法である。
 眉間への精神集中によって生じるナーダ音に集中することで、ラヤは即座に発現する。

 このすばらしい音への集中によって得られたサマーディの至福は、言葉では伝えがたい。


 また聖仙は、アナーハタの音に心を集中すべし。心が不動の境地に達するまで。

 この音は、修習を重ねるにしたがって、外界の音を圧倒する。ヨーギーは半月にしてすべての雑念を克服して、安楽を得る。

 初期の行中には、いろいろな種類の大きな音が聞こえる。それから修行が進むにつれて、次第に精妙な音が聞こえてくる。

 はじめのうちは波や雷や太鼓やシンバルの音が聞こえる。
 中ごろにはベルや法螺貝のような音が聞こえる。
 終期にはフルートやヴィーナのような音が聞こえる。
 以上のような様々な音が体内から聞こえてくるのである。

 このうち、できるだけ精妙な音に心を集中しなければならない。

 心はかのナーダ音の縄に縛られて、生まれつきの妄動を捨てて、不動になる。

 ヨーガ王国(サマーディ)を希望する人は、一切の思いを捨てて、もっぱらナーダ音に集中すべし。

 ナーダ音は、心という鹿を捕獲する縄であり、またこの鹿を殺す猟師である。
 
 心はナーダ音にひきつけられ、そこに止まり、そして音とともに消滅するのである。

 それゆえに、ヨーギーは毎日怠らずにナーダ音への集中を行じなければならない。 

 アナーハタ音の響きが聞こえる間は、空についての想念はまだ存在している。
 その音も消え去ったところが、パラマ・ブラフマン(至上の梵)、パラマ・アートマン(至上の真我)であるといわれている。

 およそ音のかたちで聞こえるものは、シャクティに他ならない。そしてすべての存在の没入する場であり、なんらの形相のないものこそが、至上神である。
 

( ここまで )

ナーダ音関係参照リンク

https://plaza.rakuten.co.jp/soukailife/diary/200510090000/

( 別に心臓由来だけじゃないと思ってるんで・・私とは見解が異なりますが・・単純に定義上の問題だけかもしれないです )

http://lasttimer.blog130.fc2.com/blog-entry-97.html

( このブログの著者に概ね賛同してますが、私の場合は、ナーダ音を集中の対象にしている・・さらには雑念消去する強力なツールとしての捉え方のほうがより優位でして、< 関係者に怒られるかもしれないですが >実務的に考えています。すみませんが・・(;^_^A )





>質問5

>扁桃体鎮静化技法の習熟のコツがあったら教えてください。



思い浮かぶ想像を、しっかり取り締まり監督するのは案外難しいです。
大概の方が行き当たりばったりです。



大事なことなので、も一回書きます。




思い浮かぶ想像を、しっかり取り締まり監督するのは案外難しいです。




これもシンプルな方法ですが、闇雲にやるよりも

思い浮かぶ想像を、しっかり取り締まり監督する力を養えるし


行き当たりばったりで闇雲にやるより、遙かにグズグズ癖を矯正できます。



先ずはレシピどおりやる。

簡単なことから試す。

そうして回数をこなすことです。
数稽古です。


( ここまで )


読者の方々から、随分以前に、ご質問があり、自分なりにお答えしたものを
かいつまんで一部抜粋編集、加筆して記事にしてみます。

ネタに苦慮してまして8カ月以上前にいただいたご質問とその回答も含めています。
映画の書評などは、その最たるものかと思います。





( Kさんからのご質問および回答抜粋 )

>「今日1日 しないリスト」は目からうろこで早速取り入れました。いつも感謝です。
>それに、ご助言のお陰でナーダ音聴けるようになりましたが、今後これを生活でどう生かしたらいいでしょうか?



10種類くらいある( ナーダ音 )のうち、より深い・・心が自然に惹きつけられる精妙な音を聞き分け聞き取るようにするのはもちろんですが

ナーダ音を日常生活で聴く訓練をするとよいです。


日々の瞑想を深めるとともに雑踏の中ですらも、
すっと聴けるようにするとかも良い訓練になります・・

生きてたらいろんなことがあります。
自身の人生が順風でも、身内が病気や事故、挫折などの辛いことに喘いでいたら、
あるいはトラブルに巻き込まれたら、事柄に心が引き摺られ心も苦悩しがちです。
自身の運命や健康も言うことなく身内の健康や運命も万事順調で申し分なかったとしても、地域のごたごたや物騒なニュースを聴いたり、読んだりしたら
それでも心は引き摺られて時には恐怖や不安、苦を感じたりもするでしょう。


そういう変転きわまりない世相に生きることを余儀なくされてるのが私たちです。


ですが、そんななかでも心の積極性を堅持し命の勢いを高めて、できることをなすという構えを持つことや

´晴れてよし 曇りてもよし´の心境に入るのにもすこぶる良い方法ですから。


※著者注

 「 しないリスト 」については以下の記事をご覧ください。

 今日一日しないリストの効用

 また「 ナーダ音 」については以下のリンクに詳述しています。

 安定打坐とナーダ音





>多くの成功系書籍で成功者のモデルとして熱く語られ扱われていたタイガー・ウッズの
あまりの転落ぶりに>ショックを受けています。
こういう記事を見ると虚像を見てるようで切なくなるのです。http://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-31049420080328
>岡崎さんはどう思われますか?


名声を得て有名になるのも考えものと思います。
ましてやウッズ氏のように若くして富と名声を手に入れたら女の人もほっとかない。
なかには邪なことを考えて近づく方もいるでしょう。


一般の方よりも多くの誘惑を受けやすい。

それに三欲の統御はとても難しいので、さらに統御が難しくなる・・よほどじゃないと。




ブログ記事用に追記して、さらに言えば

「 ( 成功という )光( スポットライト )が当たれば、影( ダークサイド )が濃くなる 」とも言われています。

そして陰の部分( ダークサイド面 )は、成功しつつあるその途上から既に濃くなり始める。

影は、その人の1番弱い部分で噴出する・・とされていて

影( ダークサイド )の噴出ってのに具体的にどういうものがあるかというと・・

急に病気になる・・ 事故が起こる・・家族関係が破綻する・・人間関係の思わぬトラブルに巻き込まれる・・詐欺にあう・・信頼していた腹心に裏切られる・・etcとも言われてます。

なので人知れず陰徳を積むのが大事かもしれない・・

「 非常識な成功法則 」の著者の神田昌典氏なんかは、そういうのを知って以降は、影の影響を相殺するために( せっかく稼いだお金を手放すのは辛い・・と思いながらも震える手で )無記名でひっそり寄付をしていた・・というのも聞いたことがあります。


まだ研究中で手が回りませんが影の噴出を抑えるのには方法がいくつかあるのかもしれません。

「 潜在意識の浄化 」というのは鍵になるんじゃないでしょうか?






とにもかくにも生きてたらいいときもあればよくないときある。
「人間(じんかん)万事塞翁が馬」
それに、ウッズ氏は、このままで終わるようなヤワな方ではないんじゃないかと。


( ここまで )





( Sさんからのご質問および回答抜粋 )


>岡崎さんは今でも玄米菜食及び小食を続けておられますか?


そういえば、なんだかんだで継続して3年になります。
肉を食べることは極端に減り非加熱の生野菜や果実の生酵素というのを主体にした食事になってます。( こういう食事を心がけると瞑想に入りやすいのかもしれないです )



余談ですが


玄米を1日〜2日浸漬し発芽させたものを豆腐と混ぜてミキサーしたものを飲むと満腹感が得やすいのでダイエット食にも良いのではないかと思うので気が向いたらお試しください。

最初は、無理をせず、ほんのちょっとだけ取り入れて満腹感を得やすいか?等を確認しつつ体を馴らしていくというのが良いと思います。

発芽玄米豆乳クリームについては、さらにそこから味噌少々と混ぜてミキサーにかけるとユニークな冷や汁になりますので。

※著者注
 「 玄米生菜食メニュー 」について興味のある方は以下の記事をご覧ください。


玄米生菜食メニューと手軽でお得な生発芽玄米+豆乳クリームレシピ




>潜在意識が浄化され魂が磨かれると人はどうなるのでしょうか?
>岡崎さんの見解をお聞かせください。



私の意見( 見解 )ではない、、ですが


魂が磨かれ厚みと深みのある人格が練られるほど難しい環境や
とげとげしく、ドロドロの波風が立つ境遇ですらも円く修復し平穏無事におさめ
安寧化する實力が増すと言われています。

そうなると

そういう方の場合は

人生における困難や障害に出会っても、結果的に、そういったものがどんどん向こうから逃げていって平穏化し
平凡な人生が展開されることになる。

普通だったら波風立つような関係やらも円満に修繕する愛の実力があるので

波乱万丈とは対極の生活空間が周囲に広がっていき、
それが、あまりに自然で一見平凡に見えるので、戯曲になったりもしない・・
小説やドラマにもならない( ドラマにしようがない )


 

だから、そういう方の場合は本当は非凡なんだけども、その黒子的な偉さ故に、偉さが、さっぱりわからないということになる。


というのを天風先生の本だったか??メーテルリンクだったか??
出典不明ですが・・を読んで、そうなのかもなぁと得心したことがあります。



( ここまで )







( Fさんからのご質問および回答抜粋 )

>暗示のアドバイスありがとうございました。
確かにどうあったら自分が変わったのかを具体的に考えずにやっていたのがダメ
>でした。
>逆算的に考えることでうまくいきました。

>あと錬身沙を最近読んだのですが、若返りには皮膚摩擦が有効と書いてあったのがとても興味深かったです。
>岡崎さんはやられていますか?もしやられていたら何でやっているのか教えてほしいです。


特には、やってないですが、朝起きて、気合を入れるための行事で、
最早日課になってる冷水浴( 冷水行※ )をした後
体の水気を拭きとるのにタオルで背中をゴシゴシこすってますので、
強いて言えば、これが間接的に皮膚摩擦になってるのかもしれません。

冷水行はなんの芸もない・・ムン・・と肛門を締め上げ臍下に気を入れ
ただバシャンバシャンと水をかぶるだけのことですので念のため。


ちなみに、これ( 冷水行 )もメルマガで

「 岡崎さんが続けてるというので、私も試しにやってみたけれど、
 しんどくて1か月どころか1週間も続きませんでした 」
という・・なんだかクレームに近いメールをもらったことがあります。


これも人それぞれかと・・別にこれをやったから偉いというわけでもないんで・・

無理してやる必要もないと思っています。
( それに心臓の弱い方はやめたほうがよいです。私は初心を忘れないためと雑念整理・・さらには瞑想を深める準備としてやってるだけなんで(;^_^A )



>あと最近お金が本当欲しくて、富一念法を熱心にやっているのですが、
1番のポイントは富という言霊を腹に宿らせて貯めていくところ
>ですよね。


個人差がありますが

 借金体質だったけれども、この瞑想を丁寧に実践をすることで、
お金まわりが少しずつよくなったという報告もいただくので・・
割と良い方法みたいです。

借金体質がひどい方の場合は

真剣に実践しても、体質改善の穴埋めに時間ががかり

結果が出るのに時間がかかるかもしれません。




どこがポイントかはよくわからない部分がありますが・・

いかに深い意識に自身をもっていって
強く念を集中するか?というのがポイントではないでしょうか?

そういう「深い意識状態」を作るレシピを簡潔に述べたものがご紹介した方法なので・・

( ここまで )







( Tさんからのご質問および回答抜粋 )



>岡崎氏の今現在関心のあることは何でしょうか?差しさわりがなければ教えてください。



関心があるのは、私自身はプログラマーやエンジニアではないけれども
人工知能やディープ・ラーニングに関心があります。

ただし、純粋なプログラミングという意味ではなく
人間の認識や知育、啓発を人工知能のDeepLearning的活用やアプローチで何とかできないか?という意味での関心です。

機械学習で指数関数的に知識を向上させていくシステム系がAIだとしたら、そのシステム系自体を探って人間の知育、啓発を飛躍させる最適解としてフィードできないものか?と夢想してます。



社会文化論では「 プラウト拡張主義 」とかに興味があって本や文献を

改めて読み漁っています。

( 10年以上前にも真剣に読み漁ってたわけですが・・ )



さらにブログ記事用に追記するなら、プラウト拡張主義の流れでBasic Incomeとかも些少文献読み漁ってまして興味があります。



>岡崎氏は映画は視られますか?
>社会現象にまでなっている「 君の名は。 」についてどう思われましたか?>私は、いたく感動しました。


メルマガ読者からもちらほら薦められたので、少し前に視ました。


これについては、長くなったので

以下に改めて書き起こしていますので興味のある方は下記リンクをご覧ください。



 どこかの誰かさんが意を決して見返りを求めない慈善行為( 利他的行為 )を行うと、ただ、それを観察してるだけでも、それが赤の他人であっても( それが伝染し )自分も´いいこと´をするきっかけになるらしいです・・

「 肥満も禁煙も幸福も伝染する! 」という観点からも、( 利他的行為や勇気ある決断も非常に多く含まれてる )こういう映画を見るのは精神衛生上もよいのかもしれないです。

「 君の名は。」のレビュー( 3数多用の秘密と小さな勇気の伝染  )




以前にもブログやメルマガ等で書きましたが、再度リライトしつつ書いてみます。

読者の方から



 ( そうするのはよくないと )思っていても

悲しみにくれ、うち沈みそこから抜けられず、うつうつとし・・立ち上がれなくなったり、怒りにまかせて怒りまくり・・怒りに身をまかせ、後であんなことするんじゃなかった・・と内心で後悔したり・・
気持ちを上ずらせて恐れなくてもいいことに恐れてビクビクしたり
上機嫌になったかと思えば、何かなしのことがあるとすぐに不機嫌になったり
劣等感に苛まれたり
ああもこうもと気を揉み煩悶したり
取り越し苦労したくもないのに夜も眠れなくなるくらいああもこうもと苦労を抱え込んで消耗し・・憔悴する・・

 このようなことは、そんなのは人間なら当たり前で、誰でもそうなのではないですか!?



 それが人間の性(さが)で「 出来る 」と思って意識してやってみても

 そんなの出来ないから悩みが増していくのではないですか?








 というような詰問にも似た感想をいただいたことがありました。(;^_^




 確かに「 諦める 」というのも方法かもしれません。(;^_^

 いくら意識してやっても体系的に取り組まなければ無理でしょう。

 実際、わかっちゃいるけどやめられない・・周りを見てもみんなそう・・・

 自分を騙しながら、愚痴をブツブツこぼし悲哀を抱えて生きていくのが、この世の大多数の人々のならわしなのだから、無駄な足掻きは止めて・・世間の顔色をビクビク伺いながら、根なし草のように、ずるずる流されるままに生きる・・というのもありでしょう。

 しかし、もし、それ( 思うためのお仕事をしている心に使われるのではなく、感じ方を司るところを鍛えつつ意志の力を煥発させて心をツールとして使うこと )が出来たらチョー〔超〕嬉しくないですか?

前頭前野を基盤として見えざるところから煥発してくる( 意志の力が活性化することで )

 事柄に心が動揺させられ引きずられ難くなるだけでなく
 プラナの受け容れが豊富になって暑さ寒さ、痛いとかいった肉体感覚にみだりに振り回されるのではなく、そういった「 感じ方 」をある程度訓練的に制御する力が培われ・・

さらには眉間の上部の内側の脳部位( 前頭前野 )を出力アンテナとして意志の力が滞りなく出易くなって、そういう動揺を身体操作とともに下腹にすっと鎮めることと連動させることで消極感情がたとえ湧いても、その波が小さい時点でピタリピタリと止めて積極方面への切り替えがスッスッと出来易くなるなら、

 そのほうが日々を恬淡かつ大らかに生きれて

( メンタルヘルス上においても )喜ばしい!ということだけは確かですよね。(;^_^





心身統一法は決して机上の空論ではありません。
リアリスティックな方法です。
How to Doを説いていて尊く清く強く積極的に感じ思えなくなる原因も明確にし、
「 対処( 克服 )法 」もしっかりしています。



人間なら誰だって、本心では感謝に溢れて、元氣と勇氣と思いやりを持って誠実に・・
明るく朗らかに力強く生きがいのある人生を生きたい( Aの生き方・あり方・思い方 )
と思っているはずです。

  だけれども
  なぜか人は恐れたり、憎んだり、恨んだり、そねんだり不平不満で心を充満させたり
  すーーぐに氣落ちしたり、むやみやたらに怒ったり、悲嘆にくれたり、皮肉ったり、絶望したり、自暴自棄になったりする・・

その挙句に、自律神経の働きを衰えさせ健康を損ねたり、自ら墓穴を掘って運命をも損ねてしまう( Zの生き方・あり方・思い方 )

古今東西の聖賢たちは、

明るく朗らかにしなさい!

仁義礼智忠信考悌

己の欲せざるところ人に施すこと勿れ!

愛と思いやりを持って身近な隣人に接しなさい!

清く正しく生きなさい!

互いに愛し合いなさい!

不放逸によりて精進せよ!


いつも喜んでいなさい!etc


と叫んで教え諭すこと( How to say )は出来ましたが

 どうして?Why?Zのように思いたくもないのに、そう思ってしまい、心に使われてしまうのか?という原因や
 では?どうしたら( How to Do )( Zの生き方やあり方、思い方 )からAのように消極感情が湧いてもピタリピタリとこれを止めることが出来て・・しっかり心を取り締まって積極的な方面の立派な思い方や考え方にし向けていけるのか?
 そして、その延長として生きがいある長閑で滔々とした豊かな人生に暮らすことが出来るのか?という実際方法を体系的に解き明かしてはくれませんでした。

 私なんかも、世間はどう思うか?世間からどう見られるか?とかいったことに、いちいち振り回されるのではなく、天に恥じない生き方をしたいと思い、そういった思い方、心境に近付こう、こういったことをやれば、ちょっとは心が強く尊くなるんじゃないかと思って聖書やら仏典やら含めてどーーーれくらい真剣かつ真面目に読んだかわからない・・
実は・・・ちっとばかし恥ずかしいのですが・・10代後半くらいから、日本の歴史上、時の為政者( 支配階級 )から煙たがれ、あれだけ手酷く無残な迫害をされ、幾度も禁教扱いされてきたにも関わらず・・ぶっ潰されるどころか、現代では日本の文化にも深く浸透しているキリスト教やキリストの教えを説いた経典である聖書そのものにも興味を持ち・・
聖書っていうのは旧約・新約を併せて、2000ページ以上あり66巻( 旧約39巻 新約27巻 )からなっていますけど・・これを仕事の合間や余暇等を利用し、とおしで100回じゃ足りないくらい読んで研究とかもしています・・
( 実際1回読むのだって大変なわけで・・仏典も似たようなものですが・・ )
 決して、えーわえーわのいい加減な気持ちではなく・・真っ向勝負でいっくら真剣に読んで取り組んでみても、確かに立派な事が書かれていますが生活事実としては、どーにもこーにも思ったような心持ちになれず・・・・・
 必死に読めば、そのときだけは瞬間的に、いろんな聖典やら仏典に書かれている名文句や美文、美辞麗句に感じ入り、それなりに感激はするけれども・・

 ・・いったん我に帰ると・・届きそうもない・・・何やら雲を掴むようなもどかしーーい感覚になり・・・

 実際のリアルな自分の生活やら心内は、いくら上辺を取り繕っていても・・そういった美辞麗句や名文とは、はるかにかけ離れたもので・・熾烈な心内バトル・・と申しますか・・地の底をはいずり回るようなドロドロと申しますか・・何か事があると、むっちゃくっちゃ・・ぐっちゃらぐっちゃら支離滅裂・・と申しますか・・・浅ましい・・と言いますか・・ほんとにもう・・呆れるって感じだったわけです。


 

 で、つまるところ・・

   ↓ ↓ ↓


 天に恥じない生き方を志し心を尊いものにしようと殊勝な動機で始めたにもかかわらず・・ そういった類のものを真面目に読めば読むほど届きそうもない自分に悶え苦しんで、そのことで自らを責めたり、聞き知った聖句でもって他の人(の言動)を口には出さずとも・・あの人はどーだこーだと裁いたりなんかして・・で・・そうやって内心で裁きまくる自分を・・いや・・人を裁いちゃいけない・・聖句には、ほら人を裁いちゃいけない・・と書いてあるよ・・それなのに何を裁いてるの・・と、またそれで心の声が囁き、なんて浅ましい哀れな人間なのだ・・と自分で自分を責める・・
 色んな聖典の聖句が心(理性)の声になって、あっちを立てればこっちが立たず・・とばかりにお互いにいたちごっこ的な主張をし、観念の世界の中で宙に浮いたようになってせめぎ合う・・心は支離滅裂・・という他人から見たら実に滑稽な事ですが、当の本人にとっては実に熾烈な内的葛藤の苦しみのループにはまったりなんかし・・悶えや自責の念が強くなって心が弱くなるばかり・・他人の目にはどう映ったかはわかりません・・傍からは気楽そうに見えていたかもしれませんが、当の本人にとってはもう切羽詰まっていて本当に神経衰弱一歩手前・・

※人として最も大事なことを疎かにして枝葉末節に囚われていたのだ・・ということが、心身統一法を実践することで後にこういったことも整理することが出来るようになっていったのですが、当時はわかりようもありません。


 実際、毎日が、夢遊病者のごとく宙にふわふわ浮いたようになって観念の世界をさまよい、足取りもよたよたし・・気持ちも沈みまくって、
いつも喜んでいなさい・・どころの騒ぎじゃありません・・
 まるでお葬式に行くような・・肩をしょんぼりすぼめて、くらーーーい心持ちに陥っちゃいまして・・知的にもごっちゃらごっちゃら混乱し、今から振り返ってみたら、確実に出来る事に集中せず、出来もしないようなことを書いているのを読んで節操も無くゴチャゴチャ詰め込み過ぎて消化不良に陥り、心が尊く強く清くなるどころか・・かえって心が腹下しを起こし重苦しくなり感応性能も弱−−−くなって過敏性に拍車をかけたのじゃないか・・と反省する気持ちになる・・という恥ずかしく、かつ苦い経験を持っています。

( 宗教は歴史的に愛や徳を育むという役割も果たしてきた反面、理想とするところが違っていき、同一人物が開祖の宗教を信じているはずなのに宗派分裂し骨肉の争いの原因になり憎しみを産んだり・・
 覇権争い、政治の世界なんかの勢力争いの道具にされ、国によっては宗教戦争にまで拡大する・・ということまで起きてしまう・・という非常にデリケートなところがあるものですが、
 このページで私は「 開祖らの生きざま・・そしてその本来の精神 」や「 教えの尊さ自体 」を否定してるわけではないので・・いや、むしろ尊敬しているくらいです。  これは私の個人的な体験ですし・・感じ方を司るところが立て直され鍛えられて、そういったものに対する深い咀嚼力があり統御力がついているなら、こういったものも次の段階として、取り組むのもよいのかもしれません )




※心を弱めることにならない効果的な読み方というものがある・・確実に出来る事に集中する・・ということも今ではわかっていますが・・一般的に、殊勝な動機で取り組んだとしても、そうすることが、かえって心をひどく弱めることにもなりかねない・・と思っています。 
 ちなみに、今も研究がてら時々聖書を速読する( ←現在は速読が出来るようになっているので読むのも速いです )ことがありますが、今は読んでも、あれもできてない・・これもできてない・・というように心を悩まし弱まらせる感覚を覚えることも無ければ・・当時は、読むたびに感じていた聖句に責められるような感じを覚えて出来てない自分に暗くなり読むのが心苦しくなっていく・・というような感覚に襲われることもありません。 


時に比喩で語られた難解な聖句にはたと考え込むケースはありますが・・





 ですので、心を統御する実際方法とご縁がない方の場合は、いくら志しても出来ないのだから、さっさと諦めて、世間からどう見られるか( どう思われるか?)をひたすら気にし、世間様に恥ずかしくないように・・恥ずかしくないように・・と世間というよくわからないものの目や評判をびくびく気にしたり、良心は警告しても、みんながやってるから・・というのを言い訳にし悪習に振り回され我儘勝手な自我に良心を押さえつけられ、本能心と理性心のせめぎ合いを果てしなく続けて・・・
「 世間さま 」の顔色をビクビク伺いながら、軸も無く、世間さま教に縛られながらふらふら生活していく・・というのも心身統一法を知って生活に取り入れなかったらアリだと思います。
 

 それに・・


 心をツールとして使いこなす力のある意志の力の煥発の実際方法なんていうのは、西洋哲学の影響もあって有知識者階級の方々の間なんかでも「 意志というのは心の一部、心の属性 」という常識が、未だにまかりとおっていますので、そういった集合無意識的な観念とかも素直に受け入れて実行するのを邪魔することになって、

真剣に実践した方だけが日々の生活の中で感じられる以下の感想

  ↓ ↓ ↓

あっ!これだこれ・・本当だ・・天風先生がおっしゃっていることは本当だわい!!


感情のコントロールとかも生かす力を豊富にし意志の力を活性化させ腹を練る体系的な方法を施せば意外に楽に出来るんだ・・びっくり!!




こういった感想を抱く機会を、なおさら難しくしているのではないか?と思います。





とにもかくにも



そういった西洋哲学由来の常識をいったん脇に置いて

その気さえあれば誰でも出来る簡単で具体的な方法として天風という方が16年の求道と探求の歳月の末、インスピレーションを与えられることで解明できた「 感じるところを鍛える感応性能の立て直し&意志の力の煥発法 」を真剣に実践していくと

感じせしめる感応性能の働きが力強くなって心をツールとして使いこなす力が少しずつ、少しずつ培われてきて

これまでとは違い

怒りや悶え、怖れの感情が湧いても意志の力が働いてピタリピタリと止めることが出来たり

 スーーッと消える・・という体験とかも増えていく・・





そういったことを実際に出来るほうが、ごく自然なことで出来ないほうが不自然になってくるのではないかなぁ?

と、実習を積み重ねて実際に体験した自分自身( の体験では )そこはかとなく、そう思います。
 
 

PS

 傍からは気楽そうに見えても、その実のところは心内で事あるごとに勃発する壮絶なバトル・・と申しますか・・

 弱音ばっかり吐き、じゃじゃ馬で我儘で甘ったれなのに力だけはやたらと強い(不要残留)本能心と論理を司る理性心との際限のない闘いを止められず、苦しんでいたような状態から、そういうのを兆しの時点でパッパッと止めさせたり
 取り越し苦労や煩悶等の消極感情が湧いてきて際限のない無限ループに入りそうになったときに
ピタリピタリと止めて、積極的方面にサッと振り向ける意志の力の煥発方法については
 ずぇったいに外してはいけないコツが3つありますが、この方法の骨髄のところは、この記事で述べるのは避ける事にします。
  「 成功の実現 」及び「 心に成功の炎を 」に、誰でも実行出来るシンプルな方法として、そのエッセンスが語られていますので、図書館で借りる等して、強い問いを心に抱いてご自身で探してみることをお奨めします。
 もったいぶって情報をさっさと教えないのは不親切だ!けしからん!!とお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが、少しは苦労するほうが心に染み込みやすいし、長い目で見たらそのほうが成果が出ますから。


 

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