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Category: あなたの生活に新たな変化を興す実践のための質問箱 

メルマガやサイトを実践している方々から、ご質問があり、自分なりにお答えしたものを
かいつまんで一部抜粋・・加筆編集して記事にしてみます。
Hさんありがとうございました。

( ここから )


Hさま

岡崎です。

素晴らしい実績報告有難うございます。

相当に励みになりました。



>いつもメルマガを愛読しておりますが
>個別には、はじめてメールします。
>Hと申します。

>岡崎様にご報告と質問があります。


( ※Hさんから頂いた成果のご報告については諸事情で省略します。

         実践する方が焦るとよくないので )

>質問については以下のとおりです。
>お答えは、お手すきの時で構いませんので。

>質問1

>以前岡崎様は、メルマガ等で「ポスト中村天風、ポスト天風哲学 」は
>ヨガナンダ先生の「 あるヨギの自叙伝 」とコメントしておられましたが
>この結論は今でも変わってないでしょうか?


もちろん変わってないです。




「 あるヨギの自叙伝 」は、ヨガナンダジが体験したことや学んだことが述べられてるわけで

行を完成したインドのヨギがヨギの素養のある方のために書いたヨギに関する本です。

エンターテイメント的に読むことも可能ですが・・
行修という点では、決して甘いことを書いたものではありません。



世界的な名著であることは間違いないのですが、読んで、上からの恩寵があるかどうかは・・これこそ不可侵領域かと思われます。
科学的じゃないんで申し訳ないですが・・

人それぞれのベストなタイミングってのもあるんじゃないでしょうか?




( お読みいただいた方はおわかりのように )
世俗一般のコンセンサスが非常に得にくい内容でして、日本人の習俗上も馴染み難い内容です。

ピックアップするなら、親子<血縁>関係より<形而上の眼を拓いてくれる>師弟関係のほうが遥かに重要という初っ端の第一章の指摘で、いきなり戸惑う方もいるはず・・
 私みたいに、本の内容はともかく冒頭の写真でビックリして拒絶反応を示す方もいるかもしれない・・(;^_^A



それに非常に超俗的内容でして・・ヨギがどんなことを感じ日々考えてるか知ってカルチャーショックを受ける方もいるかもしれない・・




 なぜならヨガナンダみたく幼少から俗世間のことに無関心で、ヨギが関心があって求めることに強いパッションがあって、かの熱量が燃え盛るほど激しく沸騰してる方ってのは冷静に世の中眺め回しても・・世の中にそんなに大多数を占めてるとは到底思えないんで。(;^_^A



私の住んでる近くに、それなりの規模の町のちょっとした駅舎くらいに大きなパチンコ店があるんですが・・散歩中にちらっと見ると・・そこの駐車場は、広いのに、いつもほぼ満杯でして・・パチンコやるのに熱を相当に込めて、燃え盛ってる方が結構いるってのは、( 停めてる車の数から )なんとなく想像できる・・そういう人は多いのも知っている・・・


あるいは、釣りが三度のごはんよりも好きで、釣りがしたいがために海の近くに別荘を持ってるとか・・ゴルフのことを考えたらもう熱に浮かされたようになって、いてもたってもいられない・・って方が結構いるのも知ってる・・


しかし、この本の著者のヨガナンダは・・例えば、「 あるヨギの自叙伝 」第11章「 ブリンダバンへの無銭旅行 」に見られるように、もう幼少のころから真理探究に燃えまくっていて、世俗一般の通俗的価値観から、相当に離れたことを最重要に感じ考え、志し願って行動しています。


そんなの当たり前で、「 私も子供の頃から、ヨガナンダが関心を持ってたようなことを日々熱っぽく・・四六時中考えてたよ・・大人になった今は一層取り組んでるよ・・」という方もいるかもしれないけども・・一般的には‥恐らく・・非常に希少な部類と思われます。





 なので、こういう価値観を、生涯ぶれなく貫き通して、生き抜いてきた方が実際に存在していた・・と言うことを知るだけでも何らかの揺さぶりはあると思うわけで・・生き方を客観的に見つめ直すヒントになる・・



 しかし、本当に沁み込みやすいのは、当の本人の内面に言い知れない内的渇きがあったり、何らかの( 精神的 )困難・・人生の岐路にぶち当たって、これまでのものを手放さないといけない・・・というような内面的に窮迫した時に、この本は心に、しんみり入りやすいかもしれない・・


とりあえず立身出世云々とか世俗的な栄達・・とかいった類の書物でもありません。


著者のヨガナンダは大学行くのすら世俗一般(の動機)とは異なる動機で嫌がり・・

ヨガナンダのお師匠に当たる導師に薦められ‥嫌々通っている・・

 奇跡的に大学卒業出来た後も、ヨガナンダの父親が、大きな鉄道会社の副社長格の地位ある方だったことから

ヨガナンダは、その鉄道会社の幹部職を薦められてまして・・その強力なコネで簡単に入社できたはずなのですが・・何の躊躇もなく、すっぱり断って、父親を( 一時的には )失望させていますんで。(;^_^A

( 後で、やはりお前が正しかった・・と喜ばれるわけだけども・・ )





と言うことで・・・上からの恩寵もなく時が満ちてないと

述べられていることに共感を寄せ難く非凡な事象に徒に目が行き過ぎて、本質を見誤り
「 素通り 」とか「 疑心暗鬼 」「 反発 」ということで放り投げることになるケースもあるやもしれません。 
  この方が体験したとされる非凡現象の披歴の連続に疑い始めたら疑念がどんどん膨らんで際限がなくなると言う方もいらっしゃるかと・・

( 自我に余力があって沁み込むまでには至らない・・と申しますか・・)





それ以外(のデメリット)は

著者であるヨガナンダは、偉人で聖者とされるかのガンジーやルーサーバーバンクらが心から尊敬するような方なわけで、そんなヨガナンダが、日々どんなことに熱量を感じ、考えて行動してたのか?

その修業中には何を最重要に感じ、考えて何にパッションを注ぎ最優先してたのか?

志してたことは何か?といったことも、、こういった聖者が本を書くってこと自体が異例なわけで、その内面世界を本を通じて垣間見ることが出来る‥という点でも、こういうのに興味のある方にとっては稀有で貴重な書なのですが・・・


その一方で、こういった書を「 き真面目で自分に厳しい方 」が、読んで知ることで

本を読んで、たとえ感動する方があったとしても・・ちょっと感動したくらいで人生が変革できたら苦労しない・・


この書は、とっかかりを掴み難い・・と申しますか・・

まだ時じゃなく上からの恩寵がない場合は

かえって自分を苦しめ、厳しく責める方も出てくるかもしれないという懸念があることも敢えて否定しません。






その点で天風哲人の口述書も・・高次元のもの・・というのはあるかもしれませんが・・

 「 あるヨギの自叙伝 」に比べたら世俗世間一般のコンセンサスを得にくいというほどの内容ではないです。


更に言うなら「 天風哲人が( 圧調整し調律してくれてるがゆえに )哲人が薦めている幸福のルールに沿えないこと・・それが出来ないことによる煩悶 」のリスクも・・限りなく低いと思われます。



勿論、「 成功の実現 」等の口述書だって、そこに記述された内容には「 われとは何ぞや 」といった相当に高次のものを含んでいて
いきなり、ここだけを切り取ったら・・何らかの素養や背景のない方の場合は理解不能で価値観を共有するのが困難な内容も含んでいます。


少なくとも私より誠実で頭脳も優秀だろうと思える方でも・・腑に落ちない・・わからない人はわからんらしい・・

古くからの知人で・・天晴れと言うか‥超高学歴の方で、、、その彼から、いろいろ教えてくれとせがまれたので・・それだけの高学歴で頭脳も優れていて・・・それに、そんな熱心ならすぐわかるだろうとたかをくくって喫茶店で、ああだこうだと口述書( 成功の実現 )第6章の内容を噛み砕いて5時間くらい話したことがあるんですが・・いくら話しても

結局 「 さっぱりわからない・・」「 何言ってるかわからない 」と言われたこともあり・・

 正直、何の戦果もなく喫茶店を出なければいけなくなったときには眩暈を感じ、クラっとして、その場にしゃがみ込みそうになったことがあるので・・



そういった感じで、口述書も高次元の内容ですが・・

 しかし、それでも「 あるヨギ・・」に比べたら日本人向け( 万人向け )・・と言いますか、、で届きやすいはずです。

なぜなら「 あるヨギ・・」は・・キリストの教えを建国の精神的支柱とした国家として、すごい尊いのを持ってるアメリカで先ず出版されたわけでして・・

 ヨガナンダは、アメリカで準備のできた方のためにヨーガや東洋思想とキリスト教の最底流に流れるものの本質的一致を伝えるためにアメリカに渡り、アメリカの主要都市で講演して回り、落ち着いた頃に、この本を執筆し出版しています。


近年のアメリカの道徳的退廃ってのは、かなりひどい・・日本も似たようなもんだけども・・
1900年代初頭当時のヨガナンダが講演して回った頃のアメリカは、物質至上の波が忍び寄ってたとはいえ・・それでも今と比べたら精神風土的に相当に健全で清新なものが漲ってた時代だったのじゃないかと・・そういうのもあってヨガナンダの講演はアメリカの方からおおむね歓迎されてたと言う資料も残っています。


そういう経緯から当然、( 三段論法で )その本はキリスト教国家でそういう文化に馴染んだ方に向けて書かれ出版されたものですので 聖書的要素がとても濃いです。 
 




 とにかく、聖書的要素が濃いので・・(;^_^A

 そうなると日本人には( 背景的に )馴染みがたい・・というのは、必然でして・・入り難いのは当たり前です。


( 私の場合は、たまたま学生時代に、< 割と真面目に工学系の大学の講義を受けて実験レポートも提出してはいましたが・・熱心に学ぶほど・・なんだか大学の授業が薄っぺらく感じ、阿保らしくなっていき・・大学の講義とは全く無関係で >たまたま聖書もよく読んでた関係で(;^_^A
「 あるヨギ 」は、すんなりいけたというか謎の感動があったわけで、そういうのたまたま読んできた背景がなかったらピンと来なかったと思っています・・ )







それに対して口述書は、日本人の習俗にも合い易く

口述書において哲人が、幸福になるために、これをやったらいいんですよ・・と熱く薦めてることにフォーカスしたらわかると思いますが・・



はあ??こんなんでいいんですかい!?先生・・という簡潔でシンプルなものばかりです。


( 段差を減らし圧調整してるがゆえに )

聞いてるそばから、すぐ実行できる・・



「 あるヨギの自叙伝 」に比べたら、何らかの背景や素養を必要とせず

そもそも´やれるようなこと´しか、説いてない・・届きそうなことしか述べてないわけです。



哲人が幸福のルールとして( 圧を調整して )説いてくださってることは、実践継続できるかどうかは別にして、少なくとも、難解で、困難過ぎて、できなくて懊苦し呻吟するという心配も・・ほぼない・・


( もしかしたら天風哲人が実行を促すことが出来なくて悩む・・と言う方もいるかもしれないので・・そういう方が、この記事を読んでたなら謝りますが・・)




しかも、そういうシンプルな内容にも関わらず、

非常に洗練されたものであるため

倦まずたゆまず「 観念要素の更改 」や「 神経反射の調節法 」 「 積極観念養成法 」
「 安定打坐法 」等の単純明快なシンプルなことを1日の生活の中で実意丁寧に行い地味に心身に深い悦びのインパクトを与えて、感じせしめる感応性能を強化していくうちに・・

なぜか心が洗われ、カラっと晴れやかになって、心とつながった自律神経機能も整い

  生命生存力や信念も強くなっていく。

 日々が軽やかになり、平凡な奇跡(※)を興す・・さらには生活が簡素で綺麗になり心も純化されて魅力が増し自然な笑顔が増える・・
 人間関係を修復し和す力や日々幸福感や多幸感も深まっていく聖俗一如の方法を説いてますので。

( ※なお、これらのシンプルな方法を丁寧に実践することで、燃やせば燃やすほど渇きを催す本能満足的欲望の足かせから解かれるきっかけを得たり、それまで苦手だと思ってたり、今までは、こういうことがあったら、怒りを爆発させてきてたのに案外冷静に対処できた・・

これまでは、こんな出来事があったら取り越し苦労して夜もおちおち寝れなくなってたのに・・淡々と処理できたなど・・以前(の自分)だったら到底できないと思っていたことが出来たりするのだって「 奇跡 」としては平凡ですが、 当の本人にとっては、すごい奇跡だと私は思っていますので・・ )




ということでグダグダ書きましたが・・

曲りなりに研究してきた範囲で述べるなら

「ポスト中村天風、ポスト天風哲学 」は、ヨガナンダジの「 あるヨギの自叙伝 」という見解は変わらないです。

口述書より、ひとつ段階が上のものでしょう。
( こんなこと書くと天風哲人と関係の深い団体や熱心な個人に怒られるかもしれないですが‥あくまで中立の立場で研究してきたことを述べてるわけで・・個人の見解ということでお許しください・・(;^_^A )

それに・・その内容を相互に比較対照してみても「 あるヨギの自叙伝 」も、人間とは、どういう存在なのか?といったことについての、なぜ?( WHY?)が深く、思考をもう一歩奥に進めるのに役立つ、きっかけになるのではないでしょうか?

西洋の考え方に馴染んでる私たちには、入りにくいですが・・よりよく生きる・・あるいは、真の自己を自覚する心の立体断面の刺激に触れてるとこを最上質な喜びに仕向ける密度を増やすために意志の力を燃やす等・・そういった高次の意志の力は思ったり考えたりする心から出るものではないと述べてる件も

そういうスタンスの書が非常に少ない中で、この書も、口述書同様、その指摘をしている・・という点で口述書に共感するような方が、さらに内陣に入ったものを探索したい場合にイチ押しできると思っています。


なお、「 高次の意志の力 」っていうのは、本能心由来の刹那的快楽の衝動をいなして自己の行為を決定し粘り強く遂行し得る力という意味としてこのブログでは定義していますので念のため・・

 これについて補足説明するなら・・我欲や本能心が要求する快楽や感情、感覚の赴くままに、そういった放埓な欲に勝手気ままに身を任し、まるで操り人形のように惰性的習慣や消極感情・・・本能的欲に反応するがままに流されて生きるということが果たして自由と言えるのかいな?・・


おいしい食事や、適度に気を紛らわせる娯楽・・エンターテイメント・・仕事や生活を合理化し快適にする・・こういうのを適度に楽しむのも、もちろん大事とは思いますが・・



 なにかのきっかけで、そういう感覚的なものにはまり込んでいき耽溺し、抜けられなくなったり・・

 衝動の赴くまま・・思い通りにならないからと怒りや悲しみにうち任せて、怒りやイライラを周りにぶちまける‥(;^_^A 

 寂しさや不安を紛らわせるためにヤケ酒を吐くまで飲む・・煙草を吸いまくる・・食欲に振り回され欲求不満からヤケ食いする・・欲情に振り回され溺れる・・


 そういうことしたら一時的には気が紛れ快を感じるのかもしれんですが・・

 そういう感覚的な本能的欲は、渇きを生じて、止めどが無くなる危険性をはらんでるし

 衝動に赴くままに、そういうことして、その刹那は気が紛れても・・一般的には後悔や氣咎めを生じ、あんなことするんじゃなかった・・と慙愧の念に駆られたり、後味の悪いものを残したり、さらなる渇きを催して・・ほんと些細なきっかけで泥沼にはまっていくケースも多いですよね・・


 やりたいように自由にやってるだけさ・・とうそぶく方もいるかもしれないけども・・それって、本当に自由と言えるのか??

 むしろ縛られてて不自由じゃないのかな?惰性的習慣やマイナス因子が潜在意識のなかに、しこたま溜まって(その衝動)に、ただ操り人形のように操られて反応させられ右往左往してるだけじゃないのか??という素朴な疑問を私は、随分以前から持ってまして

 そういった誘惑や心を反応させるものに気づく力があり一拍「 間 」を置ける・・そういった本能的欲から自由であること、本能心が要求する誘惑や衝動をいなして冷静に分析・識別し自己の行為を決定し、よりよい選択ができる力があることのほうが人間らしいんじゃないか??たまには誘惑に負けるかもしれないけども・・そっちのほうが自由なのではないかな?と思ってるクチの人間なんで・・




ということで


「 あるヨギの自叙伝 」は「 成功の実現 」「心に成功の炎」などと比較しても、相当に段階が上のものであり・・

( と言っても・・口述書も、相当に階級の高い書と思うわけで、それぞれ役割分担が違う・・という見解でして・・この記事でもこってり書いてますが・・)



 「 あるヨギの自叙伝 」のような次元の高いものとチューニングするには天風哲人が薦めている心の奥座敷のクリーニングのより一層の励行と肉体練磨・・心身の統御力を高めること・・三勿( 恐れず、怒らず、悲しまず)と三行( 正直、親切、愉快 )の心がけで心の大きな芥を取り除いて純化していくことが大事じゃないかと思ってまして・・


 「 あるヨギの自叙伝 」は、上からの恩寵があってさらに内的渇きもあり、、、、何らかの岐路にぶち当たってる方が読むと入りやすい内容・・・


 ジャストフィットするかは人それぞれの背景や内的素地にもよる・・という考えです。







なお

口述書や「 あるヨギの自叙伝 」・・いずれも国とか越えたレベルで公益性のあるものなので、
本当( 本音 )は、世界的規模の大学や公的機関の識者が、公費を使って、こういったことの比較研究、実践検証とかを真剣にすべきじゃないか?・・こういうのを大きく大局的に研究するほうが、重箱の隅をつっつくようなことするより、よっぽど世の中の苦患を除けるんじゃなかろうか・・・と思ってるクチなわけですが



パラマハンサ・ヨガナンダと中村天風の生涯に深く思いを巡らし時系列で並べると意外な共通点と
微妙なシンメトリーに気づくはずです。

まあ、天風哲人らのキャリアは真っ赤な嘘・・という方もいるのですが・・

私は嘘とは、とても思えない・・まあ、信じる必要もない・・心身統一行法をきちんと理解して淡々・・丁寧にやってったら、日々に朗らかで明るいものを感じる機会が増えて、本能心由来の度外れな欲もガス抜きされ心も満足しやすくなる・・いろんな面で、あっという間に成果が出るので‥信じる必要もないわけだけども・・


アメリカ行きもヒマラヤ修行も真っ赤な嘘という前提でいくと・・


 心も体もわたしでない・・というインド哲学的内容をなぜ?20世紀初頭のあの時代に知って語れるのか?? 更には直に修行した方じゃないと到底語れないような生々しいインドでの修行体験を、なぜ詳細に語れるのか??というのにぶち当たり論理破綻が起きるわけでして、、、



そのキャリアが本当だという前提で列挙してみると


結構共通点があることがわかります。



列挙してみると・・



●お二方とも、世界の2/3を旅しており、その当時の識者、賢者に会いまくっている
 ※ちなみにヨガナンダジは21歳の時に日本にも来ている

●お二方とも、内的試練を経て、示し合わせたように、ほぼ同時期( 1910年〜1911年 )にインドでヨーガの導師に遭って高度なヨーガを直伝で学んでいる

●お二方とも、なぜか・・ほぼ同時期( 1919年〜1920年 )に、それぞれの教えに感銘を受けた有力者の支持を受け、公益団体を設立し、その公益性を国に認められている


●お二方とも、ガリガリに痩せていたのがヨーガの導師に遭って急激に頑健になっている

お一人は、奔馬性肺結核で医者に見放され、いつ死んでもおかしくない・・体もガリガリに痩せていたのが、導師の導きとヒマラヤ修行で急速に回復

もう一人も、胃弱で、いくら食べても太れない・・ガリ痩せしていたのが、導師の導きで目方が急激に増え逞しくなっている
( Before→Afterの証拠写真あり ※「 あるヨギの自叙伝 」に掲載された16才のヨガナンダの写真<p77>と22才のヨガナンダの写真<p108>を比較してみるとよいです。
 私も胃弱で太れなかったタイプの人間なので・・骨格からして、こんなに変わるものなのか?と驚愕したのを覚えてます。なのでp117下段〜p118上段の記述には信憑性があると思っています。 を持ってる方・・あるいは、持ってなくとも、この本も公共の図書館で借りれるはずなので、お疑いなら確認してみるとよいです )


●お二方とも「 学問のための学問 」が、あまりお好きでないらしい(;^_^A

●お二方とも猛獣にすら好かれる人格的磁力を身につけている

 お一人は、まだ飼い馴らされてない・・素人が近寄ると唸り声をあげて威嚇するような虎たちがいる檻に入って、
虎の頭をぺしぺし叩いても虎にガブリと咬みつかれない( 証拠写真があるらしい )

 もう一人も、巨大な鰐( わに )の背中に、まるで遊具みたいに、にこやかに乗っかっても
ワニから危害を加えられない( 証拠写真あり )






微妙なシンメトリーになってるという点を列挙すると

●お一人は、幼少の頃から俗世のことに全く興味がなく
ヒマラヤの洞窟で瞑想修行することに憧れ
 家族を愛していたけれども、それ以上に真理探究に燃え
家出を何度も繰り返してまでしてヒマラヤ修行を目指してたのに、それが叶わなかった。

( 千里眼の力もある導師の一人から、お前にとってのヒマラヤの洞窟は、お前の家の小さな部屋の中だと諭されている )

それなのに、もう一人は、ヒマラヤのヒの字も考えたことすらなかったのに、
   難病がきっかけで、ここまで弱くなるのか?というくらい弱くなった心のことで悩み苦しみ、元の強い心の半分でも取り戻したいと発心し、その方法を探すプロセスで( 求めてもないのに )奇縁でヒマラヤ第三の高峰カンチェンジュンガ山麓で瞑想修行することになった




●お一人は物質至上的な考えが浸透しつつあった当時のアメリカで
自分を見失わないよう命がけの決意をし単身アメリカに渡って行き、
アメリカの各都市を講演して回り東洋の思想やヨーガ瞑想の普及に全精魂を尽くしたのに対し

もう一人は世界的大富豪に懇請され何十億というお金を積まれてもアメリカに行かず、頑として断り
 日本において講演三昧の生活をしヨーガを昇華させた心身統一行法の普及に誠心誠意を尽くしている
 


私は、こういうのを並列的にリサーチしていくうちに

何かあの時代( 1900年代初頭以降 )の世界規模の大きなうねりと言いますか・・大いなる意図を感じざるを得なくなりました。
   

特に・・丁度同じ時期( 1910年〜1911年 )に、お二方とも導かれるようにして、
同じインドの地で世間では名も知られてないヨーガの導師に、それぞれ遭って修行してまして

 その後、示し合わせたように、ほぼ同時期( 1919年〜1920年 )に、それぞれの教えに感銘を受けた有力者の熱心な支持を受け、公益団体を設立し、その公益性をそれぞれの国で認められているというのが奇妙でして、とても偶然とは思えない・・と申しますか・・





>質問2

>潜在意識は汚れているということですが、なぜ?汚れてしまったとお考えでしょうか?

ご質問のとおり潜在意識領は、屑の山になってるという見解( 前提 )は今でも変わりません。

潜在意識は万能である・・という前提で、いくらいろんなことをやっても、なんか、ことごとく内外の抵抗や邪魔が入ると申しますか・・「 間 」が悪かったわけで・・

屑の山になってる「 屑 」を、シンプルな方法で

きれいにお掃除してやらないと導かれない・・と申しますか・・内外の抵抗や邪魔が入って挫折しやすい

それに、高次の意志の力も発現せず屑の山の下にある宝の山の鉱脈に気づけないです。


なぜ?汚れて心が弱くなってしまう場合があるのか?という原因や魅力を高める方法・・心を強くし運を切り拓く実際法等は
「 成功の実現 」「心に成功の炎を 」をじっくり読めば、あっさりとわかりますので
ご自身で、味読してご確認ください。









>質問3

>前回のメルマガの「 映画をツールとした”つぶやき”の暗示感化法  」もユニーク
>で実に興味深い内容でしたが

>岡崎様が、コメントなさっていた優れた映画というのはなんでしょうか?

>とても気になっています。





「 きっとうまくいく 」( 原題 3Idiots )という映画です。



「 君の名は。」という映画も、思わずレビューしてしまったくらいよかったですが、これもよかったですよ。(笑)

この映画は、幸福に生きるための大事な視点が、ぎっしり詰まった映画でした。






コメディタッチなんですが、「 生きる 」ということについて重いテーマも出てきますし


この映画の主人公であるランチョーの以下の台詞


「 心は臆病だから"きっとうまくいく"と囁くように唱えるんだ。
  そうしたら困難にぶち当たったときに無視する勇気が出るんだ 」

という言葉は、心の性質を喝破した名言だと思います。

こういう映画が出来る素地と言いますか・・


こういう明るく生き生きした雰囲気の映画を作れるということは・・


一事が万事と言いますか・・

インドは、( 問題も抱えてますが )今後、さらに飛躍的に発展するんじゃないでしょうか?



話変わりますが


 映画をツールとした”つぶやき”の暗示感化法を実践する際は、先のメルマガでも書いたように




 強い情動や感動を伴った瞬間というのを狙い撃ちすることです。


 このときを狙うと暗示( 言いきかせた台詞 )が深いところに入りやすいですから。


 もちろん、ちょいと感動したくらいで人生が蘇るわけではない・・けれども、何らかの示唆や教訓を得ることはできるでしょうし、こういったことが、きっかけになることもあるでしょう。




なお、この「 きっとうまくいく 」という映画は、
かなりマニアックな映画なのでレンタルは難しいかもしれません。


幸いAmazon primeで視聴できますので、

こういったものを利用したらよいのではないでしょうか?

( 今のところは、サービスでprimeビデオとしてAmazonで提供されています。

       いつまで、このサービスが続いて、この映画が視れるかわかりませんが )

利用の仕方は・・Amazon Primeの画面からタイトルバーの「 プライム・ビデオ 」のリンクを探してクリックし
検索欄に「 きっとうまくいく 」と打ち込んで検索するとよい。

※VISAやJCB等のクレジットカードの番号登録をしないといけませんが・・登録後1か月間は無料体験でき、その期間内に解約すれば費用の負担も発生しない・・解約も簡単なので・・








>質問4

>ナダ音と耳鳴り( 病 )はどう区別したらよいでしょうか?



こういう主観的な体験を客観化し教えるというのが、とても難しく
正直、手探り状態なのですが・・ナーダ音の場合は、不快ではありません。


あまりの美妙音に心が惹きつけられてしまいます。

( 時間の関係で途中で切り上げることが多いですが )何時間聴いてても飽きないです。



不快で痛みを伴うとかいうことでご心配なら、お医者さんのところに行けばいいと思いますが



そういうので区別されてもいいのではないでしょうか?




なお

より精妙なナーダ音に聴き入ることが出来れば、心の攻撃性が激減する・・
これを聞き分け、より精妙な内部の妙音に聴き入るだけでも相当に潜在意識の純化に貢献し、心の充実の助けになり得るという見解です。

スーザン・スモーリー博士の以下の記事( 沈黙の声にじっと耳を澄ます )も英語記事ですが参考になるかもしれません。



Listening to the Sound of Silence



http://www.suesmalley.com/




この質問に追記で・・ナーダ音に興味のある方は・・

佐保田鶴治博士の「 ヨーガ根本教典 」に、少ないですが、その記述があります。


これの原典を翻訳したものがmixiにありますので、そこから引用しておきます。

ただし、苦行的なものを含むハタヨガの項は省略し、「 ナーダ音 」の記述があるのだけを抽出し引用しておきます。

( 以下引用 )

( ここから )

眉間への精神集中は、速やかにサマーディを得る方法である。これは、智慧の乏しい人々にとってもやさしい方法である。
 眉間への精神集中によって生じるナーダ音に集中することで、ラヤは即座に発現する。

 このすばらしい音への集中によって得られたサマーディの至福は、言葉では伝えがたい。


 また聖仙は、アナーハタの音に心を集中すべし。心が不動の境地に達するまで。

 この音は、修習を重ねるにしたがって、外界の音を圧倒する。ヨーギーは半月にしてすべての雑念を克服して、安楽を得る。

 初期の行中には、いろいろな種類の大きな音が聞こえる。それから修行が進むにつれて、次第に精妙な音が聞こえてくる。

 はじめのうちは波や雷や太鼓やシンバルの音が聞こえる。
 中ごろにはベルや法螺貝のような音が聞こえる。
 終期にはフルートやヴィーナのような音が聞こえる。
 以上のような様々な音が体内から聞こえてくるのである。

 このうち、できるだけ精妙な音に心を集中しなければならない。

 心はかのナーダ音の縄に縛られて、生まれつきの妄動を捨てて、不動になる。

 ヨーガ王国(サマーディ)を希望する人は、一切の思いを捨てて、もっぱらナーダ音に集中すべし。

 ナーダ音は、心という鹿を捕獲する縄であり、またこの鹿を殺す猟師である。
 
 心はナーダ音にひきつけられ、そこに止まり、そして音とともに消滅するのである。

 それゆえに、ヨーギーは毎日怠らずにナーダ音への集中を行じなければならない。 

 アナーハタ音の響きが聞こえる間は、空についての想念はまだ存在している。
 その音も消え去ったところが、パラマ・ブラフマン(至上の梵)、パラマ・アートマン(至上の真我)であるといわれている。

 およそ音のかたちで聞こえるものは、シャクティに他ならない。そしてすべての存在の没入する場であり、なんらの形相のないものこそが、至上神である。
 

( ここまで )

ナーダ音関係参照リンク

https://plaza.rakuten.co.jp/soukailife/diary/200510090000/

( 心臓由来だけじゃないと思ってるんで・・私とは見解が異なりますが・・単純に定義上の問題だけかもしれないです )

http://lasttimer.blog130.fc2.com/blog-entry-97.html

( このブログの著者に概ね賛同してますが、私の場合は、ナーダ音を雑念消去する強力なツールとしての捉え方のほうがより優位でして、< 関係者に怒られるかもしれないですが >実務的に考えています )





>質問5

>扁桃体鎮静化技法の習熟のコツがあったら教えてください。



思い浮かぶ想像を、しっかり取り締まり監督するのは案外難しいです。
大概の方が行き当たりばったりです。



大事なことなので、も一回書きます。




思い浮かぶ想像を、しっかり取り締まり監督するのは案外難しいです。




これもシンプルな方法ですが、闇雲にやるよりも

思い浮かぶ想像を、しっかり取り締まり監督する力を養えるし


行き当たりばったりで闇雲にやるより、遙かにグズグズ癖を矯正できます。



先ずはレシピどおりやる。

簡単なことから試す。

そうして回数をこなすことです。
数稽古です。


( ここまで )


読者の方々から、随分以前に、ご質問があり、自分なりにお答えしたものを
かいつまんで一部抜粋編集、加筆して記事にしてみます。

ネタに苦慮してまして8カ月以上前にいただいたご質問とその回答も含めています。
映画の書評などは、その最たるものかと思います。





( Kさんからのご質問および回答抜粋 )

>「今日1日 しないリスト」は目からうろこで早速取り入れました。いつも感謝です。
>それに、ご助言のお陰でナーダ音聴けるようになりましたが、今後これを生活でどう生かしたらいいでしょうか?



10種類くらいある( ナーダ音 )のうち、より深い・・心が自然に惹きつけられる精妙な音を聞き分け聞き取るようにするのはもちろんですが

ナーダ音を日常生活で聴く訓練をするとよいです。


日々の瞑想を深めるとともに雑踏の中ですらも、
すっと聴けるようにするとかも良い訓練になります・・

生きてたらいろんなことがあります。
自身の人生が順風でも、身内が病気や事故、挫折などの辛いことに喘いでいたら、
あるいはトラブルに巻き込まれたら、事柄に心が引き摺られ心も苦悩しがちです。
自身の運命や健康も言うことなく身内の健康や運命も万事順調で申し分なかったとしても、地域のごたごたや物騒なニュースを聴いたり、読んだりしたら
それでも心は引き摺られて時には恐怖や不安、苦を感じたりもするでしょう。


そういう変転きわまりない世相に生きることを余儀なくされてるのが私たちです。


ですが、そんななかでも心の積極性を堅持し命の勢いを高めて、できることをなすという構えを持つことや

´晴れてよし 曇りてもよし´の心境に入るのにもすこぶる良い方法ですから。


※著者注

 「 しないリスト 」については以下の記事をご覧ください。

 今日一日しないリストの効用

 また「 ナーダ音 」については以下のリンクに詳述しています。

 安定打坐とナーダ音





>多くの成功系書籍で成功者のモデルとして熱く語られ扱われていたタイガー・ウッズの
あまりの転落ぶりに>ショックを受けています。
こういう記事を見ると虚像を見てるようで切なくなるのです。http://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-31049420080328
>岡崎さんはどう思われますか?


名声を得て有名になるのも考えものと思います。
ましてやウッズ氏のように若くして富と名声を手に入れたら女の人もほっとかない。
なかには邪なことを考えて近づく方もいるでしょう。


一般の方よりも多くの誘惑を受けやすい。

それに三欲の統御はとても難しいので、さらに統御が難しくなる・・よほどじゃないと。




ブログ記事用に追記して、さらに言えば

「 ( 成功という )光( スポットライト )が当たれば、影( ダークサイド )が濃くなる 」とも言われています。

そして陰の部分( ダークサイド面 )は、成功しつつあるその途上から既に濃くなり始める。

影は、その人の1番弱い部分で噴出する・・とされていて

影( ダークサイド )の噴出ってのに具体的にどういうものがあるかというと・・

急に病気になる・・ 事故が起こる・・家族関係が破綻する・・人間関係の思わぬトラブルに巻き込まれる・・詐欺にあう・・信頼していた腹心に裏切られる・・etcとも言われてます。

なので人知れず陰徳を積むのが大事かもしれない・・

「 非常識な成功法則 」の著者の神田昌典氏なんかは、そういうのを知って以降は、影の影響を相殺するために( せっかく稼いだお金を手放すのは辛い・・と思いながらも震える手で )無記名でひっそり寄付をしていた・・というのも聞いたことがあります。


まだ研究中で手が回りませんが影の噴出を抑えるのには方法がいくつかあるのかもしれません。

「 潜在意識の浄化 」というのは鍵になるんじゃないでしょうか?






とにもかくにも生きてたらいいときもあればよくないときある。
「人間(じんかん)万事塞翁が馬」
それに、ウッズ氏は、このままで終わるようなヤワな方ではないんじゃないかと。


( ここまで )





( Sさんからのご質問および回答抜粋 )


>岡崎さんは今でも玄米菜食及び小食を続けておられますか?


そういえば、なんだかんだで継続して3年になります。
肉を食べることは極端に減り非加熱の生野菜や果実の生酵素というのを主体にした食事になってます。( こういう食事を心がけると瞑想に入りやすいのかもしれないです )



余談ですが


玄米を1日〜2日浸漬し発芽させたものを豆腐と混ぜてミキサーしたものを飲むと満腹感が得やすいのでダイエット食にも良いのではないかと思うので気が向いたらお試しください。

最初は、無理をせず、ほんのちょっとだけ取り入れて満腹感を得やすいか?等を確認しつつ体を馴らしていくというのが良いと思います。

発芽玄米豆乳クリームについては、さらにそこから味噌少々と混ぜてミキサーにかけるとユニークな冷や汁になりますので。

※著者注
 「 玄米生菜食メニュー 」について興味のある方は以下の記事をご覧ください。


玄米生菜食メニューと手軽でお得な生発芽玄米+豆乳クリームレシピ




>潜在意識が浄化され魂が磨かれると人はどうなるのでしょうか?
>岡崎さんの見解をお聞かせください。



私の意見( 見解 )ではない、、ですが


魂が磨かれ厚みと深みのある人格が練られるほど難しい環境や
とげとげしく、ドロドロの波風が立つ境遇ですらも円く修復し平穏無事におさめ
安寧化する實力が増すと言われています。

そうなると

そういう方の場合は

人生における困難や障害に出会っても、結果的に、そういったものがどんどん向こうから逃げていって平穏化し
平凡な人生が展開されることになる。

普通だったら波風立つような関係やらも円満に修繕する愛の実力があるので

波乱万丈とは対極の生活空間が周囲に広がっていき、
それが、あまりに自然で一見平凡に見えるので、戯曲になったりもしない・・
小説やドラマにもならない( ドラマにしようがない )


 

だから、そういう方の場合は本当は非凡なんだけども、その黒子的な偉さ故に、偉さが、さっぱりわからないということになる。


というのを天風先生の本だったか??メーテルリンクだったか??
出典不明ですが・・を読んで、そうなのかもなぁと得心したことがあります。



( ここまで )







( Fさんからのご質問および回答抜粋 )

>暗示のアドバイスありがとうございました。
確かにどうあったら自分が変わったのかを具体的に考えずにやっていたのがダメ
>でした。
>逆算的に考えることでうまくいきました。

>あと錬身沙を最近読んだのですが、若返りには皮膚摩擦が有効と書いてあったのがとても興味深かったです。
>岡崎さんはやられていますか?もしやられていたら何でやっているのか教えてほしいです。


特には、やってないですが、朝起きて、気合を入れるための行事で、
最早日課になってる冷水浴( 冷水行※ )をした後
体の水気を拭きとるのにタオルで背中をゴシゴシこすってますので、
強いて言えば、これが間接的に皮膚摩擦になってるのかもしれません。

冷水行はなんの芸もない・・ムン・・と肛門を締め上げ臍下に気を入れ
ただバシャンバシャンと水をかぶるだけのことですので念のため。


ちなみに、これ( 冷水行 )もメルマガで

「 岡崎さんが続けてるというので、私も試しにやってみたけれど、
 しんどくて1か月どころか1週間も続きませんでした 」
という・・なんだかクレームに近いメールをもらったことがあります。


これも人それぞれかと・・別にこれをやったから偉いというわけでもないんで・・

無理してやる必要もないと思っています。
( それに心臓の弱い方はやめたほうがよいです。私は初心を忘れないためと雑念整理・・さらには瞑想を深める準備としてやってるだけなんで(;^_^A )



>あと最近お金が本当欲しくて、富一念法を熱心にやっているのですが、
1番のポイントは富という言霊を腹に宿らせて貯めていくところ
>ですよね。


個人差がありますが

 借金体質だったけれども、この瞑想を丁寧に実践をすることで、
お金まわりが少しずつよくなったという報告もいただくので・・
割と良い方法みたいです。

借金体質がひどい方の場合は

真剣に実践しても、体質改善の穴埋めに時間ががかり

結果が出るのに時間がかかるかもしれません。




どこがポイントかはよくわからない部分がありますが・・

いかに深い意識に自身をもっていって
強く念を集中するか?というのがポイントではないでしょうか?

そういう「深い意識状態」を作るレシピを簡潔に述べたものがご紹介した方法なので・・

( ここまで )







( Tさんからのご質問および回答抜粋 )



>岡崎氏の今現在関心のあることは何でしょうか?差しさわりがなければ教えてください。



関心があるのは、私自身はプログラマーやエンジニアではないけれども
人工知能やディープ・ラーニングに関心があります。

ただし、純粋なプログラミングという意味ではなく
人間の認識や知育、啓発を人工知能のDeepLearning的活用やアプローチで何とかできないか?という意味での関心です。

機械学習で指数関数的に知識を向上させていくシステム系がAIだとしたら、そのシステム系自体を探って人間の知育、啓発を飛躍させる最適解としてフィードできないものか?と夢想してます。



社会文化論では「 プラウト拡張主義 」とかに興味があって本や文献を

改めて読み漁っています。

( 10年以上前にも真剣に読み漁ってたわけですが・・ )



さらにブログ記事用に追記するなら、プラウト拡張主義の流れでBasic Incomeとかも些少文献読み漁ってまして興味があります。



>岡崎氏は映画は視られますか?
>社会現象にまでなっている「 君の名は。 」についてどう思われましたか?>私は、いたく感動しました。


メルマガ読者からもちらほら薦められたので、少し前に視ました。


これについては、長くなったので

以下に改めて書き起こしていますので興味のある方は下記リンクをご覧ください。



 どこかの誰かさんが意を決して見返りを求めない慈善行為( 利他的行為 )を行うと、ただ、それを観察してるだけでも、それが赤の他人であっても( それが伝染し )自分も´いいこと´をするきっかけになるらしいです・・

「 肥満も禁煙も幸福も伝染する! 」という観点からも、( 利他的行為や勇気ある決断も非常に多く含まれてる )こういう映画を見るのは精神衛生上もよいのかもしれないです。

「 君の名は。」のレビュー( 3数多用の秘密と小さな勇気の伝染  )

 ★清らかな気持ちで寝るのも感謝するのも努力が要る 


「 岡崎さんもサイトに書いているように自分の心に我知らず湧いてくる妬み、恨み、憎しみ、怒り、暗い感情を拭い去り、清らかで生き生き颯爽とした気持ちで日々を生きていきたいのはヤマヤマで指摘されなくてもわかっている・・
言葉を積極的にするほうがよいに決まっている。


そういうことはよいのはわかっているはずなのに、ついつい感情のおもむくままに愚痴をこぼしがちで不平不満を口にしてしまったり

ついつい怒りや憎しみに駆られて「 ムカつく 」「 嫌だ 」「 最悪・・」「 キモい 」「 うざい 」等の消極的な言葉を衝動的に口にして後で後悔してしまうことがあるのですが、これはどうしてなのでしょうか?

という質問が読者の方からありました。



了解が得られましたので回答を一部抜粋し加筆編集して掲載してみます。




自分の心に我知らず妬み、恨み、憎しみ、怒り等が我知らず湧いて抑えが効かなくなる理由については
いかによき習慣を形成していくか?ということと併せてサイト全体のテーマのひとつでして・・

これをたった一文で簡潔に理由を言うなら

 印象を感じ取って心にその印象を伝える働きをするものが心には内蔵されているのですが、これが調子を崩して心が弱く消極的に振れやすくなって意志の力がダイレクトに心に働き難くなっている・・


 その結果、心を取り締まる力が弱って抑えが効かなくなっていくから・・
と言えるかと思います。
 



長々書いてもしようがないのですけど・・少し詳しく説明するなら

意識されざる沈み込んだところ( 水面下のところ )に妬み、恨み、憎しみ、怖れ、怒り・・劣情を我知らず誘発し、そのように想わせる消極的な心象材料が刷り込まれて沈み込んでいる・・


これらは人類史という大きなくくりで見たら進化のプロセスで大なり小なり人間なら誰にでもあるものだと思います。
( 民族的なものや先祖からの遺伝が濃淡を添える事もあるでしょう )

で・・このゴミ( 雑念妄念の素 )が溜まり過ぎるというか・・心の持つ自浄整理能力を越えると

心に内蔵された感じ方を司るところが受動生起的に消極に振れやすくなって間脳を経由して働く高次の意志の力が垂直にズドンと心に流れ難くなり、その結果、湧き上がる感情や感覚の制御が出来なくなって
カッとして思わぬ言動をとってしまったりし・・後で後悔する・・とかいうことになる・・

 ちょっとした不愉快な事( 刺激 )にも感覚・・感情が過大に働き・・
その刺激を鎮められず氣をまとめ難くなる・・その結果、古皮質由来の脳に支配され・・ちょっとしたことにも辛抱がきかなくなる・・

 前頭前野腹内側部の高次の脳機能が衰え、真に人間らしい高次の思想や献身性、気高さ・・社会性とはかけ離れ、刹那的になる・・事柄に右往左往・・過敏反応して、こらえ性がない・・と申しますか・・・

感情に流されない強さを持つというのは大事なことだというのは重々わかっていながら・・

原始脳の制御が出来ず、刹那的・・かつ短絡的になって・・みだりに怒ったり悲しんだり怖れたり・・不平不満や愚痴・・失意落胆を垂れ流すようになる・・ということです。

  この辺りの脳科学的な事をうまく説明している労作記事が2つほどありましたのでリンクしておきます。
  アプローチ法や解決法は、私とは少し違うみたいですけど・・秀作です。
  私の持論のひとつである潜在意識はナマケモノ説とも被る所もあります。
 
  3つの脳【爬虫類脳・動物脳・人間脳】
 

爬虫類脳に人生を乗っ取られると、「継続」ができなくなりますよ



 実際のところ・・効果的な努力をして習慣化を図るための配慮もせず※感情・・感覚の赴くまま・・興奮するがまま・・( 原始脳の快不快原則のまま、その部位の回路を使い続けることで強化して )生きていますと・・・

 意識されざる沈み込んだところ( 心象材料を溜めておく心の倉庫:潜在意識の底 )が怖れ、怒り・・憎しみ・・恨み・・といった消極的な心象材料( 雑念妄念の素 )でじわじわ汚染され、そっちの領域が強化されることで真に人間らしい心の働きが弱くなって・・肉体をその絶妙な働きで不思議に生かしてくれている自律神経も呼応するかのようにちょっとずつ弱っていく・・・



 そうして、ある時を境にダムが決壊したようになって・・・


 ○理性の力で無理やり抑え込もうと思っても収拾がつかなくなって心が自動で消極に振れやすくなって、欠乏感、不足感が増し欲求不満に陥りやすくなる・・・

 その結果、感情や感覚のちょっとした不快な事柄にも過敏反応を呈するようになってイライラしやすくなる・・

 ○本能的衝動が暴れ回って冷静な判断力をも失い、しっちゃかめっちゃかになる・・・・

 

 また

 ○興味深々の好奇心が薄れ自然界の秩序と絶妙な調和に感嘆せしめられたり森羅万象の神秘・・・鉱物・・動植物の可憐さ・・愛らしさに打たれたり・・といった恍惚を感じ取れなくなる・・小林秀雄さん流に言えば・・不思議に驚く瑞々しい感性を失う・・

 
 ○雑念妄念で心がいっぱいになることで氣が散りやすく・・・今ここ( Now & here )に心を置くことが難しくなり心が暴れ回って取り越し苦労し始める( 過去苦労・未来苦労 )・・よくないとわかっていても心をまとめる力が損なわれているので止め難くなる・・

 

 ○高次の脳機能が衰え、はりがなくなり言い訳( 自己防衛しがち )しがちで、先延ばしにしがち・・

 
 ざっと挙げるだけでも色んな弊害がありまして・・

  まあ、こういったことになっていきます。


 



 なんでずらずら書けるかと言いますと・・自分自身がそうなってしまって方法を発見した後も、きちんと習慣化し持続力をつけて立て直していくのに物凄〜く苦労したことがあったからです。


 ちなみに・・効果的な努力や習慣にするための配慮もせず・・と冒頭で書きましたのは・・曲がりなりにも啓発的な努力というのはそれなりの自己投資をしていたし努力もしていたので・・こう書きました。

 実際・・あの当時・・まあ・・あれこれやってたわけです・・

( 的外れな事をやってたなとつくづく思うのですが・・ )

 一例を挙げれば・・

仏典やら聖書やらを日々噛みしめるように読むのは勿論・・
( これについて、神道も含めてライフワーク的に研究しつつ・・今でも時々紐解いてはいますけど・・ )

 「 心が積極的になる・・ 」という宣伝文句のウン百万の啓発テープを半年以上・・時間を決めてこまめにコツコツ聴く

 当時は、CDやDVDではなくカセットデッキだったので・・車のボックスにカセットを入れ・・カセットデッキにテープを差し入れて移動中等でも折に触れて聴くようにしても・・


 何でもないときは、なんとかなるんですけど・・
 
 ほんとイザというときに全く役に立たない・・と申しますか・・

 聖句や仏典の有り難く尊い御言葉なんかも、どこへ行ったのやら・・


 有名なビジネス書の「 7つの習慣 」なんかも初版が出た当時位から読んでいて・・

意志の力が脆弱なのに「7つの習慣」のメソッドを習慣化出来るのだろうか・・と疑心暗鬼に囚われつつも・・「 刺激と反応の間にはスペースがある。 そのスペースには自分の反応を選択する自由と力がある。
そのスペースの中で、どのような反応をするのかは全て個人が選ぶことができる!」
という行に、したり顔で感心し・・

うーーむ・・そうだよ・・そうなんだよねぇ・・わかるわかる・・と本を読みつつ・・我が意を得たり!ってな感じで納得しつつ読みこんでいたのですが・・

 イザという時・・そんなのどこへ行ってしまったのやら・・「 刺激と反応の間のスペース 」なんて、どこに存在するのか・・絵に描いた餅・・現場( リアル )では全く何の力もない・・・お飾りでしかない・・

 ことごとく・・ものの見事に・・・ほんと呆れるくらい、きれいサッパリ吹っ飛んでしまって、おろおろドタバタ・・事柄に反応し取り乱す・・
 あるいは・・些細なことがきっかけでトラブルになり・・怒りがどんどん増幅して・・かっかかっかヒートアップし・・しまいには怒鳴り散らす始末・・・⇒後でものすごーーーく後悔する・・けど後の祭り・・



 仕事もミス続き・・ポカしまくり・・



 →毎日が憂鬱・・・不安な事やら心配事を寝床の中にまで持ち込んで・・・

 あれがこうで、これがああなったら・・もう一巻の終わりだ・・いや・・こうなると・・ああなって・・ああなるとこうなるけど・・うーーん・・結局これがこうなると・・ああ・・もう万事休すだわい・・

 いや・・待てよ・・これが、こうなったらどうだ・・

 うーーん・・やっぱりだめだ・・・
  ( また最初に戻るゝ )


  という取り越し苦労( 未来苦労、過去苦労 )を無限ループ・・エンドレス・テープのようにじゅんぐりに寝入りばなに思い描き・・繰り返しまくって結局ペッシャンコのバッド・エンドの連想しか浮かばない・・
 夢も希望も神も仏もあったもんじゃない・・夜中に気持ちの悪い汗と共にグァバッと起きて・・まだ暗い・・ああまだ朝じゃないんだ・・ということを知って少しほっとする→また寝ようとするけど・・また嫌な連想が止まらなくなって取り越し苦労をしてしまい眠りがすこぶる浅くなる・・・眠れぬ夜があまりに辛く長い・・


 恐怖を感じるのは生きていくのには必要な能力・・

 とは言え・・・ほんとまあ度が過ぎるとこれほど悲惨な事はない・・と申しますか・・・・


 取り越し苦労を止めたいのに( 意志の力が弱っていて )止めれない・・・・

 案ずるより産むが安しというのはわかっていても擦り減って行動力も衰えている・・

 げーーーっそり憔悴し切って世の中は苦界だ・・・・なんてついてない・・不運なんだ・・とばかりにのたうちまわって悪循環・・と申しますか・・・

  そういう体たらくでしたので・・・






 で・・結局・・効果的な心身のお手入れと錬磨をして心のベースに当たる所を強化しなかったら、どんな名車でも無理をさせていたら調子が狂うのと一緒でして・・受動的に感じせしめられる心のベースがおかしくなって、どこがどうということもなく生き辛くなって心も満たされ難く・・心地よくなくなって日々を楽しめなくなってくる・・

 そうなると・・心のあるところが満たされにくいもんだから

 欠乏感、不足感で一杯になり・・


やたらと他人の芝生が青く見え始め・・不平不満の虜になっていき感謝できなくなる・・・


更にそれが進行していくと実に哀れ悲惨な( 恐ろしい )ものでして・・・

 自分の心のベースになるところが狂って、心のあるところが満たされにくいもんだから欠乏感、不足感で一杯になり他人と比較し劣等感に苛まれたり・・他人の芝生がやけに青く見え始め・・・


 次第に世の中のドロドロした暗い面・・悲観的な面、醜悪な面・・心細〜いことばっかりが何故か目につくようになっていき・・
そういう方面の現象ばかりがクローズアップされて心に印象され感受され易くなってしまうことで・・悪い方悪い方にしか連想が浮かばなくなって、そんなの心身にとって、よくない・・とわかってても止めれなくなる・・

 ○世の中は苦の娑婆・・渡る世間は鬼ばかり・・としか知覚できなくなる・・

 ○進取の気性が失われ、やる前から、過去の想念に縛られて・・どうせ無理、どうせ駄目・・面倒なだけ・・やるだけ無駄・・めんどくさい・・という観念に引き摺られて挑戦しなくなる・・

 ○擦り切れたようになって無関心、無感動になってひねくれていく・・・

 ○方向性が変わって・・やけっぱち・・自暴自棄に陥ったり・・極端に刹那的・・エゴイスティック・・自分が満たされないものだから才能を拓こうと努力している人を馬鹿にしたり・・上手くいってる人の意欲を削ぐことをしたり足を引っ張る・・・暴力的になる・・




 あるいは

 ○神経過敏で何かにつけてビクビクオドオドし心細く心配な方面・・悲観と怖れの方面からしか知覚できなくなって憂鬱が憂鬱を呼び、煩悶が絶えず・・楽しい思い出、幸せな気分なんか吹っ飛んでしまい氣が枯れ果てて、いる場所がなく感じられる・・いたたまれない・・消え入ってなくなってしまいたい衝動・・と申しますか・・

 あんまり研究を深めてないので、大して詳しく書けないですけど・・スピ的には、オーラがぎゅーーっと萎縮し、どつぼにはまる方も出てくる・・・(^^;)











 ですので、気持ちの強さ( 生命生存力 )自体を蘇らせ


心のベースになる感じせしめられる所を強くすることで心を満たしやすくすると共に心を監督する高次の意志の力を流しやすくすることで感情・感覚を統制しやすくする・・



 これほんとベースとなる心身管理( 状態管理 )のpointです。




  心の特別なお手入れをおざなりにすることで心の奥底に沈んだ雑念妄念素が氣( 生かす力 )の受け入れや心をまとめる意志の力の円滑な流れを阻害し絶縁する抵抗体だと思えばわかりやすいかと・・





 言葉については、言葉を制御するというのは自身の運命を開拓する上でとても大事なことで普段使っている言葉が人を創っていくし
「 言葉の使い方 」ひとつで人生が左右されたりもすることは、Iさんなら重々ご承知のことと思います。

 納税額日本一を連発させた斎藤一人さんとかもおっしゃってますよね・・

幸せになりたかったら良い言葉を使いな・・って

確か・・

いつも、どんなときも「 いい言葉 」だけを言っている人には、雪崩のごとく幸せがやってきます!

 ともおっしゃってましたよね。




ですけど・・

 

そういう重大な事を知識として知っていても人は周りの雰囲気に同調・同化しやすいんです。

ほおっておいたら自然に気持ちが強くなっていく良い言葉・・自身も尊敬を感じるような気高い言葉・・お互いが元気に溢れる言葉ばっかり使いたくてしょうがなくなる・・・

ほおっておいたら清く尊く高潔で積極的・・霊性も高まって意志の力も強靭になっていくのなら・・ホントこんなによいことはない・・

そういう世の中ならよいのですが、周りがよくない言動をデイリーベースにし怖れや本能を司る動物脳に支配権を譲っている場合、その雰囲気に無意識に同調し流されて、自然に気持ちも弱くなって尊い気持ちも意欲も挫かれやすくて・・・・やっても無駄・・どうせ無理、どうせ駄目・・という気持ちになりがちで近視眼的かつ刹那的になってしまいます。


 ある方が・・

 良い言葉を使うくらいのことで人生がよくなったら、こんなに苦労はしない・・世の中成功者で溢れかえってるわ・・ボケ・・脳内お花畑野郎と言ってましたけど・・・


 それしきのことすらも愚直に続けられないから変わらないんです・・・
  
 そういうのを知って、ちらっと実践しても、すぐ飽きてしまう方がほとんど・・

 それどころか・・根のなさ・・ひたむきさの無さを棚にあげて逆切れする始末・・・




 よい言葉、自身も尊敬を感じるような気高い言葉・・お互いが元気になる言葉を愚直・・ひたむきに倦まずたゆまず何年も使い続ける・・あくまで一辺倒で押し続ける事を決意し努力を続けて突きぬけられる方は・・恐らく1%もいないのではないかと・・

 
言行( 言葉・・そして行い )の積極化は意識的な努力や心がけが必要ということです。

実際、世間一般の事象・・事実を観察すると消極的な言動が多いです。



卑近な例を挙げれば・・

身近な世間話で
「 暑いですねぇ・・ほんと・・ 」 と不快な事に対して同情と同意を誘うような調子で言われた時なんかに

もし、「 ほんと暑いですね・・いやぁ・・よけいに元気が出ますねぇ 」とか積極的なことをつい言おうものなら、空気を読め!と言わんばかりに変な顔( 嫌な顔 )をされ目を白黒させる方がほとんどではないでしょうか?

実際、世間の一般常識では、そういった会話に遭遇することは、ほぼありません・・




たいがいは猛暑が続く日なんかには

「 暑いですねぇ・・うっとうしくて、もうどうにもこうにもやりきれませんなぁ・・ 」
「 ほんとそうですなぁ・・もう嫌になりますよ 」という会話が99%ではないかと・・


( 裏返せば・・極力強く尊く清い・・意志の力も強く忍耐力もあり霊性も高い運のよい人と交流することを心がければよいわけですけど・・
  「 類は友を呼ぶ・・ 」の諺のとおり、自分自身が積極的に磁化する・・あるいはそういう修練を積む努力をしていないと「 同気相求める・・」で積極的で運のよい人は、なかなかに近寄って来れなくなりますし、自分自身が消極的なままで研鑽を怠っていると・・そういう方の中に入るだけで苦しくなっていたたまれなくなっていきます )




世間一般の毎日の新聞やニュースだって90%以上が・・ほんと呆れかえるくらい気持ちを挫き憂欝にさせる・・憎しみや怒り・・不安・・怖れ・・劣情を刺激し・・不足・・不満を煽る・・ある意味、脳の古皮質部を刺激し、その回路を強化するような記事ばかりです。

ごく稀に気持ちを明るくし、人間らしい霊性を鼓舞するよいニュースもあります。

○奈良県のおばあちゃんが2700万円相当の救急車を寄贈した・とか
○絶滅寸前のインドの野生トラが30%増の2226頭になったetc

ですが、よいニュースは圧倒的に少なく真剣にほじくり探さないと出てこない・・

その一方で原始的な動物脳を発火させ怖れや本能を刺激する悪いニュースは盛りだくさん・・垂れ流し・・テンコ盛りです。


○民間の飛行機が民家に落ちて巻きこまれて死亡した方がいる・・
○海からコンクリート詰めの遺体があがった・・
○電気さくの事故で人が死亡した
○新国立競技場の予算が当初予算の2倍に膨れ上がった・・政府や文科省はなにをやってるのか・・・
○担任のいじめ対応が杜撰・・学校の対応がなってない・・etc

 こういった暗いニュースは、どんどんどんどこ量産され垂れ流されています。

 こういったことには社会全体で問題を共有して、それぞれの立場で出来る事をしていく・・
 特に、こういう事柄( 事件 )に直接関わっている方々が原因を明らかにし改善、解決に向けて誠心誠意を尽くす・・未然防止のための措置を講じる・・というのは当然、大事な事です。




 ですが・・・



 



 直接的に殆ど関係がない方までもが、こういう記事に、いちいち過敏に反応して正義感を前面に立てて腹を立てたり、政治家や行政の悪徳、不正云々を非難、糾弾し愚痴をこぼすことに時間と思念を使う・・というのが安心した・・気が高まった状態で・・かつ向上的に生きる上で結構問題だと思う訳でして・・・

 いちいち過敏にかかずり合って、必要以上に気を散らす・・と申しますか・・そういうことに思考を消耗し時間を費やすことを繰り返していたら心のエネルギーを削ぐだけでなく・・ミイラ取りがミイラになる・・の諺のとおり知らざる間に心が消極方面に感化されて
言動も消極化し肝心な時に集中すべき事に力を注げなくなるのは「 当たり前 」でして・・・ここぞと言う時に心の態度を積極化させ力を発揮するためには普段から、特別な意識的心がけと努力・・訓練が要る・・という事です。

 ( インターネットで言えば・・こんな暗く悪いニュース・・動物脳を刺激しその回路を強化するお下劣な記事・・映像・・動画・・・あるいは・・炎上狙いの憎しみや劣情を煽りたてるような記事ばかりをピック・アップし大衆の動物脳を刺激し怒りや憎しみを司るところを発火させ・・そういう衝動に駆られ強めるように「 脳 」を仕向ける・・・・ある意味では操って扇動し快感を得る・・


 その優秀な頭脳を大衆のより内面的で霊性満足を促す方向に向けず・・無駄遣いするマスコミを批判するのも実に簡単で呆れるのも容易ですけど・・


  真に人間らしい霊性を満たすものとは対極の・・記事を好む潜在的欲求が事実として私たちにあるから需要と供給の関係で、そういう話題に関する記事がよく購読される・・・
 インターネットで言えばアクセスが盛んになり爬虫類脳を刺激し発火させる悪いニュース・・下衆で卑猥な記事・・動画・・映像ほど、ほんとまあ凄まじい勢いでアクセスされ・・コメントでも勢いを増し盛り上がる( 祭り状態になる )・・という側面・・反省の余地・・もあるのではないでしょうか?

 それだけ原始的な古皮質由来の本能を司るところが人間の感情や行為に相当に大きな力をふるっている証でもあるのでしょう。
 ( その反対に新皮質の真に気高い行為の源泉になる霊性由来のところは、進化も遅々としていて、今も昔も大して変わってない・・脆弱で抑えこまれて本来の力を発揮できてない・・未開発とも言えるかと・・・)










ちょっと脱線しましたが・・




自分の心に我知らず湧いてくる妬み、恨み、憎しみ、怒り、暗い感情を拭い去り、清らかで・・真に人間らしく生き生き颯爽とした、はりのある気持ちで日々を生きるための対策( 処方箋 )としては

 

先ず第一に

★「 枕に頭をつけてから寝入るまでのうとうとしたときの想いを上手に制御し清らか( 気高く )にすること 」
  ↑ ↑ ↑
これを強く意識し心がける( 努力する )ことで我知らず湧いてくる妬み、恨み、憎しみ、怒り等の勢いが無くなっていき・・・続けるうちに無理やり抑え込まなくても済むようになっていきます。



 
 
そのためにも清らかな気持ちで寝入れるように就寝前の気持ちを整えて過ごすことが大事になってきます。


なので就寝前は気持ちを整えて丁寧に過ごす・・

気持ちを強めて調えるために鏡を用いた命令暗示を行うのがよいです。


なお


寝る前にパソコンや明るい液晶のスマホ画面を見ていると碌なことになりませんのでご注意を

 寝入りばなの想いを客観的な視座から観察して・・・昼間に関係した「 妬ましいこと 」「 恨めしいこと」「 憎たらしいこと 」 「 怒り心頭なこと 」「 心配な事・・気がかりな事 」をわざわざ想い起して心を興奮させ、泥まみれの暗い想いで一杯にしたり・・・
 気がかりで心配な事を寝床にまで持ち込んで、あれこれキナキナクヨクヨ考えて取り越し苦労しまくり神経が興奮して眠れなくなって・・・トロトロ寝入ったかと思ったら・・がばっと起きて・・夜中の3時で・・また寝たり・・

 とにかく、そういった氣( 生かす力 )の受け入れをストップさせ、かつ人体を巡る氣を大量消耗させて寝入りばなを過ごすというような真理から外れた愚かなことを止める・・手放すだけでも効果があります。
 



また・・・普段の言行・・特に言葉の積極化については


否定的で悲観的な言葉・・不平不満の言葉を口にしそうになったら・・

★「 ●●と、よく言っていたっけ・・ 」と言い直すようにする・・


さらには


★「 始終感謝をする努力をする 」・・というのも運命を切り拓き言行の積極化するのに、とても大事です。

「 感謝も努力が要る 」というのも、私の持論のひとつですが、これもほっておいたら自然に不平不満と愚痴の虜になりがちなので、いたしかたありません。




「 今 」恵まれていること・・を思い浮かべてひとつひとつ念を押すかのように明確な実感を込めて感謝を噛みしめることもちょくちょく・・それが難しければ、たまにでもよいので、とにかくやってみる・・ということ
 ( 例 ・・とにかく生きている( 生かされている )事・・・空気があること・・太陽が昇って沈んでくれること・・ 踏みしめることの出来る大地がある事・・この文字・・文章を見て理解する目と知力がある事・・ 愛すべき対象がある事etc )

こういったことも世間一般の消極的な雰囲気に流され、同調されずに建設・能造の氣を受け容れやすくして心を清らかで溌剌とした状態に磁化する上で大事なことではないかと思います。


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