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あなたの生活に新たな変化を興す実践のための質問箱 

2017年06月22日

実践者の方の質問etc 「 質問、回答のオンパレード  」

読者の方々から、随分以前に、ご質問があり、自分なりにお答えしたものを
かいつまんで一部抜粋編集、加筆して記事にしてみます。

ネタに苦慮してまして8カ月以上前にいただいたご質問とその回答も含めています。
映画の書評などは、その最たるものかと思います。





( Kさんからのご質問および回答抜粋 )

>「今日1日 しないリスト」は目からうろこで早速取り入れました。いつも感謝です。
>それに、ご助言のお陰でナーダ音聴けるようになりましたが、今後これを生活でどう生かしたらいいでしょうか?



幾種類かある( ナーダ音 )のうち、
より深い・・心が惹きつけられる精妙な音を聞き分け聞き取るようにするのはもちろんですが

ナーダ音を日常生活で聴く訓練をするとよいです。


日々の瞑想を深めるとともに雑踏の中ですらも、すっと聴けるようにするとかも良い訓練になります・・

生きてたらいろんなことがあります。
自身の人生が順風でも、身内が病気や事故、挫折などの辛いことに喘いでいたら、
あるいはトラブルに巻き込まれたら、事柄に心が引き摺られ心も苦悩しがちです。
自身の運命や健康も言うことなく身内の健康や運命も万事順調で申し分なかったとしても、地域のごたごたや物騒なニュースを聴いたり、読んだりしたら
それでも心は引き摺られて時には恐怖や不安、苦を感じたりもするでしょう。


そういう変転きわまりない世相に生きることを余儀なくされてるのが私たちです。


ですが、そんななかでも心の積極性を堅持し命の勢いを高めて、できることをなすという構えを持つことや

´晴れてよし 曇りてもよし´の心境に入るのにもすこぶる良い方法ですから。


※著者注

 「 しないリスト 」については以下の記事をご覧ください。

 今日一日しないリストの効用

 また「 ナーダ音 」については以下のリンクに詳述しています。

 安定打坐とナーダ音





>多くの成功系書籍で成功者のモデルとして熱く語られ扱われていたタイガー・ウッズの
あまりの転落ぶりに>ショックを受けています。
こういう記事を見ると虚像を見てるようで切なくなるのです。http://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-31049420080328
>岡崎さんはどう思われますか?


名声を得て有名になるのも考えものと思います。
ましてやウッズ氏のように若くして富と名声を手に入れたら女の人もほっとかない。
なかには邪なことを考えて近づく方もいるでしょう。


一般の方よりも多くの誘惑を受けやすい。

それに三欲の統御はとても難しいので、さらに統御が難しくなる・・よほどじゃないと。

さらに言えば

「 ( 成功という )光( スポットライト )が当たれば、影( ダークサイド )が濃くなる 」とも言われています。

そして陰の部分( ダークサイド面 )は、成功しつつあるその途上から既に濃くなり始める。

影は、その人の1番弱い部分で噴出する・・とされていて

影( ダークサイド )の噴出ってのに具体的にどういうものがあるかというと・・

急に病気になる・・ 事故が起こる・・家族関係が破綻する・・人間関係の思わぬトラブルに巻き込まれる・・詐欺にあう・・信頼していた腹心に裏切られる・・etcとも言われてます。

なので人知れず陰徳を積むのが大事かもしれない・・

「 非常識な成功法則 」の著者の神田昌典氏なんかは、そういうのを知って以降は、影の影響を相殺するために( せっかく稼いだお金を手放すのは辛い・・と思いながらも震える手で )無記名でひっそり寄付をしていたらしい・・というのも聞いたことがあります。


まだ研究中で手が回りませんが影の噴出を抑えるのには方法がいくつかあるのかもしれません。

「 潜在意識の浄化 」というのは鍵になるんじゃないでしょうか?


とにもかくにも生きてたらいいときもあればよくないときある。
「人間(じんかん)万事塞翁が馬」
それに、ウッズ氏は、このままで終わるようなヤワな方ではないんじゃないかと。


( ここまで )





( Sさんからのご質問および回答抜粋 )


>岡崎さんは今でも玄米菜食及び小食を続けておられますか?


そういえば、なんだかんだで継続して3年になります。


余談ですが


玄米を1日〜2日浸漬し発芽させたものを豆腐と混ぜてミキサーしたものを飲むと満腹感が得やすいのでダイエット食にも良いのではないかと思うので気が向いたらお試しください。
最初は、無理をせず、ほんのちょっとだけ取り入れて満腹感を得やすいか?等を確認しつつ体を馴らしていくというのが良いと思います。

発芽玄米豆乳クリームについては、さらにそこから味噌少々と混ぜてミキサーにかけるとユニークな冷や汁になりますので。

※著者注
 「 玄米生菜食メニュー 」について興味のある方は以下の記事をご覧ください。


玄米生菜食メニューと手軽でお得な生発芽玄米+豆乳クリームレシピ




>潜在意識が浄化され魂が磨かれると人はどうなるのでしょうか?
>岡崎さんの見解をお聞かせください。



私の意見( 見解 )ではない、、ですが


魂が磨かれ厚みと深みのある人格が練られるほど難しい環境や
とげとげしく、ドロドロの波風が立つ境遇ですらも円く修復し平穏無事におさめ
安寧化する實力が増すと言われています。

そうなると

そういう方の場合は

人生における困難や障害に出会っても、結果的に、そういったものがどんどん向こうから逃げていって平穏化し
平凡な人生が展開されることになる。

普通だったら波風立つような関係やらも円満に修繕する愛の実力があるので

波乱万丈とは対極の生活空間が周囲に広がっていき、
それが、あまりに自然で一見平凡に見えるので、戯曲になったりもしない・・
小説やドラマにもならない( ドラマにしようがない )


 

だから、そういう方の場合は本当は非凡なんだけども、その黒子的な偉さ故に、偉さが、さっぱりわからないということになる。


というのを天風先生の本だったか??メーテルリンクだったか??
出典不明ですが・・を読んで、そうかもなぁと得心したことがあります。



( ここまで )







( Fさんからのご質問および回答抜粋 )

>暗示のアドバイスありがとうございました。
確かにどうあったら自分が変わったのかを具体的に考えずにやっていたのがダメ
>でした。
>逆算的に考えることでうまくいきました。

>あと錬身沙を最近読んだのですが、若返りには皮膚摩擦が有効と書いてあったのがとても興味深かったです。
>岡崎さんはやられていますか?もしやられていたら何でやっているのか教えてほしいです。


特には、やってないですが、朝起きて、気合を入れるための行事で、
最早日課になってる冷水浴( 冷水行※ )をした後
体の水気を拭きとるのにタオルで背中をゴシゴシこすってますので、
強いて言えば、これが間接的に皮膚摩擦になってるのかもしれません。

冷水行はなんの芸もない・・ムン・・と肛門を締め上げ臍下に気を入れ
ただバシャンバシャンと水をかぶるだけのことですので念のため。


ちなみに、これ( 冷水行 )もメルマガで

「 岡崎さんが続けてるというので、私も試しにやってみたけれど、
 しんどくて1か月どころか1週間も続きませんでした 」
という・・なんだかクレームに近いメールをもらったことがあります。


これも人それぞれかと・・別にこれをやったから偉いというわけでもないんで・・

無理してやる必要もないと思っています。
( それに心臓の弱い方はやめたほうがよいです。私は初心を忘れないためと雑念整理・・さらには瞑想を深める準備としてやってるだけなんで(;^_^A )



>あと最近お金が本当欲しくて、富一念法を熱心にやっているのですが、
1番のポイントは富という言霊を腹に宿らせて貯めていくところ
>ですよね。


個人差がありますが

 借金体質だったけれども、この瞑想を丁寧に実践をすることで、
お金まわりが少しずつよくなったという報告もいただくので・・
割と良い方法みたいです。

借金体質がひどい方の場合は

真剣に実践しても、体質改善の穴埋めに時間ががかり

結果が出るのに時間がかかるかもしれません。




どこがポイントかはよくわからない部分がありますが・・

いかに深い意識に自身をもっていって
強く念を集中するか?というのがポイントではないでしょうか?

そういう「深い意識状態」を作るレシピを簡潔に述べたものがご紹介した方法なので・・

( ここまで )







( Tさんからのご質問および回答抜粋 )



>岡崎氏の今現在関心のあることは何でしょうか?差しさわりがなければ教えてください。



関心があるのは、私自身はプログラマーやエンジニアではないけれども
人工知能やディープ・ラーニングに関心があります。

ただし、純粋なプログラミングという意味ではなく
人間の認識や知育、啓発を人工知能のDeepLearning的活用やアプローチで何とかできないか?という意味での関心です。





社会文化論では「 プラウト拡張主義 」とかに興味があって本や文献を

改めて読み漁っています。

( 10年以上前にも真剣に読み漁ってたわけですが・・)



>岡崎氏は映画は視られますか?
>社会現象にまでなっている「 君の名は。 」についてどう思われましたか?>私は、いたく感動しました。


メルマガ読者からもちらほら薦められたので、少し前に視ました。


これについては、長くなったので

以下に改めて書き起こしていますので興味のある方は下記リンクをご覧ください。

「 肥満も禁煙も幸福も伝染する! 」という観点からも、霊性を触発するよい映画を見るのは良いことと思います。


「 君の名は。」のレビュー( 3数多用の秘密と小さな勇気の伝染  )



navikan at 05:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2015年08月09日

清らかな気持ちで寝るのも感謝するのも努力が要る 

 ★清らかな気持ちで寝るのも感謝するのも努力が要る 


「 岡崎さんもサイトに書いているように自分の心に我知らず湧いてくる妬み、恨み、憎しみ、怒り、暗い感情を拭い去り、清らかで生き生き颯爽とした気持ちで日々を生きていきたいのはヤマヤマで指摘されなくてもわかっている・・
言葉を積極的にするほうがよいに決まっている。


そういうことはよいのはわかっているはずなのに、ついつい感情のおもむくままに愚痴をこぼしがちで不平不満を口にしてしまったり

ついつい怒りや憎しみに駆られて「 ムカつく 」「 嫌だ 」「 最悪・・」「 キモい 」「 うざい 」等の消極的な言葉を衝動的に口にして後で後悔してしまうことがあるのですが、これはどうしてなのでしょうか?

という質問が読者の方からありました。



了解が得られましたので回答を一部抜粋し加筆編集して掲載してみます。




自分の心に我知らず妬み、恨み、憎しみ、怒り等が我知らず湧いて抑えが効かなくなる理由については
いかによき習慣を形成していくか?ということと併せてサイト全体のテーマのひとつでして・・

これをたった一文で簡潔に理由を言うなら

 印象を感じ取って心にその印象を伝える働きをするものが心には内蔵されているのですが、これが調子を崩して心が弱く消極的に振れやすくなって意志の力がダイレクトに心に働き難くなっている・・


 その結果、心を取り締まる力が弱って抑えが効かなくなっていくから・・
と言えるかと思います。
 



長々書いてもしようがないのですけど・・少し詳しく説明するなら

意識されざる沈み込んだところ( 水面下のところ )に妬み、恨み、憎しみ、怖れ、怒り・・劣情を我知らず誘発し、そのように想わせる消極的な心象材料が刷り込まれて沈み込んでいる・・


これらは人類史という大きなくくりで見たら進化のプロセスで大なり小なり人間なら誰にでもあるものだと思います。
( 民族的なものや先祖からの遺伝が濃淡を添える事もあるでしょう )

で・・このゴミ( 雑念妄念の素 )が溜まり過ぎるというか・・心の持つ自浄整理能力を越えると

心に内蔵された感じ方を司るところが受動生起的に消極に振れやすくなって間脳を経由して働く高次の意志の力が垂直にズドンと心に流れ難くなり、その結果、湧き上がる感情や感覚の制御が出来なくなって
カッとして思わぬ言動をとってしまったりし・・後で後悔する・・とかいうことになる・・

 ちょっとした不愉快な事( 刺激 )にも感覚・・感情が過大に働き・・
その刺激を鎮められず氣をまとめ難くなる・・その結果、古皮質由来の脳に支配され・・ちょっとしたことにも辛抱がきかなくなる・・

 前頭前野腹内側部の高次の脳機能が衰え、真に人間らしい高次の思想や献身性、気高さ・・社会性とはかけ離れ、刹那的になる・・事柄に右往左往・・過敏反応して、こらえ性がない・・と申しますか・・・

感情に流されない強さを持つというのは大事なことだというのは重々わかっていながら・・

原始脳の制御が出来ず、刹那的・・かつ短絡的になって・・みだりに怒ったり悲しんだり怖れたり・・不平不満や愚痴・・失意落胆を垂れ流すようになる・・ということです。

  この辺りの脳科学的な事をうまく説明している労作記事が2つほどありましたのでリンクしておきます。
  アプローチ法や解決法は、私とは少し違うみたいですけど・・秀作です。
  私の持論のひとつである潜在意識はナマケモノ説とも被る所もあります。
 
  3つの脳【爬虫類脳・動物脳・人間脳】
 

爬虫類脳に人生を乗っ取られると、「継続」ができなくなりますよ



 実際のところ・・効果的な努力をして習慣化を図るための配慮もせず※感情・・感覚の赴くまま・・興奮するがまま・・( 原始脳の快不快原則のまま、その部位の回路を使い続けることで強化して )生きていますと・・・

 意識されざる沈み込んだところ( 心象材料を溜めておく心の倉庫:潜在意識の底 )が怖れ、怒り・・憎しみ・・恨み・・といった消極的な心象材料( 雑念妄念の素 )でじわじわ汚染され、そっちの領域が強化されることで真に人間らしい心の働きが弱くなって・・肉体をその絶妙な働きで不思議に生かしてくれている自律神経も呼応するかのようにちょっとずつ弱っていく・・・



 そうして、ある時を境にダムが決壊したようになって・・・


 ○理性の力で無理やり抑え込もうと思っても収拾がつかなくなって心が自動で消極に振れやすくなって、欠乏感、不足感が増し欲求不満に陥りやすくなる・・・

 その結果、感情や感覚のちょっとした不快な事柄にも過敏反応を呈するようになってイライラしやすくなる・・

 ○本能的衝動が暴れ回って冷静な判断力をも失い、しっちゃかめっちゃかになる・・・・

 

 また

 ○興味深々の好奇心が薄れ自然界の秩序と絶妙な調和に感嘆せしめられたり森羅万象の神秘・・・鉱物・・動植物の可憐さ・・愛らしさに打たれたり・・といった恍惚を感じ取れなくなる・・小林秀雄さん流に言えば・・不思議に驚く瑞々しい感性を失う・・

 
 ○雑念妄念で心がいっぱいになることで氣が散りやすく・・・今ここ( Now & here )に心を置くことが難しくなり心が暴れ回って取り越し苦労し始める( 過去苦労・未来苦労 )・・よくないとわかっていても心をまとめる力が損なわれているので止め難くなる・・

 

 ○高次の脳機能が衰え、はりがなくなり言い訳( 自己防衛しがち )しがちで、先延ばしにしがち・・

 
 ざっと挙げるだけでも色んな弊害がありまして・・

  まあ、こういったことになっていきます。


 



 なんでずらずら書けるかと言いますと・・自分自身がそうなってしまって方法を発見した後も、きちんと習慣化し持続力をつけて立て直していくのに物凄〜く苦労したことがあったからです。


 ちなみに・・効果的な努力や習慣にするための配慮もせず・・と冒頭で書きましたのは・・曲がりなりにも啓発的な努力というのはそれなりの自己投資をしていたし努力もしていたので・・こう書きました。

 実際・・あの当時・・まあ・・あれこれやってたわけです・・

( 的外れな事をやってたなとつくづく思うのですが・・ )

 一例を挙げれば・・

仏典やら聖書やらを日々噛みしめるように読むのは勿論・・
( これについて、神道も含めてライフワーク的に研究しつつ・・今でも時々紐解いてはいますけど・・ )

 「 心が積極的になる・・ 」という宣伝文句のウン百万の啓発テープを半年以上・・時間を決めてこまめにコツコツ聴く

 当時は、CDやDVDではなくカセットデッキだったので・・車のボックスにカセットを入れ・・カセットデッキにテープを差し入れて移動中等でも折に触れて聴くようにしても・・


 何でもないときは、なんとかなるんですけど・・
 
 ほんとイザというときに全く役に立たない・・と申しますか・・

 聖句や仏典の有り難く尊い御言葉なんかも、どこへ行ったのやら・・


 有名なビジネス書の「 7つの習慣 」なんかも初版が出た当時位から読んでいて・・

意志の力が脆弱なのに「7つの習慣」のメソッドを習慣化出来るのだろうか・・と疑心暗鬼に囚われつつも・・「 刺激と反応の間にはスペースがある。 そのスペースには自分の反応を選択する自由と力がある。
そのスペースの中で、どのような反応をするのかは全て個人が選ぶことができる!」
という行に、したり顔で感心し・・

うーーむ・・そうだよ・・そうなんだよねぇ・・わかるわかる・・と本を読みつつ・・我が意を得たり!ってな感じで納得しつつ読みこんでいたのですが・・

 イザという時・・そんなのどこへ行ってしまったのやら・・「 刺激と反応の間のスペース 」なんて、どこに存在するのか・・絵に描いた餅・・現場( リアル )では全く何の力もない・・・お飾りでしかない・・

 ことごとく・・ものの見事に・・・ほんと呆れるくらい、きれいサッパリ吹っ飛んでしまって、おろおろドタバタ・・事柄に反応し取り乱す・・
 あるいは・・些細なことがきっかけでトラブルになり・・怒りがどんどん増幅して・・かっかかっかヒートアップし・・しまいには怒鳴り散らす始末・・・⇒後でものすごーーーく後悔する・・けど後の祭り・・



 仕事もミス続き・・ポカしまくり・・



 →毎日が憂鬱・・・不安な事やら心配事を寝床の中にまで持ち込んで・・・

 あれがこうで、これがああなったら・・もう一巻の終わりだ・・いや・・こうなると・・ああなって・・ああなるとこうなるけど・・うーーん・・結局これがこうなると・・ああ・・もう万事休すだわい・・

 いや・・待てよ・・これが、こうなったらどうだ・・

 うーーん・・やっぱりだめだ・・・
  ( また最初に戻るゝ )


  という取り越し苦労( 未来苦労、過去苦労 )を無限ループ・・エンドレス・テープのようにじゅんぐりに寝入りばなに思い描き・・繰り返しまくって結局ペッシャンコのバッド・エンドの連想しか浮かばない・・
 夢も希望も神も仏もあったもんじゃない・・夜中に気持ちの悪い汗と共にグァバッと起きて・・まだ暗い・・ああまだ朝じゃないんだ・・ということを知って少しほっとする→また寝ようとするけど・・また嫌な連想が止まらなくなって取り越し苦労をしてしまい眠りがすこぶる浅くなる・・・眠れぬ夜があまりに辛く長い・・


 恐怖を感じるのは生きていくのには必要な能力・・

 とは言え・・・ほんとまあ度が過ぎるとこれほど悲惨な事はない・・と申しますか・・・・


 取り越し苦労を止めたいのに( 意志の力が弱っていて )止めれない・・・・

 案ずるより産むが安しというのはわかっていても擦り減って行動力も衰えている・・

 げーーーっそり憔悴し切って世の中は苦界だ・・・・なんてついてない・・不運なんだ・・とばかりにのたうちまわって悪循環・・と申しますか・・・

  そういう体たらくでしたので・・・






 で・・結局・・効果的な心身のお手入れと錬磨をして心のベースに当たる所を強化しなかったら、どんな名車でも無理をさせていたら調子が狂うのと一緒でして・・受動的に感じせしめられる心のベースがおかしくなって、どこがどうということもなく生き辛くなって心も満たされ難く・・心地よくなくなって日々を楽しめなくなってくる・・

 そうなると・・心のあるところが満たされにくいもんだから

 欠乏感、不足感で一杯になり・・


やたらと他人の芝生が青く見え始め・・不平不満の虜になっていき感謝できなくなる・・・


更にそれが進行していくと実に哀れ悲惨な( 恐ろしい )ものでして・・・

 自分の心のベースになるところが狂って、心のあるところが満たされにくいもんだから欠乏感、不足感で一杯になり他人と比較し劣等感に苛まれたり・・他人の芝生がやけに青く見え始め・・・


 次第に世の中のドロドロした暗い面・・悲観的な面、醜悪な面・・心細〜いことばっかりが何故か目につくようになっていき・・
そういう方面の現象ばかりがクローズアップされて心に印象され感受され易くなってしまうことで・・悪い方悪い方にしか連想が浮かばなくなって、そんなの心身にとって、よくない・・とわかってても止めれなくなる・・

 ○世の中は苦の娑婆・・渡る世間は鬼ばかり・・としか知覚できなくなる・・

 ○進取の気性が失われ、やる前から、過去の想念に縛られて・・どうせ無理、どうせ駄目・・面倒なだけ・・やるだけ無駄・・めんどくさい・・という観念に引き摺られて挑戦しなくなる・・

 ○擦り切れたようになって無関心、無感動になってひねくれていく・・・

 ○方向性が変わって・・やけっぱち・・自暴自棄に陥ったり・・極端に刹那的・・エゴイスティック・・自分が満たされないものだから才能を拓こうと努力している人を馬鹿にしたり・・上手くいってる人の意欲を削ぐことをしたり足を引っ張る・・・暴力的になる・・




 あるいは

 ○神経過敏で何かにつけてビクビクオドオドし心細く心配な方面・・悲観と怖れの方面からしか知覚できなくなって憂鬱が憂鬱を呼び、煩悶が絶えず・・楽しい思い出、幸せな気分なんか吹っ飛んでしまい氣が枯れ果てて、いる場所がなく感じられる・・いたたまれない・・消え入ってなくなってしまいたい衝動・・と申しますか・・

 あんまり研究を深めてないので、大して詳しく書けないですけど・・スピ的には、オーラがぎゅーーっと萎縮し、どつぼにはまる方も出てくる・・・(^^;)











 ですので、気持ちの強さ( 生命生存力 )自体を蘇らせ


心のベースになる感じせしめられる所を強くすることで心を満たしやすくすると共に心を監督する高次の意志の力を流しやすくすることで感情・感覚を統制しやすくする・・



 これほんとベースとなる心身管理( 状態管理 )のpointです。




  心の特別なお手入れをおざなりにすることで心の奥底に沈んだ雑念妄念素が氣( 生かす力 )の受け入れや心をまとめる意志の力の円滑な流れを阻害し絶縁する抵抗体だと思えばわかりやすいかと・・





 言葉については、言葉を制御するというのは自身の運命を開拓する上でとても大事なことで普段使っている言葉が人を創っていくし
「 言葉の使い方 」ひとつで人生が左右されたりもすることは、Iさんなら重々ご承知のことと思います。

 納税額日本一を連発させた斎藤一人さんとかもおっしゃってますよね・・

幸せになりたかったら良い言葉を使いな・・って

確か・・

いつも、どんなときも「 いい言葉 」だけを言っている人には、雪崩のごとく幸せがやってきます!

 ともおっしゃってましたよね。




ですけど・・

 

そういう重大な事を知識として知っていても人は周りの雰囲気に同調・同化しやすいんです。

ほおっておいたら自然に気持ちが強くなっていく良い言葉・・自身も尊敬を感じるような気高い言葉・・お互いが元気に溢れる言葉ばっかり使いたくてしょうがなくなる・・・

ほおっておいたら清く尊く高潔で積極的・・霊性も高まって意志の力も強靭になっていくのなら・・ホントこんなによいことはない・・

そういう世の中ならよいのですが、周りがよくない言動をデイリーベースにし怖れや本能を司る動物脳に支配権を譲っている場合、その雰囲気に無意識に同調し流されて、自然に気持ちも弱くなって尊い気持ちも意欲も挫かれやすくて・・・・やっても無駄・・どうせ無理、どうせ駄目・・という気持ちになりがちで近視眼的かつ刹那的になってしまいます。


 ある方が・・

 良い言葉を使うくらいのことで人生がよくなったら、こんなに苦労はしない・・世の中成功者で溢れかえってるわ・・ボケ・・脳内お花畑野郎と言ってましたけど・・・


 それしきのことすらも愚直に続けられないから変わらないんです・・・
  
 そういうのを知って、ちらっと実践しても、すぐ飽きてしまう方がほとんど・・

 それどころか・・根のなさ・・ひたむきさの無さを棚にあげて逆切れする始末・・・




 よい言葉、自身も尊敬を感じるような気高い言葉・・お互いが元気になる言葉を愚直・・ひたむきに倦まずたゆまず何年も使い続ける・・あくまで一辺倒で押し続ける事を決意し努力を続けて突きぬけられる方は・・恐らく1%もいないのではないかと・・

 
言行( 言葉・・そして行い )の積極化は意識的な努力や心がけが必要ということです。

実際、世間一般の事象・・事実を観察すると消極的な言動が多いです。



卑近な例を挙げれば・・

身近な世間話で
「 暑いですねぇ・・ほんと・・ 」 と不快な事に対して同情と同意を誘うような調子で言われた時なんかに

もし、「 ほんと暑いですね・・いやぁ・・よけいに元気が出ますねぇ 」とか積極的なことをつい言おうものなら、空気を読め!と言わんばかりに変な顔( 嫌な顔 )をされ目を白黒させる方がほとんどではないでしょうか?

実際、世間の一般常識では、そういった会話に遭遇することは、ほぼありません・・




たいがいは猛暑が続く日なんかには

「 暑いですねぇ・・うっとうしくて、もうどうにもこうにもやりきれませんなぁ・・ 」
「 ほんとそうですなぁ・・もう嫌になりますよ 」という会話が99%ではないかと・・


( 裏返せば・・極力強く尊く清い・・意志の力も強く忍耐力もあり霊性も高い運のよい人と交流することを心がければよいわけですけど・・
  「 類は友を呼ぶ・・ 」の諺のとおり、自分自身が積極的に磁化する・・あるいはそういう修練を積む努力をしていないと「 同気相求める・・」で積極的で運のよい人は、なかなかに近寄って来れなくなりますし、自分自身が消極的なままで研鑽を怠っていると・・そういう方の中に入るだけで苦しくなっていたたまれなくなっていきます )




世間一般の毎日の新聞やニュースだって90%以上が・・ほんと呆れかえるくらい気持ちを挫き憂欝にさせる・・憎しみや怒り・・不安・・怖れ・・劣情を刺激し・・不足・・不満を煽る・・ある意味、脳の古皮質部を刺激し、その回路を強化するような記事ばかりです。

ごく稀に気持ちを明るくし、人間らしい霊性を鼓舞するよいニュースもあります。

○奈良県のおばあちゃんが2700万円相当の救急車を寄贈した・とか
○絶滅寸前のインドの野生トラが30%増の2226頭になったetc

ですが、よいニュースは圧倒的に少なく真剣にほじくり探さないと出てこない・・

その一方で原始的な動物脳を発火させ怖れや本能を刺激する悪いニュースは盛りだくさん・・垂れ流し・・テンコ盛りです。


○民間の飛行機が民家に落ちて巻きこまれて死亡した方がいる・・
○海からコンクリート詰めの遺体があがった・・
○電気さくの事故で人が死亡した
○新国立競技場の予算が当初予算の2倍に膨れ上がった・・政府や文科省はなにをやってるのか・・・
○担任のいじめ対応が杜撰・・学校の対応がなってない・・etc

 こういった暗いニュースは、どんどんどんどこ量産され垂れ流されています。

 こういったことには社会全体で問題を共有して、それぞれの立場で出来る事をしていく・・
 特に、こういう事柄( 事件 )に直接関わっている方々が原因を明らかにし改善、解決に向けて誠心誠意を尽くす・・未然防止のための措置を講じる・・というのは当然、大事な事です。




 ですが・・・



 



 直接的に殆ど関係がない方までもが、こういう記事に、いちいち過敏に反応して正義感を前面に立てて腹を立てたり、政治家や行政の悪徳、不正云々を非難、糾弾し愚痴をこぼすことに時間と思念を使う・・というのが安心した・・気が高まった状態で・・かつ向上的に生きる上で結構問題だと思う訳でして・・・

 いちいち過敏にかかずり合って、必要以上に気を散らす・・と申しますか・・そういうことに思考を消耗し時間を費やすことを繰り返していたら心のエネルギーを削ぐだけでなく・・ミイラ取りがミイラになる・・の諺のとおり知らざる間に心が消極方面に感化されて
言動も消極化し肝心な時に集中すべき事に力を注げなくなるのは「 当たり前 」でして・・・ここぞと言う時に心の態度を積極化させ力を発揮するためには普段から、特別な意識的心がけと努力・・訓練が要る・・という事です。

 ( インターネットで言えば・・こんな暗く悪いニュース・・動物脳を刺激しその回路を強化するお下劣な記事・・映像・・動画・・・あるいは・・炎上狙いの憎しみや劣情を煽りたてるような記事ばかりをピック・アップし大衆の動物脳を刺激し怒りや憎しみを司るところを発火させ・・そういう衝動に駆られ強めるように「 脳 」を仕向ける・・・・ある意味では操って扇動し快感を得る・・


 その優秀な頭脳を大衆のより内面的で霊性満足を促す方向に向けず・・無駄遣いするマスコミを批判するのも実に簡単で呆れるのも容易ですけど・・


  真に人間らしい霊性を満たすものとは対極の・・記事を好む潜在的欲求が事実として私たちにあるから需要と供給の関係で、そういう話題に関する記事がよく購読される・・・
 インターネットで言えばアクセスが盛んになり爬虫類脳を刺激し発火させる悪いニュース・・下衆で卑猥な記事・・動画・・映像ほど、ほんとまあ凄まじい勢いでアクセスされ・・コメントでも勢いを増し盛り上がる( 祭り状態になる )・・という側面・・反省の余地・・もあるのではないでしょうか?

 それだけ原始的な古皮質由来の本能を司るところが人間の感情や行為に相当に大きな力をふるっている証でもあるのでしょう。
 ( その反対に新皮質の真に気高い行為の源泉になる霊性由来のところは、進化も遅々としていて、今も昔も大して変わってない・・脆弱で抑えこまれて本来の力を発揮できてない・・未開発とも言えるかと・・・)










ちょっと脱線しましたが・・




自分の心に我知らず湧いてくる妬み、恨み、憎しみ、怒り、暗い感情を拭い去り、清らかで・・真に人間らしく生き生き颯爽とした、はりのある気持ちで日々を生きるための対策( 処方箋 )としては

 

先ず第一に

★「 枕に頭をつけてから寝入るまでのうとうとしたときの想いを上手に制御し清らか( 気高く )にすること 」
  ↑ ↑ ↑
これを強く意識し心がける( 努力する )ことで我知らず湧いてくる妬み、恨み、憎しみ、怒り等の勢いが無くなっていき・・・続けるうちに無理やり抑え込まなくても済むようになっていきます。



 
 
そのためにも清らかな気持ちで寝入れるように就寝前の気持ちを整えて過ごすことが大事になってきます。


なので就寝前は気持ちを整えて丁寧に過ごす・・

気持ちを強めて調えるために鏡を用いた命令暗示を行うのがよいです。


なお


寝る前にパソコンや明るい液晶のスマホ画面を見ていると碌なことになりませんのでご注意を

 寝入りばなの想いを客観的な視座から観察して・・・昼間に関係した「 妬ましいこと 」「 恨めしいこと」「 憎たらしいこと 」 「 怒り心頭なこと 」「 心配な事・・気がかりな事 」をわざわざ想い起して心を興奮させ、泥まみれの暗い想いで一杯にしたり・・・
 気がかりで心配な事を寝床にまで持ち込んで、あれこれキナキナクヨクヨ考えて取り越し苦労しまくり神経が興奮して眠れなくなって・・・トロトロ寝入ったかと思ったら・・がばっと起きて・・夜中の3時で・・また寝たり・・

 とにかく、そういった氣( 生かす力 )の受け入れをストップさせ、かつ人体を巡る氣を大量消耗させて寝入りばなを過ごすというような真理から外れた愚かなことを止める・・手放すだけでも効果があります。
 



また・・・普段の言行・・特に言葉の積極化については


否定的で悲観的な言葉・・不平不満の言葉を口にしそうになったら・・

★「 ●●と、よく言っていたっけ・・ 」と言い直すようにする・・


さらには


★「 始終感謝をする努力をする 」・・というのも運命を切り拓き言行の積極化するのに、とても大事です。

「 感謝も努力が要る 」というのも、私の持論のひとつですが、これもほっておいたら自然に不平不満と愚痴の虜になりがちなので、いたしかたありません。




「 今 」恵まれていること・・を思い浮かべてひとつひとつ念を押すかのように明確な実感を込めて感謝を噛みしめることもちょくちょく・・それが難しければ、たまにでもよいので、とにかくやってみる・・ということ
 ( 例 ・・とにかく生きている( 生かされている )事・・・空気があること・・太陽が昇って沈んでくれること・・ 踏みしめることの出来る大地がある事・・この文字・・文章を見て理解する目と知力がある事・・ 愛すべき対象がある事etc )

こういったことも世間一般の消極的な雰囲気に流され、同調されずに建設・能造の氣を受け容れやすくして心を清らかで溌剌とした状態に磁化する上で大事なことではないかと思います。




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2014年04月30日

★意志の力の煥発法   あれれ・・怒りや悶え、怖れの感情がピタリピタリと止められる!煩悶がスーーッと消える感覚がある・・




以前にもブログやメルマガ等で書きましたが、再度リライトしつつ書いてみます。

読者の方から



 ( そうするのはよくないと )思っていても

悲しみにくれ、うち沈みそこから抜けられず、うつうつとし・・立ち上がれなくなったり、怒りにまかせて怒りまくり・・怒りに身をまかせ、後であんなことするんじゃなかった・・と内心で後悔したり・・
気持ちを上ずらせて恐れなくてもいいことに恐れてビクビクしたり
上機嫌になったかと思えば、何かなしのことがあるとすぐに不機嫌になったり
劣等感に苛まれたり
ああもこうもと気を揉み煩悶したり
取り越し苦労したくもないのに夜も眠れなくなるくらいああもこうもと苦労を抱え込んで消耗し・・憔悴する・・

 このようなことは、そんなのは人間なら当たり前で、誰でもそうなのではないですか!?



 それが人間の性(さが)で「 出来る 」と思って意識してやってみても

 そんなの出来ないから悩みが増していくのではないですか?








 というような詰問にも似た感想をいただいたことがありました。(;^_^




 確かに「 諦める 」というのも方法かもしれません。(;^_^

 いくら意識してやっても体系的に取り組まなければ無理でしょう。

 実際、わかっちゃいるけどやめられない・・周りを見てもみんなそう・・・

 自分を騙しながら、愚痴をブツブツこぼし悲哀を抱えて生きていくのが、この世の大多数の人々のならわしなのだから、無駄な足掻きは止めて・・世間の顔色をビクビク伺いながら、根なし草のように、ずるずる流されるままに生きる・・というのもありでしょう。

 しかし、もし、それ( 思うためのお仕事をしている心に使われるのではなく、感じ方を司るところを鍛えつつ意志の力を煥発させて心をツールとして使うこと )が出来たらチョー〔超〕嬉しくないですか?

前頭前野を基盤として見えざるところから煥発してくる( 意志の力が活性化することで )

 事柄に心が動揺させられ引きずられ難くなるだけでなく
 プラナの受け容れが豊富になって暑さ寒さ、痛いとかいった肉体感覚にみだりに振り回されるのではなく、そういった「 感じ方 」をある程度訓練的に制御する力が培われ・・

さらには眉間の上部の内側の脳部位( 前頭前野 )を出力アンテナとして意志の力が滞りなく出易くなることで消極感情がたとえ湧いても、その波が小さい時点でピタリピタリと止めて積極方面への切り替えがスッスッと出来易くなるなら、

 そのほうが日々を恬淡かつ大らかに生きれて

( メンタルヘルス上においても )喜ばしい!ということだけは確かですよね。(;^_^





心身統一法は決して机上の空論ではありません。
リアリスティックな方法です。
How to Doを説いていて尊く清く強く積極的に感じ思えなくなる原因も明確にし、
「 対処( 克服 )法 」もしっかりしています。



人間なら誰だって、本心では感謝に溢れて、元氣と勇氣と思いやりを持って誠実に・・
明るく朗らかに力強く生きがいのある人生を生きたい( Aの生き方・あり方・思い方 )
と思っているはずです。

  だけれども
  なぜか人は恐れたり、憎んだり、恨んだり、そねんだり不平不満で心を充満させたり
  すーーぐに氣落ちしたり、むやみやたらに怒ったり、悲嘆にくれたり、皮肉ったり、絶望したり、自暴自棄になったりする・・

その挙句に、自律神経の働きを衰えさせ健康を損ねたり、自ら墓穴を掘って運命をも損ねてしまう( Zの生き方・あり方・思い方 )

古今東西の聖賢たちは、

明るく朗らかにしなさい!

仁義礼智忠信考悌

己の欲せざるところ人に施すこと勿れ!

愛と思いやりを持って身近な隣人に接しなさい!

清く正しく生きなさい!

互いに愛し合いなさい!

不放逸によりて精進せよ!


いつも喜んでいなさい!etc


と叫んで教え諭すこと( How to say )は出来ましたが

 どうして?Why?Zのように思いたくもないのに、そう思ってしまい、心に使われてしまうのか?という原因や
 では?どうしたら( How to Do )( Zの生き方やあり方、思い方 )からAのように消極感情が湧いてもピタリピタリとこれを止めることが出来て・・しっかり心を取り締まって積極的な方面の立派な思い方や考え方にし向けていけるのか?
 そして、その延長として生きがいある長閑で滔々とした豊かな人生に暮らすことが出来るのか?という実際方法を体系的に解き明かしてはくれませんでした。

 私なんかも、世間はどう思うか?世間からどう見られるか?とかいったことに、いちいち振り回されるのではなく、天に恥じない生き方をしたいと思い、そういった思い方、心境に近付こう、こういったことをやれば、ちょっとは心が強く尊くなるんじゃないかと思って聖書やら仏典やら含めてどーーーれくらい真剣かつ真面目に読んだかわからない・・
実は・・・ちっとばかし恥ずかしいのですが・・10代後半くらいから、日本の歴史上、時の為政者( 支配階級 )から煙たがれ、あれだけ手酷く無残な迫害をされ、幾度も禁教扱いされてきたにも関わらず・・ぶっ潰されるどころか、現代では日本の文化にも深く浸透しているキリスト教やキリストの教えを説いた経典である聖書そのものにも興味を持ち・・
聖書っていうのは旧約・新約を併せて、2000ページ以上あり66巻( 旧約39巻 新約27巻 )からなっていますけど・・これを仕事の合間や余暇等を利用し、とおしで100回じゃ足りないくらい読んで研究とかもしています・・( 実際1回読むのだって大変なわけで・・仏典も似たようなものですが・・ )
 決して、えーわえーわのいい加減な気持ちではなく・・真っ向勝負でいっくら真剣に読んで取り組んでみても、確かに立派な事が書かれていますが生活事実としては、どーにもこーにも思ったような心持ちになれず・・・・・
 必死に読めば、そのときだけは瞬間的に、いろんな聖典やら仏典に書かれている名文句や美文、美辞麗句に感じ入り、それなりに感激はするけれども・・

 ・・いったん我に帰ると・・届きそうもない・・・何やら雲を掴むようなもどかしーーい感覚になり・・・

 実際のリアルな自分の生活やら心内は、いくら上辺を取り繕っていても・・そういった美辞麗句や名文とは、はるかにかけ離れたもので・・熾烈な心内バトル・・と申しますか・・地の底をはいずり回るようなドロドロと申しますか・・何か事があると、むっちゃくっちゃ・・ぐっちゃらぐっちゃら支離滅裂・・と申しますか・・・浅ましい・・と言いますか・・ほんとにもう・・呆れるって感じだったわけです。


 

 で、つまるところ・・

   ↓ ↓ ↓


 天に恥じない生き方を志し心を尊いものにしようと殊勝な動機で始めたにもかかわらず・・ そういった類のものを真面目に読めば読むほど届きそうもない自分に悶え苦しんで、そのことで自らを責めたり、聞き知った聖句でもって他の人(の言動)を口には出さずとも・・あの人はどーだこーだと裁いたりなんかして・・で・・そうやって内心で裁きまくる自分を・・いや・・人を裁いちゃいけない・・聖句には、ほら人を裁いちゃいけない・・と書いてあるよ・・それなのに何を裁いてるの・・と、またそれで心の声が囁き、なんて浅ましい哀れな人間なのだ・・と自分で自分を責める・・
 色んな聖典の聖句が心(理性)の声になって、あっちを立てればこっちが立たず・・とばかりにお互いにいたちごっこ的な主張をし、観念の世界の中で宙に浮いたようになってせめぎ合う・・心は支離滅裂・・という他人から見たら実に滑稽な事ですが、当の本人にとっては実に熾烈な内的葛藤の苦しみのループにはまったりなんかし・・悶えや自責の念が強くなって心が弱くなるばかり・・他人の目にはどう映ったかはわかりません・・傍からは気楽そうに見えていたかもしれませんが、当の本人にとってはもう切羽詰まっていて本当に神経衰弱一歩手前・・

※人として最も大事なことを疎かにして枝葉末節に囚われていたのだ・・ということが、心身統一法を実践することで後にこういったことも整理することが出来るようになっていったのですが、当時はわかりようもありません。


 実際、毎日が、夢遊病者のごとく宙にふわふわ浮いたようになって観念の世界をさまよい、足取りもよたよたし・・気持ちも沈みまくって、
いつも喜んでいなさい・・どころの騒ぎじゃありません・・
 まるでお葬式に行くような・・肩をしょんぼりすぼめて、くらーーーい心持ちに陥っちゃいまして・・知的にもごっちゃらごっちゃら混乱し、今から振り返ってみたら、確実に出来る事に集中せず、出来もしないようなことを書いているのを読んで節操も無くゴチャゴチャ詰め込み過ぎて消化不良に陥り、心が尊く強く清くなるどころか・・かえって心が腹下しを起こし重苦しくなり感応性能も弱−−−くなって過敏性に拍車をかけたのじゃないか・・と反省する気持ちになる・・という恥ずかしく、かつ苦い経験を持っています。

( 宗教は歴史的に愛や徳を育むという役割も果たしてきた反面、理想とするところが違っていき、同一人物が開祖の宗教を信じているはずなのに宗派分裂し骨肉の争いの原因になり憎しみを産んだり・・
 覇権争い、政治の世界なんかの勢力争いの道具にされ、国によっては宗教戦争にまで拡大する・・ということまで起きてしまう・・という非常にデリケートなところがあるものですが、
 このページで私は「 開祖らの生きざま・・そしてその本来の精神 」や「 教えの尊さ自体 」を否定してるわけではないので・・いや、むしろ尊敬しているくらいです。  これは私の個人的な体験ですし・・感じ方を司るところが立て直され鍛えられて、そういったものに対する深い咀嚼力があり統御力がついているなら、こういったものも次の段階として、取り組むのもよいのかもしれません )




※心を弱めることにならない効果的な読み方というものがある・・確実に出来る事に集中する・・ということも今ではわかっていますが・・一般的に、殊勝な動機で取り組んだとしても、そうすることが、かえって心をひどく弱めることにもなりかねない・・と思っています。 
 ちなみに、今も研究がてら時々聖書を速読する( ←現在は速読が出来るようになっているので読むのも速いです )ことがありますが、今は読んでも、あれもできてない・・これもできてない・・というように心を悩まし弱まらせる感覚を覚えることも無ければ・・当時は、読むたびに感じていた聖句に責められるような感じを覚えて出来てない自分に暗くなり読むのが心苦しくなっていく・・というような感覚に襲われることもありません。 時に比喩で語られた難解な聖句にはたと考え込むケースはありますが・・





 ですので、心を統御する実際方法とご縁がない方の場合は、いくら志しても出来ないのだから、さっさと諦めて、世間からどう見られるか( どう思われるか?)をひたすら気にし、世間様に恥ずかしくないように・・恥ずかしくないように・・と世間というよくわからないものの目や評判をびくびく気にしたり、良心は警告しても、みんながやってるから・・というのを言い訳にし悪習に振り回され我儘勝手な自我に良心を押さえつけられ、本能心と理性心のせめぎ合いを果てしなく続けて・・・
「 世間さま 」の顔色をビクビク伺いながら、軸も無く、世間さま教に縛られながらふらふら生活していく・・というのも心身統一法を知って生活に取り入れなかったらアリだと思います。
 

 それに・・


 心をツールとして使いこなす力のある意志の力の煥発の実際方法なんていうのは、西洋哲学の影響もあって有知識者階級の方々の間なんかでも「 意志というのは心の一部、心の属性 」という常識が、未だにまかりとおっていますので、そういった集合無意識的な観念とかも素直に受け入れて実行するのを邪魔することになって、

真剣に実践した方だけが日々の生活の中で感じられる以下の感想

  ↓ ↓ ↓

あっ!これだこれ・・本当だ・・天風先生がおっしゃっていることは本当だわい!!


感情のコントロールとかも意志の力を活性化させる体系的な方法を施せば意外に楽に出来るんだ・・びっくり!!




こういった感想を抱く機会を、なおさら難しくしているのではないか?と思います。





とにもかくにも



そういった西洋哲学由来の常識をいったん脇に置いて

その気さえあれば誰でも出来る簡単で具体的な方法として天風という方が16年の求道と探求の歳月の末、インスピレーションを与えられることで解明できた「 感じるところを鍛える感応性能の立て直し&意志の力の煥発法 」を真剣に実践していくと

感じせしめる感応性能の働きが力強くなって心をツールとして使いこなす力が少しずつ、少しずつ培われてきて

これまでとは違い

怒りや悶え、怖れの感情が湧いても意志の力が働いてピタリピタリと止めることが出来たり

 スーーッと消える・・という体験とかも増えていく・・





そういったことを実際に出来るほうが、ごく自然なことで出来ないほうが不自然になってくるのではないかなぁ?

と、実習を積み重ねて実際に体験した自分自身( の体験では )そこはかとなく、そう思います。
 
 

PS

 傍からは気楽そうに見えても、その実のところは心内で事あるごとに勃発する壮絶なバトル・・と申しますか・・

 弱音ばっかり吐き、じゃじゃ馬で我儘で甘ったれなのに力だけはやたらと強い(不要残留)本能心と論理を司る理性心との際限のない闘いを止められず、苦しんでいたような状態から、そういうのを兆しの時点でパッパッと止めさせたり
 取り越し苦労や煩悶等の消極感情が湧いてきて際限のない無限ループに入りそうになったときに
ピタリピタリと止めて、積極的方面にサッと振り向ける意志の力の煥発方法については
 ずぇったいに外してはいけないコツが3つありますが、この方法の骨髄のところは、この記事で述べるのは避ける事にします。
  「 成功の実現 」及び「 心に成功の炎を 」に、誰でも実行出来るシンプルな方法として、そのエッセンスが語られていますので、図書館で借りる等して、強い問いを心に抱いてご自身で探してみることをお奨めします。
 もったいぶって情報をさっさと教えないのは不親切だ!けしからん!!とお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが、少しは苦労するほうが心に染み込みやすいし、長い目で見たらそのほうが成果が出ますから。


 

navikan at 14:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)