中国の湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスは
都市を丸ごと封鎖せざるを得ない状況に追い込まれても
まだまだ制圧の兆しすらない。

治療に有効な薬の模索がされて効きそうなものも発見され検討されている

という記事も前回書きましたが、未だにその感染拡大に歯止めがかかりません。


人口密度が世界一にもかかわらず新型コロナウィルスの感染を
比較的よく封じ込めているマカオでは

1月初旬〜中旬くらいに対策チームを作り、
中旬には現地調査して感染拡大抑止策を次々実行しており

警察力も使ったのか

2019年12月1日から2020年2月初旬までの

武漢および湖北省からの越境者全員の
滞在先や旅行の全行程を把握し

残ってる方は発症がなくても隔離の措置も取っていると聞いています。

これは現時点の感染者が少ない台湾も同じで台湾当局もマカオ同様に
1月12日に中国当局に、本土に向かう専門家チームの派遣を求め
それ以降、堰を切ったように厳しい防疫措置を次々実施しています。

それに対して日本政府の場合は、春節がらみで
封鎖から逃れてきた武漢を含む湖北省から多くの中国人旅行者を
受け入れています。

初期対応も、庶民には窺い知れない、さまざまな国策上の複雑な事情があったからというのは推察できますが
フィリピンや台湾などと比して後手に回り遅きに失した感は否定できません。

実際に無症状感染者がいるという実態が報告されてる以上

これまでの入管の体制や感染症のサーベイシステムでは難しいので

従来のやり方を臨機応変に柔軟に改善していくのと・・

もはや運だのみ(;^_^A


あとは日本人一人一人の衛生意識頼みになってくるわけで

私たち一人一人が自己防衛を心がける必要性があるわけですが


その際に、手洗いやアルコール消毒をしたり
マスクを買ってつけたり、人込みや
換気のよろしくない不特定多数が集まる密閉空間を出来るだけ避ける等

目の前の対処は確かに重要です。

しかし、医者がサジを投げたような病でも
気丈夫と申したら良いのか気持ちが強いと言ったらよいのか
心の持ちようが積極だと
医者や周りが、びっくりするくらい、もち直したりすることがあるのも事実・・

例えば天風先生の気丈夫っぷりは、ビックリ逸話なんかを知れば知るほど

常人の域をはるかにこえてるとしか思えませんけど

医学者で自説を証明するためにコレラ菌の培養液を自ら丸のみしても
その強い信念でコレラを発症しなかった方もいます。( 参考 )

( 現代なら決してこんな無茶なことはできないと思いますが・・
気丈夫で信念が強く免疫力が旺盛で病に対する感受性にも鈍くなるように働いたせいか
普通の人だったら発症し死んでしまうようなコレラ毒素

< 丸呑みする培養液のコレラの菌数は事前に厳正に確認、チェックされ
コレラのおおよその最小発症菌量である10億を優に越していたのも確認済みで
さらに胃酸によってコレラ菌が死滅しないよう前もって胃酸の中和までして丸呑みした >

にも関わらずコレラ特有の激しい脱水症状なども起こさず軽めの下痢で済んでしまった
という割と有名な逸話もあるくらいです )

上記の2例は極端な例ですが(;^_^A

実際に心の持ちようが積極であるがゆえに病の治癒がはやかったり
 病は治らないまでも治らないまま、あるがままに恬淡と生活している
というような方だって現に世の中にはいますよね。

心の持ちようと目に見える肉体、そして、心と肉体を繋ぐ
神経系統は相互に影響を及ぼし合っています。

こころの状態が植物神経を逆なでし
思考器官である心の動揺、怖れ、不安、異常興奮などのダメージが
植物神経系に少しずつジワジワ蓄積され
( 自然に再生、復元回復せしめる力を越えて器質的におかしくしてしまい )

生命要素を受け入れ流す神経系の絶妙なバランスが崩れることで
五臓六腑の円滑な代謝や血液循環に障害を与え
様々な病の発症や悪化の原因になることもあれば

肉体器官の不調、病や不健康、不運命が当の本人の思考器官の状態である
気分に影響を与え、こころ(思考器官)をひどく落ち込ませることもあります。

実際に肉体が調子を崩し具合が悪くなると、こころがめげてしまい
精神的にまいって、ますます体の具合を悪くした・・とかいうのは
世間一般にも割とよくあることですよね。

生命を脅かす難治の病や慢性の身体の病等がきっかけで
人によっては、それがきっかけで、こころが病に打ちのめされ、まいってしまい
精神的にひどく落ち込み、思考器官であるこころの働く基盤である
脳神経系を疲弊させて、さらに肉体の病を悪化させて
精神的苦痛が増す悪循環( 負のスパイラル )に陥ることだってあります。


こういった心と体、そしてそれらをバイパスする神経系統の微妙な相互作用
相互影響についても医学的方面から明らかにされつつあります。

インドのヨガ聖者も

「 多くの人たちがからだの健康のことばかり心配して
心を訓練すること、( すなわち心の力を掘り起こして、
強めて、頼りがいのあるものにすること )を忘れています 」。

といみじくも指摘なさってるように

 こういうときこそファクトを見据えて危機意識は持ちつつも

精神状態を朗らかで颯爽溌溂、あるがままの恬淡明朗
思いやりや助け合いに根ざした積極の状態に

( 心身統一行法のそれぞれの項目の行入によって )

心の力を掘り起こし頼りがいのあるものに少しずつ強めて
併せて自然な形で気力をムクムクと蘇らせること



こちらのほうが、より本質で大事であり



そのためにも心を訓練することで強くて頼りがいがあり、
かつ恬淡とした積極の状態に
無理なく自然に促せしめる実際方法

言い換えれば

気力を深いとこから自然に蘇らせしめる
生命要素というものを豊富に受け容れることができるよう
生命の器を、しっかり作り
生命の器に生命要素が注ぎ込まれる
パイプの穢れ、詰まりをもお掃除し頼りがいのある心を作製することができる
実際的How to Doを体系化している
心身統一行法を普段より少し熱心に行に打ち込み実践し
あとは結果にこだわらないようにする


ある意味では松下幸之助翁のように
( 目の前の対策はしつつも )

´ 不健康もまた結構という恬淡とした気持ちで過ごす ´
これが大前提と私は考えます。

この「 心(身)を強く尊く頼りがいのある恬淡とした状態に訓練することで
幸福の条件である´見えざる生命要素をドンドン豊富に取り入れる´ 」

という大前提、大原則の上で


´感染症を含む病に対する肉体の抵抗力を底上げする´


なかでも体内を流れる血液とリンパというものを強く純潔かつ正常化し

循環を良くしウィルスを攻撃し食菌する力を強めることでお道具の一つの体を守る
免疫力( 血液力 )を培う。

ここにもフォーカスする必要があると私は考えます。


そういう考えが強くあることから

今回の記事は感染症を含む病に対する抵抗力をいかに高めるか?ということについて

私自身が、ここ10年で最もよく読んでいて天風哲人の実践哲学の方法と
交差研究している本の一つである

「 人間の永遠の探求 」( パラマハンサ・ヨガナンダ著 森北出版 )
というインドのヨギの顕した書
 以下の本
  ↓ ↓ ↓
yogananda1



この本の中から

その対策法をピックアップしてみようと思います。




以下は、上記の本から病に罹るリスクを少しでも減らすための方法を
抜き書きしてまとめたものです。

( なお、これから書くことは私自身が理解したことに過ぎません。
 解釈を間違えている恐れもあることから、もっと深く学びたいとか
 正確な情報を知り生活に活かしたいという方は
 一次資料である上記の「 原典 」から探ることをお薦めします ) 


( 以下感染症を含む病に罹るリスクを減らす原則や
方法を「 人間の永遠の探求 」をピックアップし
対策の参考になる箇所をまとめたもの )


( 以下抜き書き引用 )




健康な人は病に対する抵抗力を持っているが
病に罹りやすくなる理由や内在している自然の抵抗力を活性化させる原則
さらに、病に罹るリスクを減らす方法論は以下のとおりである。

〇病は、悪い食べ物や食べ過ぎによって
血液の抵抗力が衰えたり性的放縦によって
意志の力が衰え活力が枯渇したとき、かかりやすくなる。

   「 人間の永遠の探求 2007年9刷 p84 下段 」
※性的放縦は自己制御のための意志の力を破壊する。
 
性的放縦については、この記事でも釣り質問?にお答えする形で記事をアップしています。
 ( 世の中の風潮に迎合したことを書いてないので、ごく一部の方を除き評判は良くなかったけど・・ )



〇多くの人が、自分に良くないとわかっている食物を
やめられずに食べ続けているという実態があるが

病から身を守り、そのリスクを減らすための原則は、自己制御、運動、適正な食事
 果汁を多く摂る事、ときどき断食し体を休めてあげること、
 それと、心からのほほ笑みを絶やさないことである。
「 人間の永遠の探求 2007年9刷 p86 上段 」


 

〇断食は自然の知恵による治療法である。

動物も未開人も病になると何も食べないのは
食物の補給を断つことによって体内の浄化と休息を与えるためである。
よって心臓の弱い人は別にして短い断食を定期的に行うことは
優れた健康法の一つである。


※著者コメントしておきますが
血液は食べてるものを原料にして基本、作られるから
食べ物(の嗜好)を変えれば体(血液)も変わって病に罹るリスクを減らせるということになるってことだと思います。
食事量をできる範囲で制限するのは、これまで食べてきたもので作られた血液をリセットする働きもあるのではないでしょうか?


感染症にかかるリスクを減らすには
活力を蓄え血液の力を強くする必要があるが


そのためには生活を簡素化し悪習慣や破壊的な不安、卑屈な心配(注1)、恐怖を
瞑想の習慣および瞑想を深くしていく地道な努力によって
少しずつ深化せしめることで得られていく深い平安感や内なる喜びに入れ替え
霊性方面から心の力を強くし少しずつ克服して
血液循環を司る神経系統をバイパスさせ肉体方面に佳い影響を与えていく必要がある。

 それ以外の留意すべき心がけを列挙すると以下のとおりである。



★バランスのとれた食事を摂り暴飲暴食を止める
 
 ※就寝前に食べることは控える。
  
 
 
★多くの人が自分に良くないとわかっている食物をやめられずに
食べ続けているという実態にあるが

血液の力を弱める肉類を控えめにしデンプンは少量で十分。
精白した麦からのデンプンの摂り過ぎは控え

 便秘を防ぐ野菜や果物のような無機塩類、植物性もしくは乳性のたんぱく質をよくとり
木の実なども交えビタミン・バランスの良い食事を心がける

 
 ※お酒は欲望を正常な範囲に抑制する理性を麻痺させ有害なので控える。

 著者コメントしておきます。

 アルカリ性の食品や食事で感染を予防することはできない。
 というファクトチェック記事があることも知ってますが私の考えは100%防ぐのは、そりゃあ無理でも幾ばくかはリスクを下げるでしょう・・という考えですので、念のため・・



★からだの3/4は水で出来てるため水分のほうが食物より重要である
 ( 炭酸飲料の類ではなく )体内の毒素を洗い流すためにも水分を多く取るよう心がける

 ※ただし食事中に多量の飲み物を取ることは消化を妨げるので避ける

★微笑みを心がける。

 鏡の前で無理にでも顔を引っ張ってニッコリ笑うのもよい

 ※微笑みは瞑想による内なる喜びから湧いてくる他
 親切な行為、他人に対する思いやりある行為をしたときの
 よい感情から生じる

   ↑ ↑ ↑
上記については「 プラスの波動を生むシンプルな方法 」の記事でも掘り下げていますので
興味のある方は参考にしてください。



★よき交友を心がける
 
 病に関しては、病のことや病弱な悩みばかりを話題にする人と
  必要以上に付き合ったり、彼らに同情し過ぎることもよくない。
 
( こういう話題にかかわりすぎると知らず知らずのうちに
 自分の心にも不安の種を蒔いてしまう )
 
 すでに病にかかっていたり、からだの弱い人は、
 できるだけ気持ちが明るくなりホッとするような環境の中にいるように努め
 
 元気でぴんぴんしているありさまをしょっちゅう思い浮かべることに努める

 霊性の高い積極的な人と交わることが肝要
 
 ※霊性の乏しい人との付き合いを避ける
  自己改善を助けてくれるような優れた人と付き合う 
「 人間の永遠の探求 2007年9刷 p91 」


 ※よい仲間とつきあうことは自己制御のための意志の力とも関係している
   
  付きあう仲間によって意志は強められたり弱められたりするので
  よい手本を求めることが大事
  
 ※食べ過ぎ、酒、たばこなどの悪習のとりこになっている人の扱いには注意が必要である。

  例えば大食の人から食べ物を取り上げたら怒って暴れ出すかもしれない。

  感覚の奴隷になっている人に対しては本人が自分から真剣に変わりたい
  という気を起こすまでは、はたから助けようとしても、ほとんど無駄である。
 

 ※食べすぎ、お酒などについては、実践してる方でも意外に悩んでいる方もいるようです。わかっちゃいるけどやめられない癖を止めて、よいほうに誘導する方法も幾ばくか参考になるかもしれません。

 
( 用心とは異なる卑屈な心配<注1>も意志の力を麻痺させるので、
そういう自身の問題点を客観的に分析し勇気をもって追い出すとともに
相互利益を考えない・・嫉妬、我欲、怒りなど歪んだ想念や
物質的かつ感覚的自己中心主義に強く束縛されている霊性の乏しい友達との付き合いを
できるだけ避けるように心がけ
日々の瞑想で安らぎに触れることで徐々に克服されていく。

 意志を鍛錬するのには初めは比較的小さな問題から試してみることが肝要
 いきなり大きな問題と取り組むのは賢明ではない )



★怒りや恐怖、妬みは血液循環に悪影響を及ぼし間接的に血液の力を弱めるので
 情動を抑える瞑想に努め
 気分を変えるように心がける( 楽しくワクワクさせる創造的なことを考えるなど )



 ( ここまで )


PS
( 注1 用心と卑屈な心配、不安について )
 
読者のお一人から

「 卑屈な心配と用心とは、どういうことを意味するのでしょうか?
 お忙しいとこ申し訳ありませんが、よくわからないので具体的説明をお願いします。m(__)m 」


という趣旨のご質問がありましたので

 同本から、言及した箇所を抜粋引用して提示しておきます。
 
 ( 以下引用 「 人間の永遠の探求 2007年9刷 p90 上段 」)

 習慣に、よい習慣と悪い習慣とがあるように、
 不安にも、建設的なものと破壊的なものがあります。

 例えば、ある婦人が友人の誘いに対して、

「 今夜の外出は夫が喜ばないと思うので失礼します 」と言ったとします。

 この場合、彼女の心配は愛から出たもので、これは建設的なものです。

 建設的な心配と卑屈な心配とは違います。

 愛から出た心配は、他人を不必要に傷つけまいとする心遣いですが
 卑屈な心配は、自分の意志の力を麻痺させます。
  

 ( ここまで )