読者の方々から、サイトの実践絡みでご質問があり、自分なりにお答えしたものを
かいつまんで一部抜粋編集、内容を要約して記事にしてみます。
Iさん、ご質問ありがとうございます。

※なお個人的なメールのやり取りなので一部伏字にしています。



<ご質問( 抜粋要約 )>

>●●●●は今一つですが、△△△△は、毎日実践中です。
>◇◇◇◇も行っております。

効果とか考えずに打ち込んでいったらよいと思います。


長い目で見ないとわからないとこがありますから。

自身の些末な体験で言えば
私の場合は日々の生活を幸福に活かすのに必要な条件(土台石)を
しっかり作ってくれる方法である心身統一法を実践するのと並行して

求聞持真言120万回(100万回+20万回)という行をやったことがあるのですが

100万遍まで積み上げる4年と少しの間
やってる途中で辛いことや苦しいこと、不幸なこと、理不尽に思えることが無かったか?

と言ったら無かったとは決して言えないんです。


しかし大きな目で包括的に観ると

転機の一つになったという実感はありますから。

               
>人間性もよく、周りにも気くばりでき、ボランティア精神も人一倍ある方なのに、
>家ではDV,子どもさんは鬱・・そして息子さんもDV・・・そんな方もいます。
>なぜですかね・・・
>この疑問を持って40年くらい・・・

私も十代半ば位の頃から
人それぞれの綾なす人間の運命はオギャーと生まれた瞬間、刹那に

玉つきのように全てが物理的な法則のごとく機械的に決まっていて、何をしても無駄なのか?
それとも運命更改のスペースはあるのか?
あるとすれば、どういうルートとファクターがあるのか?というのは、よく考えてました。


運命更改なんてそんな簡単なものではないし畏れ多い領域。
未だにエニグマ( 謎 )と思っていますが・・

その前提の上で

あくまで私の場合の考えでは、


生まれたときの周囲の環境、家庭環境、遺伝、親、親戚、兄弟、友人を含めて、
個々の運命もこれまでの経験、教育の影響を大きく受けるだろうというのはそのとおりですが

本人がどういう人に出会い、どういうものを学ぶか?

どう学んで実践していくか?ということによって
進化向上が早まったり、頓挫したり、停滞どころか
退転して痛手を負う場合もある・・
そういうのを経ながら

出会う人も変わっていくし
境遇や運命も

( 後天的努力で速まったり、逆に頓挫、停滞、後退をし

進化軌道から脱線し手ひどい痛みや反省を経たりすることはあれども )

変え得て好転化していけるスペースは開かれている。



内面の( 肉体感覚由来の快苦を超え感情のコントロールもしてくれる )
霊性由来の意志力を煥発させ本人の後天的努力によって
生命生存力を昂進させ少しずつ心(身)の力を掘り起こして
自己の本性を悟って深めていくことができれば
進化向上が急加速され
運ばれていく運命や境遇も少しずつ更改されて

心身が楽化し生活も、どこがどうということもなく好転し拓けていく

「 自由裁量の力とスペース 」というのが本人に秘蔵され、
そのスペースも自ら閉ざさない限り常に開かれている


という考え方です。

( あくまで理論、理想論で、そんな簡単なものではないと思っていますが・・ )


なお全て機械的に決まってるということではないのなら


さらに踏み込んで

どういうファクターが生命を好転化させる運命更改に関与し

どういうルートがあるのか?

感覚の快苦を越え感情をコントロールできる霊性由来の意志力( Will Power )は
どうしたら煥発できて
どういう機序で心・・ひいては深く染み込んだ逆進化に堕そうとする習慣を
運命が拓けていくよい方向、理想的な方向に、いかにコントロールさせていけるのか?

さらには後天的努力が運ばれてくる根本的運命修正にどれくらい寄与してるのか?

といったことにも強い問題意識がありIさん同様、
私も十代くらいから漠然と考え熱心に探求していたことがあります。





これから書くことも、あくまで仮説に過ぎませんが





人それぞれの運命、運気というのには本人の後天的努力以外のファクターとして

大きな運気の流れという点では連なってきた、
ご先祖さまとかの徳分とか( 逆に不徳分 )とかも

血脈を受けた本人( 子孫 )の運氣や生活に
善きにつけ悪しきにつけ良縁や逆縁をもたらしたりして
幾ばくか関与してるのではないか?と思うことがあります。



( ご先祖様がらみの徳分もしくは不徳分が、
その子孫である当の本人の運命や運勢、生活に良縁、逆縁の形で与える%は
直感的には25%くらいと私は見積もってますが )

ご先祖さまの連関、徳分( 不徳分 )が本人の運命にいかに影響するか?という点では

「 公平の不公平の公平 」
「 天網恢恢疎にして漏らさず 」
「 積善の家に余慶あり 」

という故事成語もありますよね。


この故事のなかの´ 積善の徳 ´の例を挙げるならば

明治の偉人のおひとり大久保利通翁のことを、すぐに思いつくので

例示してみますが



この方は、言わずと知れた明治維新の立役者のおひとりというのは

よくご存じかと思います。

この御方の清廉潔白ぶりや仕事の姿勢は凄まじかったと言われていて

豪胆かつ磊落で知られた、あの伊藤博文公ですら、
大久保公の前では一書生のように縮こまって震え上がっていた
といわれるほどです。

それほど謹厳実直な大久保公でしたが

「大久保利通は私利私欲のために政治を牛耳っている」。
「大久保翁は贅沢をしている」。

という、よからぬ噂が立てられ

47歳の時に理不尽にも暗殺されてしまいました。

凄惨極まりない最期だったと聞いています。


しかも「 贅沢して私利私欲を肥やしてる 」という噂が立っていた件についても

いざ蓋を開けてみると

贅沢どころか´借金まみれで火だるま´だったという意外な事実が明らかにされています。


没後の大久保公の財産は現金140円( 現在の貨幣価値で約280万円 )の遺産に過ぎず

内務卿という当時の最高権力者のひとり
という位置に君臨していたにもかかわらず

ささやかな財産に対して借金は、資産の50倍以上の8,000円
( 現在の貨幣価値換算で約1億6千万円 )の借金があり、

それ以外の財産も全て抵当に入って差し押さえ一歩手前だったそうです。


では、なぜ?そこまで大きな借金を抱えていたかと申しますと

明治政府は貧しかったため、予算のつかない公共事業に対して
それを遂行するのに大久保翁は生活を切り詰め私財を投じ

国の借金を個人で埋めることまでして
国を発展させ優れた国にするために滅私奉公していたから
というのが多額の借金の理由です。




さて、そんなにまでして生活を切り詰め国の発展のために
身を粉にして尽くしていたのに
有らぬ誤解をされ不平士族の不満の標的になり

あまりにも無念なことに志半ばで倒れたわけで


どれほどの無念だったろうか・・と思うと
胸が押しつぶれてしまうような気持になるのですが・・




大久保公の国の未来を念(おも)い私利私欲を離れて
身を削って生活を削り莫大な借金を背負って私財を投じ
借金までしたお金の使い道を含めた至誠の徳分

これが´何らかの見えざる高次の天の理´を動かすと申しますか

何らかの天の代償作用、補償作用として働かないと

それこそ理不尽、大不公平で悲憤慷慨、慟哭ものでしょう。



善良で誠実であるのは生き方( 生命の活かし方 )としては
簡単そうで実に難しいわけで

そういうのがないのなら、

だれでも、生命の活かし方としては一番容易な

利己的で欲望のままに生きる道を選ぶでしょうし

偉人の生き方を見習おうと奮闘努力する人もいなくなるでしょう。




そういうのを踏まえた上で

では本当に「 天網恢恢疎にして漏らさず 」

「 積善の家に余慶あり 」


という天の見えざる高次の法則が働いてるのか?

確かめる手段の一つとして

大久保翁に連なったご子孫の方を調べてみたらよいです。

果たしてお金に困ってたりしてお金とかの面を含めて
不堅実で身を持ち崩したりして不遇な子孫の方が多いか否か?

今はインターネットが発達してるから、すぐに調べられますから。

( 尤もお金の面で苦労しなくたって、
それ以外の障礙や苦労だってあるわけですし )


私的、個人的には、お金云々で楽よりも
旧世代の自分たちより悪辣な要素が少なく障礙を遺さず、より天に近い・・
霊性<徳性>の高い子供たちを
いかに紡いで大宇宙の進化向上の経綸を為していけれるか?だと思ってますけど・・


そういう私的見解はさておき

話を進めますが

ただ恐らくは大概の読者の方が、仮説とは言え
そういうのを知ったって煮え切らない・・
決して嬉しいとも思わない・・という感想を漏らし
斜めに見る方も多いと私は思っています。

なぜなら

ご先祖さま絡みのことが
幾ばくか善なる発展の縁( または、その反対に守りが薄くて
積善の徳のあるご先祖の元に生まれた方と比べたら
障碍が多く逆縁になること )や運命に影響する可能性があるのを知ったって

誰もが大久保公のように国の未来を憂い莫大な借金を背負って
火だるまにしてまで身を削り生活を削り
国の発展のために尽くすようなご先祖をいただいてはいないでしょう。

って言いますか‥その延長で子孫にも繁栄をもたらす因を遺す方なんて大河の一滴ほどに少ない・・そんな人はあまりにも少ないでしょう。

当の本人が、その家庭( 家系 )に生まれるのだって
何らかの課題と因果があって´ 選んで生まれている ´という形而上の仮説もあるくらいです。
( 徳の高い家に生まれたご子孫だって不遇や放埓は少ない傾向があったとして、それ以外の障礙や苦悩があって苦労しないということは決してないでしょうし・・ )

それに人それぞれの命の器ってのはあるでしょう。


恐らくはIさんにとって本当に本音のとこで知りたいのは
( 追記で・・ 読者の方もそうだと思いますが )

運命を好転せしめるのに

当の本人、自分自身が一体全体´なにをどうしたら
自らの欠点や逆進化に堕そうとする悪習慣を克服し
よくない流れを変え得るほどの・・

言い換えれば心身を取り扱い連想を方向づけ監督し得るほどの意志の力
( Will Power )を煥発できて

心を取り締まり不遇な境遇や運命に遭った際も

ぺっちゃんこになって、腐ってしまい

自棄になって二度と立ち上がれなくなるのではなく

小さなことにもうっとりできるような感受性を養い

かつ逆境のなかから恵みを探し乗り越えれるほどの
意志と心の力( 信念の力 )を強く耕し
切り拓いて好転化していけるか?´という事であり

そっちのほうを知らなきゃ

実際問題、世の中、善いご先祖様ばかりじゃない・・
なかには天の道理を弁えず
悪辣で不道徳なことをして悪因縁を山のように積んできた御先祖様だっていたでしょう。

なぜなら利己的で欲望のままに生きるのは容易ですから

その血脈の子孫で、何らかの理由と課題を背負って徳分の薄い、
守りの少ない家系に生を享けてる方だっているだろうし

( 仮説とは言え )御先祖様がらみのことが
その血脈を受けた子孫の運の勢いに幾ばくか影響があるという
可能性がある事を知ったって

俺にとっては、そんなの何の慰みにもならない・・

先祖の徳分??・・そんなの知っても俺にはどうにもならん・・
と白々しく感じる方だって多いはずですよね。

御先祖の徳分、不徳分とか関係なく
´今の立場で運を拓き好転させ状況を変えるために
当の自分自身ができることを知りたいな
´

というのが本音ではないでしょうか?



それを考える際のひとつの視点

先ずDV加害者視点から見た際


DV加害者になってもおかしくない似たような境遇に陥っても、
心が乱暴になったり腐ったり自棄になったり愚痴塗れで陰気になったりしない。

決して心を消極化させず不幸を招く応報的な悪因、不幸な因を積む
DVのごとき攻撃的で粗暴な消極的な振る舞いをしない。

邪な誘惑に陥らず悪習に流されず

恬淡と明るく朗らかに生活し境遇を円く昇華している方もいるという

厳然とした事実に気づくことも大事と考えます。


実際に世の中には、もし自分が、そういう立場に陥ったら
´自棄になって恨みや愚痴に囚われ心が消極化しても致し方ない´といえるような
ハンディを背負い、降ってわいたような困難、悲惨な境遇に落ち込んでも
「 事柄 」にぺちゃんこになったりしない。

心が強く尊く積極的、建設的で決して心が粗暴化しない方だっていますよね。


DVなどというのは抽象化すると境遇や運命に対する抵抗力がなく

要するに心が消極化しやすく

「 満たされてない、満たされやすい神経生命状態ではないから 」でしょう。

もしDVを繰り返す方のように欲求不満性が強く気が消耗され易く
足るを知れず感覚の欲に振り回され悪習にも流され
ヤケになって不幸福の道に突貫しやすく

かつ器質的に心が乱暴、愚痴などの消極に傾きやすい・・
嫉妬、恨みの虜になり怠惰、自棄になり攻撃的で自己分析も出来ず
知足も弁えられず周りの消極的行動や振る舞いにも流され易い
所謂心の消極性が強い・・

そういうふうな心根で幸福を能造建設する力がなく

外界の環境から恵みや幸福をくみ取れず

消極化しやすく、すぐに自棄になって

忍耐力もなく

すぐに他人に不満をぶつけるという行動として表し
すぐに攻撃的になる・・

そういう不幸の連鎖に陥りやすい衝動傾向の強い心根の方が

夕暮の空を飛んで行く鷺(さぎ)をふっと見るだけで、その美しさにわれを忘れ

ほんの小さなありふれたことにすら小恍惚( マイナーエクスタシー )に
ふっと浸らせることができるような ・・


以前にも紹介したヴァイニング夫人のごとく

心がフッと受けにまわった刹那に外界の印象の中から
いわゆる積極のものを感受し発見しやすい

満たされやすい豊かな感性と神経生理(神経生命)状態を作り保ってたら

決してそうはならないし、なれないでしょう。

( 参考記事 小恍惚がしばしば起こるときがほんとうの自己が伸びているとき 
その他参考文献
       ↑ ↑ ↑
( ヴァイニング夫人は心身統一法は知らなかったから
恐らく別ルート・・推定では、この御方のご両親の家庭教育が格別優れていたのと、
ご自身の信仰と心がけの努力ルートだと私は秘かに分析しています。
恐らくは感謝の祈りとかを就寝前に捧げて日課にしておられたのではないかと )



では、DVを働くような不幸福を感じやすい方々とは対極の・・

ヴァイニング夫人のごとき満たされやすい豊かな感性と神経生理(神経生命)状態を
私たちのような、ごく一般の人間がしっかり作り保つのに際し、
実際に、どうしたらよい?ってことになります。

一般的には、ここで99・999%思考停止です。

それ以上深めることはできず諦めるしかありません。

しかし、そういうことについて世界中の誰よりも苦しみ悩み抜いて
世界の2/3を尋ねまわって
心を取り締まれなくなる原因を探り出し既に方法を体系化している方がいるというのを知ったら

それは朗報になるでしょう。

そのアプローチ( ルート )の一つとして

心身を作り替える事のできる< 対象格 >と観て
本能心と理性心を懐柔させ肉体の快苦をこえたとこから出て
苦を楽にする感情のコントロールもしてくれる意志の力を煥発し易くし

感覚の欲に振り回されたり愚痴や不満に陥りにくい
神経生命状態を自助的に作ってエネルギーを高め
発展軌道に乗せ、欠点を克服し長所につなげる方法を主体的に学んで
自ら(悪習やら欠点)を変える地道な努力をする

というのが流れを変え運命を好転させる王道ルートのひとつになるというのは、



原因探求以上のHow to Doの´当たらずとも遠からず´の
解決に向けた指摘とも言えますよね。

( 結局のとこ、そういうのを100年前に体系化してくださってる
中村天風という方の編み出した心身統一法を熱心に研究し実践するってのが
私が知り得る限り王道ルートだよ
・・
って結論になるわけですけど・・)



さらにDV被害者の視点から観ても

被害者の方が人間性もよく、周りにも気くばりでき
ボランティア精神も人一倍あるという方で

DV加害者に悩まされて子どもさんは鬱・・
そしてDVまで働くという境遇だったとしても



DVに悩まされてる方が、意を決し

心底の底からの決意で

真剣に心身統一法をやって持続できた場合


DV被害を享けているという方の・・雰囲気と言いますかオーラが変わって

DVを加える息子さんも雰囲気に呑まれ圧倒され

さらに落ち着いた対応に感化され

感化同化を享けて、気が付いたら変わっていた・・なんて可能性は
十二分にあり得ます。


虐めを受けているような方だって

心身統一法の・・例えば命令暗示をクンバハカで死ぬ気・・
背水の陣を敷いて、やっていったら

何か不思議な迫力が出てきてオーラ( 雰囲気 )がガラリと変わって

いじめ加害者がの前のになって立場が逆転してしまうっていう可能性だって
無きにしも非ずですから。