★安定打坐の日常訓練法

安定打坐法は、心を無声の境涯( 空境 )に入れ、
思ったり考えたり感じせしめられたりする・・
働き通しの心の思考自体を止め・・休ませることができます。

( 思考の埒外・・思ったり考えたりするとことは違うとこから )
本心・良心を煥発することにも緩く( 間接的に )貢献できる方法でもあります。

天風式クンバハカで体勢を整えて実行し打坐で得た心境を日々の生活に活かすことで
本来の命の力を発現する機縁にもなるのではないでしょうか?







やり方については、今ではネットでいろんなものが公開されていますが・・

 安定打坐を行じる際の音のタイプとしては主に二つあります。


 1 ブザータイプ

ブザーで瞑想


 2 鉦タイプ



鉦の音で瞑想






ティンシャの響きと瞑想


こういった音のタイプでやる以外にクラシック音楽とかでも、安定打坐は出来ると思います。

以下の秀逸なサイトでも指摘されてるように

 天風オンライン 「 クラシックと安定打坐 」
 


 例えばクラシックの交響曲が「 無音 」
( 音と音の途切れ )があるものが多く

肩の力を抜き顎をひき、息の通りをよくし・・軽い・・天風式の自然クンバハカでリラックスし
全身を耳にしたつもりで打ち込んで聞くと
クラシックでも空を体認しやすいわけです。



有名どころでは


ベートーヴェン 交響曲 第6番 田園 とか交響曲第5番 運命


Beethoven Symphony No.5 mov.1 ベートーヴェン 交響曲第5番「運命」 第一楽章



モーツァルト 交響曲 第40番等があります。


あるいは

ドヴォルザーク: 交響曲 第9番




 こういったもの以外でも安定打坐は格別に時間をとらずにちょっとした心がけで訓練できます。


例えば

車やバイク・・電車の走行音が近づき遠ざかって行くのを
気持ちを丹田に鎮め耳を澄まして、その一つの音に氣持ちを向けて・・
音と一つになる

その音が微かに・・微かになって消えゆくまで追いかける・・

そうして、その音が消えた先の静寂( 無声の空の境涯 )を味わったり


 ドアを閉める音やトイレの排水を流す音の途切れ等ちょっとした生活音(における音の消えゆく先・・)

 公園とかでさえずる小鳥の鳴き声でも、
その鳥たち( 雀やハト )の鳴き声のうちの一匹・・この一匹・・という鳥の鳴き声に心をすっと向けて

その鳴き音( 鶯は・・都会の公園では、さすがにきびしいので・・歩いてたら、ちょろちょろと寄ってくるハトのクルックーー・・・クルックーーー・・でも・・
雀のチュン・・チュンでもいい・・ )


やり方は・・この雀の可愛らしい鳴き声の・・注目した音以外の音を排除し、これのみに1点集中・・
チュンが消え、次のチュンまでの・・その無音の瞬間・・その先の空( 内的静寂 )に瞬間だけでもすっと心を入れるように・・この動画とかでリハーサルしとけば


 実際の公園内とかを悠々と散策して愉しんでる最中でも

 ハトたちがちょろちょろ足元に寄ってきたり・・雀がちょこまかしてる時

そのなかの一匹を選び

出来るだけ、その一匹(の鳴き声)に心を集中

クルックーー「  」クルックーーー「  」クルックーーー「  」


チュン「 」チュン「 」チュン「 」とか

で・・無音「 」に心を入れてやる


そうしたら無念無想の空の悟味を、別に身の回りの生活の中で静寂の境涯を味わうことが出来ると思います。




 熟練してくると自分でブザーの音を体感的に想像し


それに打ち込んで

 プツッと途切れた刹那の空境に入ることも出来るかと思います。








★安定打坐に満足できなくなった方の場合の無難な瞑想法

 私の場合は・・正直なところ10年以上前から、この安定打坐瞑想では心底の深いところの
乾きが満たせなくなっていることもあり後述する安定打坐ルートでのナーダ音で安定打坐をやるのが日課になっています。

言い方を変えるならば、もう何年も前から鉦やブザー等でなく内的振動音であるナーダ音に集中し、これをツールにして音と溶け合うようにするやり方の安定打坐をしているわけです。


 ・・このやり方でやるようになった経緯については・・これも何回かメルマガでトピックとして取り上げてますが・・

 10年以上前( 正確には15年くらい前 )に、あの当時・・口述書を独自的方法で熱心に実践し1〜2ヶ月で、これまで何やってもダメに感じてたのが・・

 あれよあれよという間に心も強くストレスにも強く・・折り重なってた苦境も薄皮を剥ぐように突破できたので

・・ネーミングが実にあやしい・・大言壮語じゃないか?!大丈夫なのだろうか??とか思いつつも・・もう、天風先生の方法なら間違いないだろう・・と信頼し


「 神人冥合 」という・・やや畏怖を感じるタイトルのテープ
( ※当時はCDでは販売されてなかった )を注文して
 安定打坐を、見よう見まねの独学独習でやり始めて1ヵ月〜2ヶ月くらいです。

1ヶ月もたってなかったかもしれない・・手帳に記録残してないけど・・


ふいっと意識をずらすとシーーーーーンという美妙音が心耳に響いて聴こえくるようになりました。


安定打坐を1カ月くらい熱心にやってたら聴こえ始めたこの音については
別に頭痛や肩コリ・・外耳炎由来の耳鳴りというわけでもない・・そもそも不快でなかったというのもあり



はて??・・何だろう・・この音・・妙に落ち着くな・・と当時・・この音について時間を見つけて文献を探しました。


で・・ある程度の、´めぼし´はついてたんですが

ヨーガの書物のなかにその記述があって・・探求を躊躇したというのがあります。

結局・・あの当時は、某事件が影響して、まだヨーガ自体に良い印象を持ちきれなかったこともあって5年くらい、ほったらかしになってたわけです。
( 今現在でも、情報出す責任もあるので相当に慎重居士ですが・・ )



 これについては、これが天風先生の言う天の声だ・・という方もいて・・リサーチしてみると
いろいろ見解が分かれてるみたいです。

 
 参考  2003−2004 天の声




 とりあえず私の場合は・・そもそも議論自体は好きではないので・・深い追求はしません・・
そもそも、ここの団体の会員でもないので・・




 それに私は、これを実務とか生活の諸々にどう生かすか?

という方面に興味があって研究してきたので・・



 で・・とにかく、いろんな瞑想をやってるうち※に、
これ( 耳の遠くでシーン・・響いていた´音ならぬ音´ )に呼吸を鎮めて様々な妙音を探し、その美音と溶け合うように聴き入ってたら


 やがて、その響きがティンシャに似た

あるいはティンシャよりも精妙でうっとりする調べも発見出来て非常に心が安らぐ・・




なんだか何時間でも聞き入っていたいようになる・・


そういう理由で

更に探索するために

先に挙げた、このシーン・・+α・・鈴の音よりうっとり・・みたいな音に氣持ちを
向けてひたすら呼吸を鎮めて静かに聴き入る機会も増えていったわけです。





 ちなみに


 このシーーーーーーーーーーーーン・・という・・人氣や生活騒音のない深山幽谷にいて・・
静かにしてるときに感じやすい、かそけき美妙音


この耳の遠くで響く懐かしい音は、ナーダ音と言われ
「 魂から響いてくる妙なる音 」と定義する方もいて
この音は10種くらいあって、その音のなかの・・非常に美妙な・・かそけき音を探して聞き分けるようにして聴いてれば神経系も安定化されると指摘なさる方もいますので。




そういう経緯もあるので


個人的な体験上、安定打坐を実践してる方で、この音( ナーダ音 )が聴ける方の場合は

さまざまな美妙音を探し、聞き入るようにしたら
不要残留本能心がなだめられ生命の本来の力が出やすくなって自己統御にもめっぽう役立つ
 

( 心−神経系統−肉体 )の波及ルートでクリーニングされ

心にも内なる平和をもたらす非常に重要なメソッドと考えています。


医学的にはリンパ液や脳脊髄液の音という可能性も指摘されてるので・・仮にそうであったとしても、聴き入ってれば洞察力や集中力は高まるので・・別にその説でもいいんですが・・

今後そういう分野の研究も進むのではないでしょうか?



とりあえず私が、どう実務的に使ってるか・・書くなら


これ( 心耳に感じられる音ならぬ妙音<inner sound> )は
普通に気持ちの切り替えにも実に役に立っています・・


 
 なぜなら・・この・・今にも消え入ってしまいそうなほど幽玄微妙な・・感じられる音によっては、顕れては消えたりする美妙音もある・・音ならぬ音( 隻手の音 )を聞き分ける訓練をし氣持ちをすっと向けることで
雑念妄念が自然に消えるので、そこ( 妄雑念 )から気持ちを離すのに役立つ・・




内面の心内作業なので・・言葉での説明が難しいのですが



雑念ってのは、心が理性であれこれ思案して・・ああでもない・・こうでもない・・と
うんうんやってるとき・・とか・・

心が肉体を思う・・腹減ったとか・・痒い・・痛いとか
肉体を守ろうとする本能的な働きの時に出やすいですよね・・


ですが・・そういう雑念妄念も・・

これ( ナーダ音のうち、シーンとかジーンとか鈴っぽいのとかよりも、もっと奥ゆかしい、かそけき美妙音 )にひょいっと振り向けると・・それが、うっとりする、かそけき妙音であるなら、なおさら
心が妄念<我念>に囚われてても・・自然にこの( ナーダ音 )にふいーーーっと魅了され惹き付けられざるを得なくなる・・

その瞬間・・自然に我念の働きが止滅・・止まります。

 なので不安や恐れ・・苦悩、煩悶を含めて・・ナーダ音に聴き入ることを習慣にしていくと、過去の記憶< 印象 >の再生産がされなくなるというしくみがあるんじゃないかと推定しています。


 雑念、妄念が消滅するから心も休まりやすくナーバス・システム( Nervas system )の調子がよくなる・・だから必然的に自己治癒力も高まっていく。


( このナーダ音を聞き分けるようにするのが神経系統に佳き影響を与えるというのは私がそう思うから書いてるとこもあるわけなので・・)


 さらに空境から思惟をこえた本然の心( 本心・良心 )が以前より出やすくなるんじゃなかろうか??という仮説を立てています。








これから書くこともあくまで仮説ですが・・チベット仏教とかインドのヨガで音を利用するのがありますが・・

例えばチベットでティンシャという仏具を鳴らして
その音に聴き入る瞑想があるようなのですが

私の私見では・・

この瞑想の本質は、ティンシャのような道具に頼らず

「 自身の魂から響いてくる純で妙なる音である尊きナーダ音 」

呼吸を静かにゆっくりし
これに敬虔に聴き入ることのほうが、より本質で

ティンシャという仏具を鳴らして
その音に聴き入る瞑想は、その導入に過ぎないのかもしれない
と思った次第です。



これをさらに拡大し日本の神社の神具で説明を試みるならば、拝殿の中央、ちょうど賽銭箱の真上( 社頭 )に、銅や真鍮で造られた大きな鈴(鈴緒)が吊るされてる所が多く
参拝なさる方は、この鈴を鳴らし、お参りをしますよね。

社頭に設けられた鈴は、その清々しい音色で参拝者の内から敬い慎む気持ちを誘起させるとともに参拝者を祓い清め、神霊の発動を願うものと考えられているのだとか。


お正月の三が日とかですと「鈴払い」をしてる福娘の方とかもいらっしゃいますよね。
 
鈴払い




仏教とかでは、もう定番中の定番・・除夜の鐘というのもあります。

これは大晦日(12月31日)の深夜0時をはさんでつく鐘のことなのですが、読者の皆さんも、年越しの定番としてテレビなどで幾度も聞いたことがありますよね。

この除夜の鐘をつく意義っていうのは

人には人の心を惑わせたり、悩ませ苦しめたりする心のはたらきとして煩悩がある。

煩悩には108あるので、それらを祓うために、除夜の鐘をつく回数は108回とされています。



で・・ふと思ったんですが・・

 心耳に響くナーダ音・・
( ←これ・・人によっては妙なる鈴の音のように美しい調べで聴こえる方もいる・・私も混ざり込んで聴こえる事がある )

このsacred soundに、ふっと心を入れ溶け込ますのも最強・最大の邪気払い・・煩悩祓いになるんじゃないか?と思ったしだいです。

ナーダ音を擬( 模 )したのが、除夜の鐘(の音)や神社の社頭に吊るされた銅や真鍮で造られた大きな鈴の音




なので、安定打坐を実践して、ティンシャよりも精妙で澄んだ・・五官で外部で感じられるものと違う・・頭痛や外耳炎など病由来でなく心耳の遠くから響く音ならぬ音が耳の遠くで微かに聞こえて、これが、もう、うっとりし聞き惚れる

聞き入ると心地いいなぁ・・やけに落ち着くなぁ・・開放感や内的平安感・・静けさも増すなぁ・・という方の場合は、先にあげたような心内妄念処理も出来て雑念が瞬間的に自然消滅すると思うので・・

そういう使い方で集中力や洞察力を高めることが出来る・・

本来の命の力が以前よりは出やすくなる・・そういう実務面でもお役に立てば幸いです。



それに、ナーダ音を聴き分け、聞き入ることをしていくと、これが滅法よい潜在意識のクリーニングにもなる・・

潜在意識のクリーニングをすると何が良いかと言いますと

ここが清まっていくと性格が穏やかになり、悩みや苦しみに心が囚われることから心を放すことに上手になると思っていますので。