意志の力と運命修正力



September 11, 2009

意志の力と運命修正力

読者の方から、岡崎さんのサイトは



自らをよりどころとする意志( 自由意志 )についての記述やら
意志力を強くすることの必要性がサイトに多く散見されますが
 その理由はなんでしょうか?という質問もありましたので


自由意志・・自らをよりどころにする意志についてヒツコク解説している理由について述べてみます。



  なぜ?ひつこく意志というのを強調し、強くする必要性を説いているかというと

 
これ( 意志の力 )が心身より上位概念に位置づけされる見えざる我から強く煥発されてくると
根本部分での運命修正に大きく関係してくるルートのひとつになると直感しているからです。

※こういったことは軽率に扱うテーマではない・・というのは重々承知はしていますし、どこまで自助努力( 自己責任領域 )というものが運命更正に寄与し得るのかは私にもわかりません。




さて




もし、私たちの運命というものが誕生の刹那のオギャーーという産声から始まって


成長していくなかで苦闘し・・

ときには逆境に思い悩む人生航路



そして死の床の最後の吐く息の瞬間まで


これらが全て一本のテープ( 人生映画フィルム )として定まっていて・・


 どうあがいても・・どんなに抵抗しても( すでに )機械的必然で人生劇場で出会う事件やら

出会う人やらの筋書き( テープ、生々しい映画フィルム )が

 玉突き事故のように連鎖、連続的に人生劇場で出会うことは定まっていて



例えば


どんなにあがいて抵抗しても・・その運命は不可避、絶対で・・一生幸福の連続なら兎も角・・
不幸な出来事やら境遇という足かせ( のテープ、映画フィルム )から逃れられない・・


( 修正の余地がない )としたら・・



全ての努力は無駄であり・・努力自体が水泡に帰してしまうことでしょう。


どう思い考えて、どう振る舞い決断し行動し、どういう努力やら鍛錬をし、どういう人と出会おうとも人生劇場の

8ミリフィルムは、全く影響されず

その努力や行為自体も機械的な因果法則による必然で

レール( テープ・・脚本・・生々しい映画フィルム )のとおりに操り人形のように筋書きどおり進行するとしたら


 そこには自由意志( や自覚・・良心 )によって決断して果敢に挑戦、奮発努力して
選び取る可能性( 余地 )や偶発性・・は存在しない・・・ということになります。


 で・・私自身は・・決してそうではない・・( フィルムの修正の余地があって方法というか

ルートもいくつかある )と直観している人間の一人です。

 もちろん・・7、8割方は・・生まれたときにある程度の枠というか
レール( 筋書き、脚本、テープ・・生々しい映画フィルム )は・・ある程度定まっている・・というのは
もちろん否定しません。



・・生まれた国、民族的特性、産まれた国の文化やらから受ける避け難い影響や父母から継承した
遺伝的傾向やら心の癖やら体の癖、潜在的な傾向性も含めて

 ただ



( フィルムの修正の余地がある )とすると 



 人間の自由意志( 自らをよりどころとする意志 )やら決断・・努力やらはそもそも何ぞや?


 どう運命と係わっているのだろうか?という深刻な( 問い )が出てくるかと思います。





これに対する臨場感溢れる
生々しい答案のひとつは

スティーブン・R・コヴィー博士の「 7つの習慣 」にも、紹介されている



ヴィクトール・フランクルを襲った悲劇と・・フランクルが、崇高な意志で

そこ( 生々しい絶望の映画フィルム )において、精神状態を管理しつつ、そこから脱け出した實体験が参考になるかと思います。


「 7つの習慣 」のモデル的人物の一人であるヴィクトール・フランクルという方


この御方は・・ただユダヤ人であるという理由だけで、あの悪名高いアウシュヴィッツ強制収容所に送られました。

 

 過酷な強制労働・・・阿鼻叫喚の地獄のような環境


 これ以上ない・・というような地獄絵図の・・家畜以下に扱われていた獄中の否定的刺激と絶望の渦巻くなかで


 

 フランクルは、その刺激と反応の大いなる空隙( くうげき )に


 自らの崇高な意志を、刺激と反応の大いなる空隙( くうげき )に干渉させて


理性をも超越し直観的に働く、高次の自己から出る崇高な意志の力を正しく用い、良心の警告に自我を
沿わせて人としての尊厳を失わないことを決断しました。( 涙





 そうして

 本心・良心の忠告に沿って高貴な想像を選び

 心の姿勢を積極化することで

 人非道的な・・目を覆いたくなるような困難な環境のなかでも立派にふるまって、責任と自覚ある行為を
選び取り続けることで、人間としての威厳を保ちました。




過酷な運命を延々と上映するテープ・・生々しい絶望の映画フィルムに心を巻き込ませることなく、健全に保って過酷な運命を見事に修正し開拓しています。






 ヴィクトール・フランクルは、そうした自らの体験を振り返って
  



 この人間としての最後の自由( スペース )を奪うことは誰にもできないという言葉を遺しているそうです。

 フランクルは、極限的な阿鼻叫喚の・・下劣な環境・・が上映されているなかで

 悪辣非道な人たちに家畜以下に扱われて・・機械人形のように操られて・・同じように悪辣になったり復讐・・
反応的に動いたのではありませんでした。 


 フランクルという方の、この体験は通常なら・・人間の行動を家畜以下に貶め、人格を破壊してしまいかねない情況下で・・
( 実際に・・そういう下劣な環境に負けて・・そのようになった方もいらっしゃったようです )

 高次の自己からの内なる崇高な意志を働かせて・・その力を誤用せず良心の警告に従順になって

積極的な貴い想念や氣高い行為を選び続け



その行為が大きな力と結び付いて極限の否定的不運の上映フィルムの流れを克服し得る修正( 変向 )力を産み

不屈の意志と決断・・


 そして忍耐が逆遇を耐えさせて立派に運命の映画フィルムを修正し、開拓したことのお手本を私たちに示してくれているようにも思います。



ただし

私がサイトやらで詳しく説明している意志と習慣を善用的に使う方法というのは・・

フランクルのように偉大でなく

私( 岡崎 )のような普通の人でも

そういった内なる英知的・・克己的意志が煥発されやすい積極的な心身・・気質傾向になるよう・・

 お道具の本心良心が出やすくなって・・もう一人の鏡に映らない本体の我から・・そういった本心・良心をパイプに克己的な意志が強く出て・・

 心身・・そして環境を取り締まりやすくなるように・・日々の平凡な生活の中で習慣の傾向力をよりよい建設向上の方向に活用する方法ということです。


 それに・・・心身統一法( 道 )の熱心な実践・・道に結びつくための努力を重ねることで


繊細な感受性が回復し・・

鏡に映らないもうひとりの我から生じる意志の力や決断の導通路の積極精神や
本心、良心が強く出やすくなって

歪んだ心理的癖や体の癖のアンバランスが正され、動じにくくなって

どこがどうということもないのに生活が楽しく綺麗になり・・自然法則に順応した調和に満ちたものへと徐々に修正されることになって


 その結果・・運命更正にも寄与することになり

 過去の過ちがもたらす不調和・・悪い結果( 苦悩や苦痛 )を最小限に食い止め・・


 本来、大難になるべきはずのことが小難になったり・・小難が、全く避けられたりすることもある・・というのを自身でも直観していますので。



 ( ※心身統一法に出会って・・真剣に実践して・・習慣定着・・生活定着していなかったら・・
私の運命はどう動いていたのだろう・・と思うと・・ゾッとします )

 
  そういう理由もあって

〔 運命変向力 〕を発生せしめる根本動力のひとつである・・心身の統御力や環境やらを大切に支配する力が増す・・
【 意志の力 】を強くすることの出来る・・天風哲人の心身統一法の実践・・習慣化・・生活定着をひつこく薦めています。

 

 ( 実践して習いにしなけりゃ・・絵に描いた餅で効力
〔 運命変向力 〕が発生しないかと思いますけど )




 心身を取り締まり運命修正のきっかけになる心の上位の意志の力の煥発されやすさに非常に強く影響するのが潜在意識領の汚染のクリーニング( 心の特別なお手入れ )です。


 自覚される心の下層面・・自覚されざる・・奥底に蠢( うごめ )き流れる潜在意識領・・

この領域が汚れてしまうと・・・

生命を生かす受け入れ口が曇って生命生存力が萎縮し・・出来事を( 積極的に )感じ楽しむ力が衰弱し


 超一流のお店のシェフが最高級の食材で心を込めて作った最高級の料理もおいしいと感じれなくなります。
 ( これは、私〔 岡崎 〕のおはずかしい実話、実体験です )





〔 根本的な運命変向力 〕にも影響し、心身を取り締まる皇帝の如き・・肝心要の意志の力が、出にくくなり

 




 出来事( 事柄 )に心が振り回されて右往左往・・あるいは、激昂したり・・すぐに意気阻喪したり

困った、弱った、情けない・・と不平やら愚痴をこぼし


 取り越し苦労やらはよくない・・それは頭ではわかっている・・
だけれども、( 潜在意識が汚れていると楽しめないし・・想いを取り締まるための意志の力が蛇口が締まったようになって根詰まりして出なくなるため )


それを心では止( や )めたくても
止( や )められない止( と )まらない。

悩みとかも解決する方向に力を用いればいいだけなのに

そう思いたいのだけど

ぐるぐると悩みが悪循環、混乱し、悩むために悩む・・とかいう妙なことになって、神経を消耗したりします。





 意志の力というのは理屈ではないです。


 出やすくなっているか、出にくいかを調べるのは簡単です。


 くだらないことに怒ったり
 怖れたり、愚痴やらがすぐに出て悲観したりしやすい場合は
 
 意志の力が出てない・・ということを表していて


 新鮮な喜びや新たな感謝

 ほのかな安心感が増し



みずみずしい好奇心やら

愉しみを感じる機会を日々の生活のなかで味わう機会が微妙に増えて


 ありゃりゃ・・そう言われてみれば

 くだらないことに激昂して怒ったり
 怖れたり、取り越し苦労したり
 愚痴やらを口にしないし
悲観しなくなっているな・・というのが確認出来れば

 意志の力が出ている症状( 結果現象 )と言えるでしょう。


 
 



  こういった・・意志の力と潜在意識領域の汚れとの関係とか・・潜在意識の内容が感受性や意志の力に

どう影響しているのか?


言葉と気分の関係、生命力の開放等についての納得のいく深い解説と具体的実践方法は



名著 「 7つの習慣 」やらの自己啓発書・・心理学・・宗教書も含めて・・何千冊も探しまくりましたけど


 「 成功の実現 」「 心に成功の炎を 」他にしか述べられていません。




 大学生のときに、この書を発見できていたら

私の運命も変わっていて、こういう研究もせず

違う方面に向かっていたかもしれません。(^_^;)



  ただまあ・・発見していたら・・あんまり苦労しなかっただろうし

こういったサイトも


そもそも存在させようという氣にならなかったかもしれません。(^_^;)


※ 一方で、心身統一法が深く馴染めば・・そういった( How to Say )のもののなかには非常に啓発的で、より高尚なものがあるというのも否定しません。

それに


心身統一法を知らなくても

 新鮮な喜びや新たな感謝・・愉しみを感じる機会を日々の生活のなかで味わうことが多いという人は

体系的な方法を知らなくても、天風哲人が薦めているような方法を生活のなかで無意識的にしろ自覚的にしろ取り入れているはずです。




 ちなみに


私もV・Eフランクルという方のご生涯やら・・その体験を綴った
「 夜と霧 」という本も読んで研究したことがあるのですが・・
( ※こういうのを読むと
能天気で過度に楽天的な説明の多い
「 引き寄せの法則 (The Secret) 」とかが、ぶっ飛んでしまいますけど(^_^;)  )


ジックリ味読して調査したところ

V・Eフランクルは、天風哲人の心身統一法は知らなかったけれども


  心を守り統御するために・・悲惨な運命の8ミリ映画を映し出しフィルムテープを流し続ける・・
この悲惨な8ミリフィルムのなかで精神を健全に保ちつつ、フィルム修正し艱難を乗り越えるために

個性生命において最高の力のひとつである意志の力を出すための
 心の奥底を綺麗に保つ潜在意識のクリーニング法 ( 「 観念要素の更改法 」 )に類したことを
( フランクル )が、寝入りばなに実践していたことも確認できています。


※ 私自身、〔 夜と霧 〕も比較研究するために読んだのですが・・あまりに生々しい収容所での絶望的体験の描写に、本〔 夜と霧 〕を読んでいて

 思わず吐きそうになったのを記憶しています。

  ヨーロッパ旅行をしポーランドも小旅行して、この収容所を実際に見学したことのある私の奥さんの話では、アウシュビッツ収容所の近くには
小さな教会と慰霊のための記念館というかがあるそうですが


 その教会の天井とかは強制収用所で犠牲になったユダヤの方々の骸骨で埋め尽くされているのだそうです。
陽気で明るく軽い奥方さまが・・いつになく・・シンミリ真顔で教えてくれました。(^_^;)








 このように人によって大きく異なる肉体条件や

生まれつきの才能・・人生の運不運の不公平感に対する納得できる説明や

そういったことを緩和( 軽減 )し、かわす方法について




「 成功の実現 」「 心に成功の炎を 」の思想や路線を崩さずに

さらに発展的に学びたいなら

 ( 気が向きましたら )

インドの聖者が執筆した
 あるヨギの自叙伝 の16章 「 運星をかわす 」
17章 「 サシと3つのサファイヤ 」等の章やらもお読みになって研究し
参考にしてもいいのじゃないかな?と思います。

以下にもレビュー記事を執筆していますので、参考にしてください。

 あるヨギの自叙伝のこと





日本人が執筆したものでは無いため日本人には馴染みにくいかもしれませんが


潜在意識領の消極的観念要素の汚れがクリーニングされていれば・・こういった本も腑に落ちやすくなっていると思いますから。

余談ですが


ヨガナンダ師( 「 あるヨギの自叙伝 」の著者 )も、天風哲人同様

( How to Sleep correctly )という貴重な動画で

 私たちの寝入りばなの気持ちを心配事から離して呼吸を整えて・・正す、直して
( correct )し平安に向けることを薦めています。

 Paramahansa Yogananda Sleep You tube動画


 「 成功の実現 」「 心に成功の炎を 」の思想や路線とはやや外れてはいますが


 人間の自由意志と運命修正について深く洞察している書には
 「 あるヨギの自叙伝 」 の他には
 「 生命の実相 」携帯版 4巻 や 9巻等があります。
あるヨギの自叙伝 は、「 生命の実相 」とも微妙なズレと共通項があります。
 ※ちなみに・・私の場合は・・谷口雅春という方が解釈した聖書の解釈より
  このあるヨギの自叙伝の聖書解釈のほうに、より合理性と共感を寄せています。


 サイトとかコンテンツに追加した内容の継続的な実践も、そういった著書の理解のパイプ

( 実践のヒント )になると思います。
 
 
  もし、サイトに書いているようなことをきちんと知って実践しなかったら


 個人においては・・鏡に映らない本来の我・・内なる人・・が出てこない場合は・・ほとんどが潜在意識の
条件反射的な連鎖関係と無意識のうちに歪ませる惰性的、心理的な癖に心( 表面意識 )が操られ隷属・・

支配されたまま・・ 


 自我意識では・・自主的に行っていると思い込んでいるだけで

強い影響力のある潜在意識の連鎖的条件反射による支配や

惰性的な習慣から脱けられない・・というか(^_^;) 

 
 ほぼ・・操り人形のごとく
潜在意識と惰性的癖のぬるま湯の船に隷属され・・自我意識がそれ( 潜在意識と惰性的習慣 )に乗っかって・・
奥底の汚れのお掃除法やら解除方法がわからず、鈍い痛みを抱えて、ぬるま湯生活をしている場合のほうが
ほとんどかもしれないとも思えてしまいます。



 ちなみに

V・Eフランクルの体験に見られるような、こういった崇高な意志の力の煥発というのは・・・
絶望の深淵を跳び越えるような・・一世一代の瞬間以外は・・一生のうちでも、そうそうは発現しないかと思います。

 私自身、まだきちんと整理は出来ていませんが意志の力というのも
 種類があるように思います。


基本的に
( フランクルのような崇高な意志とまでいかなくても )

 心を制御する・・理性的( 英知的・・克己的 )意志が発動すれば心身を取り締まる力が増して
計画どおりに目的を遂行、達成することがやりやすくなりますので

メインサイトやらコンテンツではこの類の意志( 克己的な意志 )というのをメインに扱っています。




 サイトとかコンテンツに追加執筆した内容の実践も、そういった著書の理解のパイプになると思います。
 
※ただし、冒頭でも書きましたように、どこまで自助努力というものが運命更正に寄与するかは私にもわかりません。


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