「 あるヨギの自叙伝 」は、行を完成したインドのヨギがヨギの素養のある方のために書いたヨギに関する本ですが、この書も「 口述書 」同様、かなり研究させていただいている貴重な書のひとつになっています。

とてもエネルギーが高い書です。


超読書家で乱読家として知られ、大概の本は1回読んで終わり・・ということで有名な船井幸雄氏がその生涯において何十回も読んだことのある本が3冊あって、その本は
「 日本の光 (弁栄上人伝) 」、「 ヒマラヤ聖者の生活探求( ベアード・ボールディング著 」 
「 あるヨギの自叙伝( パラマハンサ・ヨガナンダ著 ) 」だったそうです。




この3冊の本のうち「 ヒマラヤ聖者の生活探求 」については( この書が船井氏の愛読書とは知らず )私も苦悩に塗れてた頃に読んだことがあります。

「 あるヨギの自叙伝 」と同一系統ですが、こちら( 「 あるヨギ・・」 )のほうがエネルギーが格段に高い気がします。




 で・・実は・・この本「 あるヨギの自叙伝 」も、もう何年も前から読んでライフワークの一つとして事あるごとに読み返し研究していましたが・・ただ・・この本について、こういうレビューっぽいのを書く( 公開する )のは・・気乗りがしませんでした。







 その理由のひとつは、この本に記された内容が世間一般のコンセンサスを超えた
驚くような神秘現象、奇跡が多い・・からでして
 理性的で論理的< 合理的 >・・堅実な考え方を尊重している私のような人間にとっては
思いっきり気乗りがしなかったことが理由です。


 それに学生〜就業し社会人になって数年までの頃は、とにかくいろんな苦しく感じることが続いたことで悩みが深く苦悩塗れだったので・・主に週末を利用し、いろんな本を乱読し、読みまくったわけですが・・

 読みまくった膨大な読書リストの中に・・この「 あるヨギの自叙伝 」は入っていません。

( 先に述べた「 ヒマラヤ聖者の生活探求 」はリストに入ってまして、これも読んだことは読んだけども、これ読んだからとて自身の生活が変わったわけではありませんでした。

その精神性の高さ故に感動した!!というので評価をつければ高評価にはなります。


ですが、この本に崇高な精神性を感じ感動したからとて、実際に自身が直面してる(当時の)辛い境遇に風穴が開いたか?

何か「 現実 」を変えれたか?というと決してそうではない・・正直に書くと・・



 他の読者の方は、これで生活が引き締まってきて変わった・・という方がいるのかもしれないですが・・
少なくとも私は相変わらずでした。申し訳ない・・この本のファンの方もいるかもしれないのに・・(;^_^A )

 




 ただ・・「 ヒマラヤ聖者の生活探求 」と同じ系統の本で、
私の場合は、この「 あるヨギの自叙伝 」という本をお薦め本としてレビューまで書いてるわけなのですが



もし20代半ばに、これを読んでいたとしても、20世紀末に世の中を騒がした某宗教団体の某事件が影響して・・

 あの当時は、ヨーガのうちの密教的なのに、どうにも良い印象を持ってなかったので
奇跡のオンパレードに嫌気がさし・・
ただの興味本位の読み物として扱ってしまってたかもしれません。



 否、そういう事件があってもなくても

ヨギの生き方・・気で生きる生き方に少しばかりの理解と生活実感や何らかの勝利感・・心身統一法の天風式クンバハカ法などでストレスの多き人事世事を生きる中で神経系統を安定させ心を守る行法や心の奥座敷を洗う行を実践して意志の力を渙発してなかったなら

知る人ぞ知る「名著中の名著」であるのは自明で
ステーィブ・ジョブズのごとき天才とされる経営者やジョージ・ハリソンなどの超一流アーティスト・・
はたまた天才とされるような科学者らが敬愛した本というのを知ってても・・

 恐らく・・世の中のことに煩わされ絡めとられ流されて、日常に振り回されて、この本から教訓をくみ取るどころか現実離れし過ぎてて、どう生活に組み込んでいったらよいのか分からず

どうもならなかったかもしれません。


 人それぞれ・・こういう本に出会ってスパークし、気持ちが動くに至るのには背景や価値観もあるでしょうし
ベストなタイミングってのもあるのかもしれない。

 それに気持ちが動いたからとても


このような崇高な内容にスパーク出来て、すぐに、これを生活に馴染ませる・・とか言うようなことが、きっちり出来る方は、よほどの上機根の方でないと・・

私の些末な体験で言えば・・あの当時も割と求道的なことを志してましたが
( 心身統一法がバイパスしてなかったら )
当時の私にはとうてい届かなかったのではないか?と思ってます。



なお


 この本につきましては、じっくり腰を落ち着けて
ワクワクしながら味わい読むに至るまでに、あれこれ紆余曲折もあります。


 現在のように、( 「 瞑想 」ということについて、ライフワーク的な研究も兼ねて、この本を傍( かたわら )において読む・・さらにズーッと前に
一度・・
( その存在は知っていましたので )大きな書店で見つけたとき、ここに書いているほどはヨガナンダという方のことを知らなかったので


 読もうと思ってパラッと開いて2、3ページ目にある写真で( 神秘主義 )の匂いを何となく感じてしまい・・内心ウッとまず読み進めるのを躊躇し
結局、100ページくらいパラパラとめくって・・どうも馴染めない・・こりゃあかんぞ・・と思って読むのを止めた( 購入するのも止めた )ことがありますので。




 超常能力的な部類のを求めるのは私の価値観とも合わないし・・

 そういう超能力を披歴するような類のものは危ういのじゃないかな?

 という漠とした不安みたいなのが私の無意識にあって抵抗、拒絶させたせいかもしれません。

 ( 全体をじっくり通読し、ヨガナンダが本書で最も伝えたいシンプルなメッセージにフォーカスし斟酌するように努めると、そういう超常能力の獲得を目指したり神秘主義に走る類のものでは決してない・・というのが判明し、安心したのでこうしてレビューをしてるわけですが・・・ )






ということで


この本の感想を書く前に


 先ず・・この本の著者であるヨガナンダという方のことについてふれてみます。





 
 この方をたった一言で表現するなら


 「 聖者中の聖者 」でしょう。



 近世以降に歴史が輩出してきた聖者・・覚者とされる方々のなかでも頭一つ( 否、頭2つくらい )飛びぬけていると表現しても決して言いすぎではないでしょう。



  


 聖者で偉大な魂と称された・・あのマハトマ・ガンジーが心底から尊敬した方でもあります。




 ちなみに
  
 ガンジーが心から尊敬したとか・・そんなのは、がせネタだろう!とお思いの方は、
かのガンジーのお墓がロサンゼルスのヨガナンダが設立した団体の敷地内にある事実から察してください。
( この事実だけで十分でしょう )
 


ということで記事を本題に戻しますが・・



「 あるヨギの自叙伝 」( 森北出版 )では、ヨガナンダがお亡くなりになる( 体を離れる )1時間前の微笑を静かにたたえた神々しいお写真が掲載されていまして・・・
( 道を究め行を完成したヨギにはよくあることのようですが )亡くなる日時も、あらかじめ予見し、穏やかに微笑して、まるで楽しい旅に出るかのように臨終の瞬間までを静かに受け容れています。
 

 かつ

 死後20日経っても、そのご遺体は、生き生きしていて
まるで、まだ生きて安らかに眠っているかのように新鮮で崩壊現象が起こらなかったのだそうです。



 遺体安置をしていたロスアンゼルスのフォレスト・ローン墓地のハリー・ロー所長が、前代未聞の出来事に、ぶったまげて直々に手紙を書いて寄越したのだとか。


 確かに・・そういう出来事を実際に間近で目撃したら・・驚きますよね。

 ( この本の最終ページに「 パラマハンサ・ヨガナンダの遺体に見られた不朽現象 」 というページが設けられていまして公式資料の一つとして詳述されていました。

 人間生まれた以上、絶対に避けて通れないのが´死´でして

両親から聞き及んだ生きざまを知るにつけ尊敬するようになった私の祖母は私が3歳の時胃がんで亡くなったらしいのですが
それを看取った両親の話では・・末期の頃は、それはそれは苦しく悲惨だったらしく
体も小さくなりモルヒネ投与しても見てても痛々しく動悸がするくらい辛そうで、苦しみ抜いたと幾度も聞かされています。


それで、理想的な逝き方・・とかも、若いころから、よく考えることがあったんですけど・・

最初に、この本を読んだ時、ああ、こういう逝き方もあるのか・・これは人として理想的な逝き方ではないか・・と不思議な感覚と感慨に包まれたのを今でも・・今更ながら思い出します )


また


 この方はヨーガ行者として、はじめてキリスト教の根付いた欧米社会( 西洋世界 )にヨーガの真髄とキリスト教における原盤との本質一致を伝えたパイオニア・・源流中の源流的存在としても有名です。


( ヨーガを西洋世界に伝えたのはスワミ・ヴィヴェーカナンダのほうが、より早いとも言えなくもないですが
  大きなブームを巻き起こす熱源になったという点では、やはりこの方< ヨガナンダ >が該当するかと思われます )

 そういう点も評価されてインドにおいては、インド郵政省から記念切手が発行されるくらいインド国民から深く愛され尊敬されてもいるそうです。





 お読みになったことのない方は、読んでのお楽しみということで、核心をぼかして書いてみますが・・


 

 ヨギの志操、生き方、生きざまという全存在を賭けて


そのあり方から垣間見れる「 全章を透徹して流れる核心のメッセージ 」


以外には



「 愛( 師弟愛、家族愛、隣人愛 ) 」「 魅力的な人物との交流 」
「 関わる周りを幸せにする執り成し 」「 瞑想 」「 意志 」「 信念(信仰) 」、「 祈り 」
というサブ・テーマがヨギの生活体験から紡ぎ出されたものとして章の中に必ず織り込まれる形になってまして、それらを底支えする豊富なエピソードで章ごとに展開していきます。
ちらちら因果法則なども挿入されてますが・・





 例えば「 師弟愛( 愛 ) 」という点では、ムクンダ青年( ヨガナンダ師の幼名 )は ・・

 魅力的な人物・・・とりわけ聖者・・という噂を聞けば


 とても純粋で熱烈な求道性、探求の純粋性を示し労を惜しまず、せっせと足を運んで当事者( 魅力的な人物 )に直に会って話を伺いに行く・・
熱烈な求道心と行動力を随所で発揮しています。

 11歳の時に最愛の母親に早逝されるという悲劇にも遭い絶望にくれたりもしてますが、そんな中でも決して真理探究の手を緩めずに熱意を燃やし高校卒業後の一時修行先の僧院でもさらに探求に力を注いでいます。


 ですが、その僧院では、考え方の違いから折り合いが合わず他の学徒たちに激しく非難、罵倒され、敵視され、いたたまれない( 仲間はずれ・・四面楚歌的で孤独な・・イジメに類した情況 )に追い込まれたりもなさっていまして、、、


そういう試練の後の、切なる祈りの後に、お師匠( 導師 )に出会っています。


お読みいただければ、この御方の生きざまを通して

全体を通底して貫かれた「 核心メッセージ( 核心テーマ ) 」を

底支えするようにして以下のテーマ・・

 すなわち生活してる中で体験した「 愛( 師弟愛、家族愛、隣人愛 )の力 」、
「 魅力的な人物との交流により促される力 」「 関わる周りの苦を除き幸せにする執り成しの力 」
「 瞑想の力 」「 意志の力 」、「 信念(信仰)の力 」「 祈りの力 」

 これらが車輪を回転させて純粋な「 核心メッセージ( 核心テーマ ) 」を運ぶようにして各章が展開されていって「 因果法則 」などを挿入することで脇を固めてるな・・実にシンプルな構成だな・・ということに、すぐお気づきになると思いますので、そこには敢えて、これ以上はふれませんが・・

 


そういう核心テーマ以外で印象に残ったのは11章 ブリンダバンへの無銭旅行でして

この章に軽いショックを受けたのを覚えています。



どういうことにショックを受けたかと言いますと・・

( お読みいただいた方は、よくわかると思いますが )

11章 ブリンダバンへの無銭旅行のきっかけになった兄弟げんかのシーン

ヨガンナンダのお兄さんとヨガナンダは、和解するまでに、激しく対立し、いろんな兄弟げんかを繰り広げてるわけです・・


 兄であるアナンタ氏は勉強そっちのけで出家を切望し、ヒマラヤで修行したくて家出を繰り返す( 世間的尺度で観たら )親不孝の弟( ムクンダ青年<ヨガナンダジの幼名> )に業を煮やし・・


 自分の家に弟である<ヨガナンダジ>が一時滞在した機会に


 また議論をふっかけてまして


「お前は何というばかなんだ! 人生は長い!」


と言い放って

 ムクンダ青年( ヨガナンダジの幼名 )に兄の特権で説教し、〔 賭け 〕を申し出たわけですが・・



 アナンタという ( ヨガナンダジの )お兄さんは、


( 当方の計算では ) 〔 賭け 〕を申し出て・・
その後、感動的にヨガナンダと和解した日から数えて4年後くらい、、
ヨガナンダが21才の頃に病でお亡くなりになっています。( 涙 

 

この章を読んで、いくら健康に気を付けてても人の寿命なんてわからないとこもある・・
人知が及ぶ領域じゃない面もあるんじゃないか・・
旧約聖書のコヘレトの言葉12章1節の聖句がずーんと響いてきて
つくづく考えさせられたのを記憶してます。






あと、この章で考えさせられたのは

 ヨガナンダという御方はとても純潔で立派なご両親から生まれていますが

  
11章 ブリンダバンへの無銭旅行の章やらに出てくる同じ遺伝子を持つはずのお兄さんのアナンタという方は( ヨガナンダと )価値観やら考え方が全然・・というか180度違うことが不思議に映りました。


 もっともムクンダ青年( パラマハンサ・ヨガナンダの幼名 )の価値観のほうが
現代においても異質でして、日本においては、ヨガナンダのお兄さんのほうの生き方や価値観のほうが一般的で( 世俗的観点から見たら )親孝行でして( 世間的 )評価は高いのかもしれませんが、霊性の高さと言う点で、とにかく人間って遺伝子だけでは決まらない・・とつくづく感じたと申しますか・・


 

 
 また

 第12章 わが師のもとで という章も考えさせられました。

 この12章では、( 当時 )ヨガナンダ師( ムクンダ青年 )と同じ修行者の立場の
「 クマール 」という才気溢れる人物が出てきます。

 で



  この「 クマール 」という人物はヨガナンダ師( ムクンダ青年 )の師匠に当たるユクテスワ大師に素質を認められ1年ほど僧院で修行していたようですが


 あれこれあってユクテスワ大師のもとを去らざるを得なくなります。


 この本に登場するユクテスワ大師は、存命当時は、ほぼ無名で・・
亡くなられてから「 あるヨギの自叙伝 」の出版で少しずつ少しずつ知られていった方でしたが・・・

 ( お読みいただいた方はお分かりのように )天風哲人〔 中村三郎青年 〕が師事したカリアッパ聖者をも凌ぎかねない )相当に厳しく厳正、正直、親切な人格と圧倒的感化力

凶暴な野生のコブラをもアッという間に手なづけてしまったりとか・・

この方をよく知る人には覚者として知られていた方であったにもかかわらず


 その直弟子だったはずのクマールは・・あんなお師匠が側にいらっしゃって、直に指導されたのに肉性意識由来の不要残留本能心の整理や統御も含めて自己陶冶が出来なかったのか・・


 人格の練磨・・倫理的純潔性そして自己陶冶は、いくら類まれな覚者が傍にいらっしゃるという大きなアドバンテージを得てたとしても人任せで出来ることでは決してないし一朝一夕で出来ることでもない・・・

 日々心を新たにして行為や動機を正すのも大事なことだ・・・・と、本( 12章 )を読みながら私自身、反省的に考えさせられたのを覚えています。

 
 さらには


17章 サシと3つのサファイヤの章も考えさせられました。
 
 特に印象深かったのは懐疑主義で不可知論者の獣医のロイ氏には、今現在では、知る人ぞ知る伝説の聖者のユクテスワ大師を・・あの当時・・ただの平凡、凡俗な方としてしか肉眼の目に映すことが叶わず、それどころか・・蔑んでいたというエピソードです。

ロイ氏にしてみれば、情状酌量の余地は、微かにある・・
なぜなら、ユクテスワ大師は、亡くなられて以降も全く無名で、ごくごく一部の方にしか知られてなかったから・・

内的修行とか関心も無く、全くしたことがなく清まってない・・積極に磁化してない・・

あまりにも世間的価値尺度に染まってしまい、そういう視点でしか観れないと、曇らされて、そういう眼でしか見れない・・ということかもしれません。




 ですが・・ほんとまあ・・せっかく身近に、あんなリシ( レジェンド級の聖者・覚者 )がいらっしゃって、これまた聖者中の聖者として後年知られることになるヨガナンダジまでもが・・
ロイ氏の´及び知らぬところで´彼の幸せと内的成長のために執り成しをしてる。


( しかも当の獣医のロイ氏は、ヨガナンダジやユクテスワ大師らを端から馬鹿にして蔑んですらいるにもかかわらず・・)´彼の執り成しをして力を尽くしてもいる・・

 価値観を共有でき、謙譲の徳が備わってる( or 備わるに至った )方の場合はパラマハンサ・ヨガナンダという方と関われたという、ただ、その一点だけで、個人差はあるものの
蒙が拓かれ内的に成長し幸せに導かれる、きっかけを得ているわけです。


 なのにロイ氏は、こんなレジェンド級の聖者たちとあれほど物理的、時間的には身近に接する機会もあったのに・・


 上から目線で高飛車に接して、親切な忠告も聞けず・・
価値観や生活も全く改められずに・・恵みの´切れはし´しか貰えず・・
本来的巨大な恵みをこぼしてしまった・・ということです。

いくら恵みを享けれるような・・レジェンド級ともいえるような覚者が
( 物理的に )身近にいらっしゃっても

 価値観が違うと、肉眼の眼で見えても

知覚し感じられる世界なるものが違って

こうも結果が変わってしまうのか・・ 

いくら価値観は違えども・・それは背景があるからしょうがないとしても
人と交流する際は少なくとも心の頑迷さや傲慢性を干渉させ多様性を認める謙虚さを伸ばすことは、大事な徳目だとつくづく思った次第です。
 
 



読後の印象を要約するなら

この書は、ヨギの生きざま、生き方という世界を垣間見ることのできる書でして・・神秘現象・・神秘体験、、常軌を逸脱した非凡能力・・非凡現象が連続する内容に卒業試験等の( 誰もが経験したような )身近で共感できる出来事(の内容)などのオブラートをかけ織り交ぜ、さらにユーモアというので包み込んで

 ( 大事なこと・・中核のメッセージ )を溶けやすいオブラートに優しく包んでまして・・

読み手が( そのエッセンスを内服することで )蒙を破り啓発させ高いレベルに引き上げよう・・という熱誠のこもった筆致になっています。

 仕事や生活の言行や動機を正して日々の生活を調和に満ちたシンプルなものに仕向けようと精魂を尽くしている・・

 これぞ正に「 聖者直筆の本 」という印象です。



 こういう分野に探求熱があって興味のある方にとっては名著中の名著でしょう。
 

 あとは「 瞑想 」について深い理解が得られると思います。
今は、マインドフルネスなどの技法が話題になっていますが

 いかなる瞑想を為さっていようと・・・瞑想の目的をどこに置くべきか?その指針を与えられ
 どれくらい進展したか?そのガイド役にもなる。


ということで、かなりぼかしましたが・・以下のレビューや以下の記事なんかも参考にされたらよいと思います。

 あるヨギの自叙伝レビュー

 

※ちなみに聖典のなかのバイブル研究とかをライフワークでしてるような方でしたら

インドのヨーガ聖者がバイブルのなかの重要な聖句をどうとらえてるか?というのを知るのもよいと思います。実に圧巻でしたから。

 特に・・「 ヨハネの黙示録 1章10節〜 」の解釈や「 ヨハネによる福音書 14章26節 」等の人々を幸福に導くのに重要だけれども、これを解き明かすのは、まっこと困難な喩えを、現代人にも分かりやすく、あっさり・・しかも実際体験的に解いてるのに驚く方もいらっしゃるかと思います。

 なので、こういうことを長年苦労呻吟して解明に力を尽くしてきた方にとっては相当に美味しい書と思われます。 私も、ほんの少しだけ研究してきた経緯があるので・・これを知った時は、本当に嬉しく驚いたものですから・・





PS


 ヨガナンダを敬愛した天才たちは、ジョブズ以外にも多いです。

 この本は「 天才が愛した本 」という代名詞もつけることができるかもしれません。

 ですが、いくらある分野に強烈な才能を顕した天才であっても、瞑想を実践してもさしたる変化がなく挫折した方もいる・・相性もあるんやと思います。
 以下の記事も参考にしたらよいかと思ってます。

ヨガナンダを崇拝した天才たち