「 あるヨギの自叙伝 」は、行を完成したインドのヨギがヨギの素養のある方のために書いたヨギに関する本ですが、この書も「 口述書 」同様、かなり研究させていただいている貴重な書のひとつになっています。


 で・・実は・・この本「 あるヨギの自叙伝 」も、もう何年も前から読んでライフワークの一つとして研究していましたが・・ただ・・この本について、こういうレビューっぽいのを書く( 公開する )のは・・気乗りがしませんでした。



 その理由のひとつは、この本に記された内容が世間一般のコンセンサスを超えた驚くような神秘現象、奇跡が多い・・からでして
 理性的で論理的< 合理的 >な考え方を尊重している私のような人間にとっては思いっきり気乗りがしなかったことが理由です。


 それに学生〜就業し社会人になって数年までの頃に読みまくった膨大な読書リストの中に・・この「 あるヨギの自叙伝 」は入っていません。




 もし読んでいたとしても、世の中を騒がした某宗教団体の某事件が影響して・・

 あの当時は、ヨーガに、どうにも良い印象を持ってなかったので奇跡のオンパレードに嫌気がさし・・ただの興味本位の読み物として扱ってしまってたはずです。

 人それぞれ・・こういう本に出会ってスパークするのにベストなタイミングってのもあるのかもしれない。



 この本につきましては、じっくり腰を落ち着けて読むまでに、あれこれ紆余曲折もあります。


 現在のように、( 「 瞑想 」ということについて、ライフワーク的な研究も兼ねて、この本を傍( かたわら )において読む・・さらにズーッと前に
一度・・( その存在は知っていましたので )大きな書店で見つけたとき、ここに書いているほどはヨガナンダという方のことを知らなかったので


 読もうと思ってパラッと開いて2、3ページ目にある写真で( 神秘主義 )の匂いを何となく感じてしまい・・内心ウッとまず読み進めるのを躊躇し
結局、100ページくらいパラパラとめくって・・どうも馴染めない・・こりゃあかん・・と思って読むのを止めた( 購入するのも止めた )ことがありますので。




 超常能力的な部類のものは私の価値観とも合わないし・・

 そういう超能力を披歴するような類のものは危ういのじゃないかな?

 という漠とした不安みたいなのが私の無意識にあって抵抗、拒絶させたせいかもしれません。

 ( 全体をじっくり通読し、ヨガナンダが本書で最も伝えたいシンプルなメッセージを理解するように努めると、そういう超常能力の獲得を目指したり神秘主義に走る類のものでは決してない・・というのが判明し、安心したのでこうしてレビューをしてるわけですが・・・ )






ということで


この本の感想を書く前に


 先ず・・この本の著者であるヨガナンダという方のことについてふれてみます。





 
 この方をたった一言で表現するなら


 「 聖者中の聖者 」でしょう。



 近世以降に歴史が輩出してきた聖者・・覚者とされる方々のなかでも頭一つ( 否、頭2つくらい )飛びぬけていると表現しても決して言いすぎではないでしょう。



  


 聖者で偉大な魂と称された・・あのマハトマ・ガンジーが心から尊敬した方でもあります。


 ガンジーと言ったら・・知らない人の方が少ない・・インド独立の父・・
イギリス植民地統治下で、独立の為に「 非暴力、不服従運動 」を展開し、
幾度牢屋に入れられても信念と理想を曲げない・・

 インドとパキスタンがガンジーの願いに反して分離独立した後
 ヒンズー教徒と回教徒の激しい戦争的対立を鎮めるために・・

そんなことをしてもやるだけ無駄・・という周囲の反対を退け・・

 高齢なのに・・双方の戦闘行為がやむまで断食する・・・と宣言し

 無期限断食( いわゆる死の断食 )を決行して断食6日目、脈拍は50まで落ち込む・・



 その後、双方の戦闘が止んだことで断食を一時停止して体も弱っていたガンジーの細い体は
1948年1月30日ニューデリーにおいてヒンズー原理主義者による3発の凶弾に倒れましたが・・

 死の間際、ガンジーは、合掌した両手をあげています。

 これはヒンズー教で「 ( 私を銃で撃った )あなたを許します 」という無言の許し( 愛の身ぶり )の所作です。




 このように聖者として、とにかく・・いろんな伝説のある方です。

 そういう正真正銘の聖者であるガンジーが心から尊敬する・・という方がヨガナンダなのですから、どういう方かは、だいたい察しはつくでしょう。



 ちなみに
  
 ガンジーが心から尊敬したとか・・そんなのは、がせネタだろう!とお思いの方は、ガンジーのお墓がロサンゼルスにある事実から察してください。
 


ということで記事を本題に戻しますが・・



「 あるヨギの自叙伝 」では、ヨガナンダがお亡くなりになる( 体を離れる )1時間前の微笑を静かにたたえたお写真が掲載されていまして・・・
( 道を究め行を完成したヨギにはよくあることのようですが )亡くなる日時も、あらかじめ予見し、穏やかに微笑して臨終の瞬間を迎え

 かつ

 死後20日経っても、そのご遺体は、生き生きしていて
まるで安らかに眠っているかのように新鮮で崩壊現象が起こらなかったのだそうです。



 遺体安置をしていたロスアンゼルスのフォレスト・ローン墓地のハリー・ロー所長が、前代未聞の出来事に、ぶったまげて直々に手紙を書いて寄越したのだとか。


 確かに・・そういう出来事を実際に間近で目撃したら・・驚きますよね。

 ( この本の最終ページに「 パラマハンサ・ヨガナンダの遺体に見られた不朽現象 」 というページが設けられていまして公式資料の一つとして詳述されていました )


また


 この方はヨーガ行者として、はじめてキリスト教の根付いた欧米社会( 西洋世界 )にヨーガの真髄とキリスト教における原盤との本質一致を伝えたパイオニア・・源流中の源流的存在としても有名です。


( ヨーガを西洋世界に伝えたのはスワミ・ヴィヴェーカナンダのほうが、より早いとも言えなくもないですが
  大きなブームを巻き起こす熱源になったという点では、やはりこの方< ヨガナンダ >が該当するかと思われます )

 そういう点も評価されてインドにおいては、インド郵政省から記念切手が発行されるくらいインド国民から深く愛され尊敬されてもいるそうです。





 お読みになったことのない方は、読んでのお楽しみということで、核心をぼかして書いてみますが・・


 

 全章を透徹して流れる核心のメッセージ以外には
「 愛( 師弟愛、家族愛、隣人愛 ) 」、「 瞑想 」「 意志 」
「 信念(信仰) 」、「 祈り(願いを深く耕す) 」
というサブ・テーマが章の中に必ず織り込まれる形になってまして、それらを底支えする豊富なエピソードで章ごとに展開していきます。



「 師弟愛( 愛 ) 」という点では、ムクンダ青年( ヨガナンダ師の幼名 )は ・・

 聖者・・という噂を聞けば、師匠を尋ね歩いて自ら汗を流すというか・・

 労を惜しまず、せっせと足を運んで当事者に直に会って話を伺いに行く・・
熱烈な求道心と行動力を随所で発揮しています。

 修行先の僧院では、考え方の違いから折り合いが合わず激しく非難、罵倒され、他の学徒たちに敵視され
いたたまれない( 仲間はずれ・・四面楚歌的で孤独な・・イジメに類した情況 )に追い込まれたりもなさっていまして、そういう試練の後に師匠に出会っています。


お読みいただければ全体を貫く「 核心メッセージ( 核心テーマ ) 」を、底支えするようにして以下の4つのテーマ・・
 すなわち「 愛( 師弟愛、家族愛、隣人愛 )の力 」、「 瞑想の力 」
「 意志の力 」、「 信念(信仰)の力 」、「 祈り(願い)の力 」

 これらが車輪を回転させて純粋な「 核心メッセージ( 核心テーマ ) 」を運ぶようにして各章が展開されていってるな・・実にシンプルな構成だな・・ということに、すぐお気づきになると思いますので、そこには敢えて、これ以上はふれませんが・・

 


そういうテーマ以外で印象に残ったのは11章 ブリンダバンへの無銭旅行でして

この章に軽いショックを受けたのを覚えています。



どういうことにショックを受けたかと言いますと・・


「お前は何というばかなんだ! 人生は長い!」


と言い放って



 ムクンダ青年( ヨガナンダジの幼名 )に 説教し、〔 賭け 〕を申し出たアナンタという ( ヨガナンダジの )お兄さんは、( 当方の計算では )

 〔 賭け 〕を申し出た4年後くらい、、
ヨガナンダが21才の頃にお亡くなりになっています。( 涙 (汗

 

人の寿命なんてわからない・・人知が及ぶ領域じゃない・・旧約聖書のコヘレトの言葉12章1節の聖句がずーんと響いてきて、つくづく考えさせられたのを記憶してます。






あと、この章で考えさせられたのは

 ヨガナンダという御方はとても廉潔で立派なご両親から生まれていますが

  そういう高潔なご両親から生まれたにもかかわらず
11章 ブリンダバンへの無銭旅行の章やらに出てくる同じ遺伝子を持つはずのお兄さんのアナンタという方は( ヨガナンダと )価値観やら考え方が全然・・というか180度違うことが不思議に映りました。


 もっともムクンダ青年( パラマハンサ・ヨガナンダの幼名 )の価値観のほうが
現代においても異質でして、ヨガナンダのお兄さんのほうの価値観で過ごしてる方が大半ではないかと思いますが・・


 人間は遺伝子だけでは決まらない・・出合い( 縁 )を生かすことや動機を日々正しつつ地道な自己研鑽を行うのは大事だな・・と思いました。


 
 また

 第12章 わが師のもとで という章も考えさせられました。

 この12章では、( 当時 )ヨガナンダ師( ムクンダ青年 )と同じ修行者の立場の「 クマール 」という才気溢れる魅力的な人物が出てきます。

 で



  この「 クマール 」という人物はヨガナンダ師( ムクンダ青年 )の師匠に当たるユクテスワ大師に素質を認められ1年ほど僧院で修行していたようですが


 あれこれあってユクテスワ大師のもとを去らざるを得なくなります。


 この本に登場するユクテスワ大師は、存命当時は、ほぼ無名で・・亡くなられてから「 あるヨギの自叙伝 」の出版で少しずつ少しずつ知られて行った方でしたが・・・

 ( お読みいただいた方はお分かりのように )天風哲人〔 中村三郎青年 〕が師事したカリアッパ聖者をも凌ぎかねない )謹厳、正直、親切な人格と圧倒的感化力

凶暴な野生のコブラをもアッという間に手なづけてしまったりとか・・

この方をよく知る人には覚者として知られていた方であったにもかかわらず


 その直弟子だったはずのクマールは・・あんなお師匠が側にいらっしゃって、直に指導されたのに肉性意識由来の不要残留本能心の整理や統御も含めて自己陶冶が出来なかったのか・・


 人格の練磨・・そして自己陶冶は、いくら類まれな覚者が傍にいらっしゃるという大きなアドバンテージを得てたとしても人任せで出来ることでは決してないし一朝一夕で出来ることでもない・・・

 動機を正すのも大事なことだ・・・・と、本( 12章 )を読みながら私自身、反省的に考えさせられたのを覚えています。

 
 さらには


17章 サシと3つのサファイヤの章も考えさせられました。
 
 特に印象深かったのは懐疑主義で不可知論者の獣医のロイ氏には、今現在では、知る人ぞ知る伝説の聖者のユクテスワ大師を・・あの当時・・ただの平凡、凡俗な方としてしか肉眼の目に映すことが叶わず、それどころか・・蔑んでいたというエピソードです。

ロイ氏にしてみれば、情状酌量の余地は、微かにある・・
なぜなら、ユクテスワ大師は、亡くなられて以降も全く無名で、ごくごく一部の方にしか知られてなかったから・・

内的修行とか関心も無く、全くしたことがなく清まってない・・

世間的価値尺度でしか見れないと、曇らされて、そういう眼でしか見れない・・ということかもしれません。




 ですが・・ほんとまあ・・せっかく身近に、あんなリシ( レジェンド級の聖者・覚者 )がいらっしゃって、これまた聖者中の聖者として後年知られることになるヨガナンダジまでもが・・
ロイ氏の´及び知らぬところで´彼の執り成しをしてる。


( しかも当のロイ氏は、ヨガナンダジやユクテスワ大師らを端から馬鹿にして蔑んですらいるにもかかわらず・・)´彼の執り成しをして力を尽くしてもいる・・



 それに加えて身近に接する機会もあったのに・・


 上から目線で接して、親切な忠告も聞けず・・生活も全く改められずに・・恵みの´切れはし´しか貰えず・・本来的巨大な恵みをこぼしてしまった・・ということです。

 
心の頑迷さや傲慢性を干渉させ謙虚さを伸ばすことは大事な徳目だと思った次第です。
 
 



読後の印象を要約するなら

この書は、神秘現象・・神秘体験、、常軌を逸脱した非凡能力・・非凡現象やらのビックリと卒業試験等の( 誰もが経験したような )身近で共感できる出来事を織り交ぜたユーモアという二重の包みで

 ( 大事なこと・・中核のメッセージ )を溶けやすいオブラートに優しく包んで・・

 「 愛( 師弟愛、家族愛、隣人愛 ) 」、「 瞑想 」、「 意志 」
「 信念 」「 祈り 」
というテーマを、そこに必ず調合することで読み手を啓発させ高いレベルに引き上げよう・・という熱意にあふれた筆致になっています。

 仕事や生活の動機を正して日々の生活を調和に満ちたシンプルなものに仕向けようと精魂を尽くしている・・

 これぞ正に「 聖者直筆の本 」という印象です。



 こういう分野に興味のある方にとっては名著の一つだと思います。


 それに・・これを読んだら瞑想の独習は危険であるとか・・

 業(ごう)<カルマ>を清めるためには多額の寄付をしなければ救われない・・とか・・

 とにかくそういった団体の常套文句に「 防波堤 」を作ることも出来ると思いますので気になる方は先ずは公共図書館で借りてもよいのではないでしょうか?

 特に「 瞑想 」については、いかなる瞑想を為さっていようと・・・瞑想の目的をどこに置くべきか?その指針を与えられ、どれくらい進展したか?そのガイド役にもなると思っています。


ということで、かなりぼかしましたが・・以下のレビューなんかも参考にされたらよいと思います。

あるヨギの自叙伝  Amazon.co.jp カスタマーレビュー
 
「 読む瞑想 」にもなると思いますので、お薦めかと思います。

2014年以降ペーパーバック版も出てまして、内容は変わらずで価格も半額程度になってます。

 ペーパーバックでありながら・・それでもレンガみたいな厚さの本でして・・持ち運びしやすいとは決して言えませんが (上製本)に比べて持ち運びしやすくなったのではないでしょうか?

 私は、ハードカバー (上製本)を持ってまして、未だに傍にある貴重な本の一つになっています。




なお、超常能力云々や神秘主義に走る類のものでは決してないです。


 本を読んで、読んだ人が、その本をどう捉えるか?その感じ方や理解、解釈の仕方・・心に響くところは、さまざまかと思われますが、ヨガナンダが本書で最も伝えたいことは、実にシンプルで素朴・・平凡なことだと私は確信しています。 

 理性にあまりにも偏重した現代人は忘れがちですが・・

 だから、世界的名著として、こんこんと読み継がれているのだと思います。


※ちなみに聖典のなかの聖書研究とかしてる方でしたら

インドのヨーガ聖者が聖書のなかの重要な聖句をどうとらえてるか?というのを知るのもよいと思います。
実に圧巻でしたから。

 特に・・「 ヨハネの黙示録 1章10節 」や「 ヨハネによる福音書 14章26節 」等の人々を幸福に導くのに重要だけれども、これを解き明かすのは、まっこと困難な喩えを、現代人にも分かりやすく、あっさり・・しかも実際体験的に解いてるのに驚く方もいらっしゃるかと思います。

 なので、こういうことを長年苦労呻吟して解明に力を尽くしてきた方にとっては相当に美味しい書と思われます。 私も、ほんの少しだけ研究してきた経緯があるので・・これを知った時は、本当に嬉しく驚いたものですから・・