自身のライフワークのひとつが、私自身が研鑽し研究するなかで、もっと簡単で確実な新しい( 汎用性のある単純な方法 )を発見、創案するということ以外に
天風哲人の心身統一法(道)との連結( つながり )の中で、さまざまな方法を( いろんな書物の未消化な部分は態度保留にし )
鷹揚・・緩やかに認めて互いの方法の共通性と差異を明確にしつつ
長所や短所を峻別し
包括的に、抽出調和し庶民的な無難なルートの探索と( 探索した内容を )紹介するということです。
そういうコンセプトも一部にありますので、( かなり力不足・・というのは重々自覚しつつ )「 あるヨギの自叙伝 」について感じたことを書いてみようと思います。
で・・実は・・この本「 あるヨギの自叙伝 」も、もう何年も前から読んでいまして・・ただ・・この本について、こういうレビューっぽいのを書くのは・・気乗りがしませんでした。
その理由のひとつは、この書も( 知る人ぞ知る名著・・と言うか・・定番中の定番 )なのですが、記された内容が
理性や論理を超えた
ビックリ現象が多い・・からでして山崎弁栄上人にまつわるエピソード以上の・・事実は小説よりも奇なり!
という諺( ことわざ )は、まさに、この本のためにある!というような非凡、非日常的な目撃談やら非凡現象がテンコ盛りということが
( 気乗りがしなかった理由のひとつ )として挙げられます。
ですので、親しい人にコソコソ紹介するならともかく・・このような不特定多数の方が閲覧するインターネットの仮想空間の場において、この書についてあれこれ書く場合は・・( 細心の注意が要ると言いますか )人によっては・・頭ごなしに否定したり、反発されかねない( そういう類のメールを送られかねない )・・と思ったからです。
まあ、それは仕方ない・・そこは覚悟の上としましても
もうひとつの理由は、( かなりエラソーな書き方で申し訳ないですが )この書は・・とても精妙で非常に崇( たか )い内容ですので、( 大衆小説的に楽しむだけならともかく )こういった不特定多数の方が閲覧できるかたちで紹介して・・
この書がきっかけで・・( 不特定多数のなかから )この書に書いている精妙な瞑想法とかに興味を持って
何の下準備もなく、順序というか・・助走期間というか・・十分なリバウンド回避の緩衝装置無く・・そういったのに取り組む気になったら・・
( 個人的には )好ましくないというか・・何でもかんでも知らせればいい・・伝えればいい・・というものでは無いのじゃないかな?
というポリシーも自分自身のなかにありましたので。
( ※とりあえず、天風哲人の心身統一法的生活がドッシリ根付いていれば、それが緩衝、媒介装置になると思いますので・・書く気になったというのもあります )
そして・・
これが最大の理由なのですが・・要するに私自身の整理、咀嚼力不足というのがあります。_| ̄|○
ですが、( 2009 8月現在 )心身統一法のことを4年以上コッテリ書いた土台みたいなのもあるので、何となく・・これも紹介してもいいかな・・という気がしてきましたので
どんな人に読んでもらいたいかも含めて( 核心部分は外して )
感想とあらすじみたいなのを伝えればいい・・後の判断は読者の方にお任せすればいいかな・・というスタンスで書きます。
・・・同じ本を読んでも・・
どこが響くか?なあんていうのは人によって違うし、同じ人が読んでも時節によって
響く箇所やら味わいが違ったりしますし・・
そんなことは誰にもわかりませんので。
さて
この「 あるヨギの自叙伝 」という本をこのブログで初めて知った・・という方は( そういう方は少ないかもしれませんが )
「 あるヨギの自叙伝 」のカスタマー・レビュー
の
評価の高さ( ほぼ全員が・・最高評価の星5つ )にも、驚くことと思います。
この本の著者であるヨガナンダ師は、日本人初のヨーガ直伝者とされている中村天風師のようなある意味、( ぶっちゃけ )鉄砲玉の如き無茶苦茶な生涯
( 特にカリアッパ聖者に出会う前の生活 )とは、かなり趣( おもむき )が異なり・・幼少の頃から非常に高い精神性を示し摩訶不思議な宿命的な導きが色濃く滲み出た生涯を生きた偉大なる聖人です。
清く純粋、純潔で、そばに寄るのが・・はばかると言いますか・・傷、汚れがないと言いますか・・
※「 あるヨギの自叙伝 」にもお亡くなりになる1時間前の微笑をたたえたお写真が掲載されています。
( 道を究めたヨギにはよくあることのようですが )お亡くなりになることも、あらかじめ予知し、満足しきって微笑してお亡くなりになり、かつ、死後20日経っても
師の遺体は新鮮で崩壊現象が起こらなかったのだとか。
それのみならず腐敗臭すらしなかったそうでして、師の遺体安置をしていたロスアンゼルスのフォレスト・ローン墓地のハリー・ロー所長がぶったまげて
直々に手紙を書いて寄越したのだそうです。
( この自伝書 の最終ページに「 パラマハンサ・ヨガナンダの遺体に見られた不朽現象 」 というページが設けられていまして詳述されていました )
また
ヨーガ行者として、はじめて欧米( 西洋世界 )にヨーガの真髄を伝えたパイオニア的存在としても有名で
SRF( Self-Realization Fellowship )という公益法人の団体を設立した方( 1920年に設立 )でもあります。
ちなみに、中村天風師の場合は、日本人として、はじめてインドの聖者カリアッパ師からヨーガ哲学の行を指導され
日本人として、はじめてヨーガの真髄を( 持ち帰って )日本人に伝えた方ということも出来ます。
それに・・・統一医哲学会という天風会の前身の団体を設立したのが1919年ですので奇妙な一致点があります。
それはさておき
ヨガナンダ師は、インドにおいては、インド郵政省から記念切手が発行されるくらいインド国民から愛され、聖者の一人として尊敬されてもいるそうです。
ですが、( ヨガナンダ師は )師の遺体にまでも( 物質法則を超えた )神秘的な奇跡現象を生じさせ、切手になるくらいに、広くインド国民に崇敬されている・・
そんな聖者であるにもかかわらず
( 本書「 あるヨギの自叙伝 」では )
人間臭くて親しみやすい・・思わずニンマリとしてしまう微笑ましい一面を随所で見せてくれます。( 特に、求道中 )
それに
この御方( ヨガナンダ師の俗名 ムクンダ青年 )は、天風哲人( 中村青年 )が、悲観のどん底で出遭ったカリアッパ聖者級の聖者にゴロゴロ出合います・・というか
聖者・・という噂を聞けば、自ら汗を流すというか・・労を惜しまず・・足を運んで当事者に直に会って話を伺いに行く・・熱烈な求道心と行動力を見せますが
周りが見えていないというか・・突進的・・直情的な求道者にありがちな
どこか微笑ましい直線的な行動やらも多いです。( ´_ゝ`)ノ
また、( 最初の )修行先の僧院で折り合いが合わず非難され、他の学徒たちに敵視され
いたたまれない( 仲間はずれ・・四面楚歌的な・・イジメに類した情況 )に追い込まれたりなさっています。
それに、このヨガナンダという御方は、( 悟りきったような超然としたところが無く )聖者に似合わない親しみやすさというか試練にぶち当たって苦悶したり、人間くさい・・
深い思い遣りに根ざした苦悩の大涙をポタポタ流したり・・実に生々しく描写しています。
論理的な思考やらに馴れた方にとっては、あまりに非常識に映じるかもしれませんが
先覚者とも言えるヨギには、この世界がどう映じているのか?
何を感じ、どう世界を捉え、何を思いながら生活をしているか?
等について
垣間見ることのできる貴重な書であり
諄々と読むことで、ヨガナンダ師( ムクンダ青年 )の学びと成長の過程や純真無垢な求道者的視点・・さらには、行を完成した高徳のヨギらしい生き方
価値観( 何を重要視しているか? )、ものの見方、視点、内的姿勢を
ハッと反省させられますし
( 諄々と読むことで・・〔 写真もふんだんに盛り込まれていますので 〕 )臨場感たっぷりに追体験させられ内的世界が豊かに拡がって
新たな視点と方向性を与えられ、新たな活力が磁化されると共に心境を加速的に進ませる・・きっかけになるのじゃないかな?と思います。
※これが「 本 」の持つ魅力というか醍醐味のひとつですよね。
聖者の一生涯の歩みのなかでの学びや体験を( 速読ができる方でしたら15分くらいで追想できるし )
じっくり味わって読む方は1週間くらいで、そのエッセンスを追体験できるのですから。
※ちなみに、私の場合は、この本は速読せず、味読しました。
今でも時々チラ読みしています。
英語のものもチラと拝見しましたが
( 語彙力以前のところにも問題があるのか )
こらーーーーっ!っていうくらい、訳すのが難しかったです。( 特に注釈の部分 )
原書で読むのは、挫折してしまいました。_| ̄|○
私のように神秘現象や奇跡とかが好きでない方にとっては
この書で説明され、ヨガナンダ師が遭遇し實体験した奇跡的、神秘な内容は
全て真実なのだろうか?一体どこからどこまでが真実なのか?と訝( いぶか )しく思うかもしれません。
正直、真偽判定不能で、これは、トンデモ本だ!空想話だ!・・単なる夢物語・・ヨタ話として一笑して、さっさと片付けることも容易だと思います。
内容も、親しみやすくユーモアに溢れているとはいえ、非常に高尚でして最初からイキナリ・・ポーーーーンと高い所に行って大気圏外・・
最後まで地上に落ちず・・大気圏外キープ
と言いますか
( ※ビックリするっていうのは、脳にもよいみたいだし、本来の我の発現をブロックしている思い込みを手放す刺激剤になるのじゃないかな?とも思いました )
また
この本につきましては・・じっくり腰を落ち着けて読むまでに・・あれこれ紆余曲折もあります。
・・現在のように、( ライフワーク的な研究も兼ねて )この本を傍( かたわら )において読む・・さらにズーーーーーッと前に
一度・・( その存在は知っていましたので )大きな書店で見つけたとき、読もうと思ってパラッと開いて2、3ページ目にある写真で、まず読み進めるのを躊躇し
結局、20ページくらいパラパラとめくって・・どうも馴染めない・・と思って読むのを止めた( 購入するのも止めた )ことがありますので。
( ※天風哲人の方法も、ヨーガの行法が昇華され、その一部が組み込まれ、西洋の心理的技法とも融合して、それらが程好く調和された方法ですが、身体訓練を主としたヨーガならともかく〔 師子相伝的 〕タントラ・ヨーガ的部類のものはアブナイ・・という漠然とした潜在観念みたいなのが
〔 私の無意識に 〕あって抵抗させたせいかもしれません・・全ページをきちんと読んでみると、そういう方向性のものではなかったことが判明したのですが・・ )
それに
日本人的な風土、土壌と習俗からすると・・この書は、( かなり入りにくい・・取っ付き難い・・なじみにくい )ことは否めませんし、抵抗を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし・・そこは差し引きましても
★均衡の取れた霊性満足の生活を強く求める方
あるいは
★キリスト教、仏教、神道とかの宗教、宗派を超えて、そういうのを問わず、本源に対する憧憬と言いますか・・を呼び覚まし信念の原点に立ち還りたい方
また、どういう時にお読みになったらいいと思ったかと申しますと
★享楽的、刹那的、拝金主義的、物質的な事柄ばかりに心がうろちょろして生活がややもすると押し潰され、押し流されそうな時
★生きることにちょっと疲れた時
★仕事やあれこれの雑事に追われ、我を見失いかけそうになった時
★いろんなテクニックに辟易している時
自然に高い境地にクラリと方向転換させ心境の進化を促してくれる稀有な力を持った本のひとつなのではないか?と思いました。
本書は、( 求めている方にとっては )大きな力となってくれるのではないか?と思います。
また・・より積極的には
★人間の可能性というかにビックリして脳をグラングラン揺さぶりたい時
★新たなインスピレーションを得たいとき
にも有効に機能してくれるのではないかと思います。
それに
読む人を飽きさせない
小説として読んでも悲哀のなかの純朴で切実な家族愛あり、あまりに気高く美しい師弟愛、ちょっとお茶目で切ない兄弟愛あり・・・
悲劇や内的葛藤も適度にスパイスされてますが全体的には愉快、痛快な明るいトーンとリズムが流れていて十分に楽しめます。
オマケにインドの壮大な歴史やら古典、ガンジー、ルーサー・バーバンク等の偉人伝秘話、量子力学とかも新しい観点から学べて思わぬ教養が身につくかもしれません。
また
天風哲人は、飼い馴らしていない虎の檻に入って虎の頭をポンポンと叩いたそうで・・その証拠写真まで残っているそうですが
この本では、ソーホン・スワミというヨギと捕獲直後の野生の虎( ←しかも野生の虎を空腹状態にさせるという信じられない人非道的シチュエーション )での
臨場感溢れる格闘技もあります。
人間っていうのは、万物の霊長なのだな・・というのが具体的に染みてくるというか・・。
ちなみに
以前紹介したこともあるスティーブ・ジョブズ( Apple社の創設者 )
なんていう方は、ITの申し子のような人物ですが
10代のころから禅とヒッピー思想に傾倒していて、挙句の果ては
インド放浪の旅に出て断食や瞑想にふけっていたというのはあまりに有名な話で
この「 あるヨギの自叙伝 」やら「 人間の永遠の探求 」( 何れもパラマハンサ・ヨガナンダ著 )を座右の書としているのだそうです。
スティーブ・ジョブズが苦難を乗り越えた、たった一つの習慣
ジョブズの、あの型にはまらない・・人をグイグイ惹きつけて虜にする名スピーチは、これらの書がインスピレーションを与えているのではないでしょうか?
エルビス・プレスリーやビートルズのメンバーのジョージ・ハリソンまでも
( ビートルズに至ってはCDのジャケットに使うくらい )この本に強い影響を受けたようです。
この本を読んで魂の奥底から高揚を覚えたり思わず涙がポトリと落ちたら
それは、あなたの魂に沈潜する( 仏性 )を思慕してやまない大生命と言いますか・・大生命が貴方のために大事に大事にとっておいた
妙なる贈り物( Gift )と言いますか
祝福の温笑の顕れなのかもしれません。
とりあえず・・この本を読んで最初っから抵抗やら拒絶なくビンゴ!っていう方は・・相当に素朴できれいな生き方をしてきた方・・じゃなかろうかと思います。
体験上・・述書とかをお読みになって・・
心身統一法( 道 )がシッカリ、ジックリなじんでいたら、精神至上主義にならないと思いますし
心身統一法( 道 )が安全装置として働いてくれて
自分ひとりだけで、これが絶対だ!と決め込んで、他人の考えに全く耳を貸さない独り善がりに陥ったり、尊大、誇大妄想に陥ることも無いはずですので
あるヨギの自叙伝
も生命の実相と同様、( 条件付きで )お奨めです。
天風哲人の体系化した方法( 心身統一法 )と方法の比較研究をするのも面白いのじゃないかと思います。
天風先生とヨガナンダ師のことにつきましては、速読のことでもチラと書いたことがありますが、見るのも好きじゃない・・・実際のところ、いまだに書き込みすらしたことがない・・書き込みする方法もわからない・・書き込み方法が、わかっても書き込みしたくない
某巨大掲示板でも( 先日何ヶ月かぶりにチラっと覗いてみたら )あれこれ議論されているようでした。( 2009 8月現在 )
私も、興味がありましたので、この本を読んで理念やらコンセプトとか方法の比較をしてみましたが、「 あるヨギの自叙伝 」のなかで掲げられている理念と言いますかは・・
天風哲人が述書で掲げている生き方、理念と殆ど同じです。
バランスの取れた( 当たり前の日常生活 )を大事にするという点でも。
ですが、ヨガナンダ師の方法は、ラージャ・ヨガという瞑想技法を道具( 手段 )にしたものですが、天風哲人の方法よりも
より高度に肉体感覚からの動揺や心の波を鎮める技術が要求されるのではないかと思います。
それに、天風哲人が定義し、扱っている心身統一法の守備範囲と言いますか
〔 領域 〕よりも、もっと高等で繊細、精妙な領域を扱っているように思います。
天風哲人の心身統一法のほうが、粗雑な領域を扱っていると言いますか・・。
※粗雑だから駄目・・精妙だから勝っている・・という訳ではないですので誤解のないようにお願いします。
高く繊細、精妙な領域を扱うには、ある種の進歩のステージというか段階をきちんと均( なら )して段階を踏んだ素地( 下地 )がないと
ヨガナンダ師の提唱するより繊細な心の領域を扱う技法を道具にしてイキナリというのは
一般にかなり無理があると言いますか・・雲の上と言いますか・・天風哲人の方法と相互補完できるのじゃないかな・・ともフト思いました。
このことを書いていったら、ずるずると100ページくらい書いてしまいそうなので止めます。
また
この「 あるヨギの自叙伝 」では、大師匠であるユクテスワ大師やらムクンダ青年( ヨガナンダ師 )が求道行脚の過程で出合う聖者との間で交わされる
ヨギ同士の( 感覚や心の自縄自縛・・迷妄を破り、我を肉体や心から解( ほど )いて高く広々した境涯にパッと叩き上げる絶妙な会話 )が
( 述書より )濃密、濃厚です。
天風哲人の心身制御法は、私のように特別な素養がなくとも
・・偉い人だけじゃなく
庶民でも出来るように・・しかも日本人に馴染むように方法を洗練し、体系的、科学的に( 方法を )システム化しています。
( これが私から言わせると・・いたーーーーい所・・難しい所に柔らかいクッションをこさえて険しい道を歩みやすいようにお掃除して整地してくれた天風っていうお爺さんに
スゲーーーーーーーーーって最も尊敬と敬愛・・思慕の念すら感じるところですが )
ですが、この方法も、もとを辿っていったら
天風哲人の場合も・・カリアッパ聖者の元での3年近い( ネパールとインドの国境のカンチェンジュンガ山っていう山奥の巨大で神秘的・・・壮大なスケールの自然のなか )での生半可ではない・・肉体練磨の修行と精神修養
さらには( 師弟の間で交わされる絶妙の会話をパイプにして巨大な滝に打たれながらの行とか )で心の蒙昧を破り、心の上位の幽玄微妙な生かす力に氣づくことで得られた強い大歓喜が( 心身統一法の骨格と言うか原点 )になっているのじゃないか?と観ています。
※まあ、天風先生の方法は、そういう山篭り的なことをしないでも、ふつーーの生活のなかで粛々と・・だけど、真剣にやってれば・・( そういう荒行的なことをしなくても )しぜーーんに調和した生活になっていく修行法ですが
そうとは言え、天風哲人も( カリアッパ聖者との )絶妙のやり取りのなかで、悟らされたことが土台になっていることは疑いようがないですから、( 「 あるヨギの自叙伝 」に散見される )ヨギ同士の( 予想もできないような方向からの1つか2つの簡単な質問でパッ、パッと高く自由自在な広々した境涯に達入させる絶妙な会話 )が
( 述書より )濃密・・というのは( 私と同じく述書で味をしめたであろう )マニアには堪らないところかもしれません。
「 生命の実相 」ファンの方も、この書と比較研究したら、思わぬ収穫というか・・同じ方が書いたのじゃないか?とフト思ってしまうくらい
生命の実相の中核について、ほぼ同じことを違う表現で述べていますので「 生命の実相 」で説かれている内容が
一層腑に落ち、プカリと鮮やかに浮かび上がって・・根底に横たわる絶対一致点と言いますか・・が遡上し、新鮮な発見( 再発見 )があるかもしれません。
神懸り的引用力と文章に英知的解毒力がある「 生命の実相 」においてさえ、この自伝書で随所に引用されているヴェーダの思想やマハーバーラタ、ラーマーヤナ等の
古代インドの哲学的、神話的叙事詩からの引用は、全くされていませんので。
まあ、これも・・もしかしたら万人にお奨めという代物ではないのかもしれませんし、熟成させなけければならない期間が必要なのかもしれませんけど。
お読みになったことのない方は、読んでのお楽しみということでレビューも核心部分は外して書きますが
私自身が、それ( 核心部分 )以外で、なんとなく感じたのは
第12章 わが師のもとで という章です。
この章では、( 当時 )ヨガナンダ師( ムクンダ青年 )と同じ修行者の立場の「 クマール 」という才気溢れる魅力的な人物が出てきます。
で
この「 クマール 」という人物はヨガナンダ師( ムクンダ青年 )の師匠に当たるユクテスワ大師に素質を認められ寵愛を一身に受けて
1年ほど寝食を共にしていたのですが
あれこれあって酒色、卑俗な誘惑に溺れて悪習に染まって氣品というかを失ってユクテスワ大師の下を去らざるを得なくなります。
ヨガナンダ師の師匠に当たるユクテスワ大師は、( お読みいただいた方はお分かりのように天風哲人〔 中村三郎青年 〕が師事したカリアッパ大師をも凌ぎかねない )
謹厳、正直、親切な人格と圧倒的感化力、人智を超えた非凡な能力のある覚者であるにもかかわらず
その大師匠の薫陶を直( じか )に受け、ムクンダ青年も授けられた、( 本書にもチラと紹介されていまして、天風哲人が扱っている心身統一法の守備範囲と言いますか
〔 領域 〕よりも、もっと高度で精妙、デリケートな領域を扱う )あるヨガの秘伝的かつ科学的行法も伝授されていたはずなのに・・そうであってすらも
直弟子だった( クマールは )不要残留本能心の整理や統御も含めて・・自己改善が出来なかったのか・・
と本( 12章 )を読みながら私自身悲しくなりましたし、心身統御・・ひいては自己改造というのは・・方法を知って実践しなかったら、
やはり、困難な道なのかもしれないな・・というのを改めて痛感しました。
ここまで、こってり( 核心は外しつつ )長所的なレビューしてきました。
ですので一市民として、あくまでユーザー目線で短所的なことも敢えて書くなら
やはり、感動はしても・・( 一市民として )あまりに非日常的・・の感は否定できません。
それに、この書は ( 前述しましたように )
天風哲人が定義している心身統一法よりも
より精妙な領域を担当していて
社会的成功を収めているとか・・高い地位にあるだとか、名誉を得ているとか全く関係なく
ホモサピエンス( 人間 )として観て、心身精錬が出来ていて、相当に洗練された生活の土台がある方じゃないと
実際問題・・フィットさせるのが困難ではないか?
この書で解説されている行法も非常に単純だけれども、精妙であるが故に、( 土台がしっかりしていないと )尚更、この行法での本来の性能を発揮するのは、相当に難しいのじゃないかな?
とフト思いました。
また
意志の発祥点についての言及や
具体的に・・
心身を( 我 )の召使い・・従僕として統御し得る
最高権能の意志の力をどう煥発するのか?
あるいは
欲望の整理と操縦法
心身統御法についての具体的な言及が
「 あるヨギの自叙伝 」には無いから・・です。
ですが
雑事に追われながらも平静を保つ心身制御のための科学的ヨガ技法の解説や超意識に止まるヒントも説明されていますので、述書を読んで・・実践し
自然に順応した生活が習いになって整った土台がある方・・述書以外で・・憧憬というか・・渇仰がある・・と言う方は
この書も比較研究してみてもいいかもしれません。
※ただし、昔からのヨギの禁令で、この「 あるヨギの自叙伝 」のみでは、心身の生命力を高める科学的ヨガ技法の完全な説明を、し尽くすことは許されてないそうですので、その点はご了承ください。
また
本筋以外で感心したのは
第45章 ベンガルの ” 至福に至る少女 ”の
アナンダモイ・マー女史の神秘的で魅力的な表情とその黒い瞳の純粋な美しさです。
白黒写真がありまして、吸い込まれるというか・・親しみやすそうでいて、どこか他を寄せ付けない雰囲気というかに思わず見入ってしまいました。
名画モナリザの微笑よりも美しいと私は思いましたので、アナンダモイ・マー女史の神秘的な微笑だけを見てみたいと思った方は、図書館で借りて、その部分
第45章の終わり辺りの( 白黒写真 )だけ見てもいいかもしれません。( 汗
※モイ・マー女史を一言で言うと、現代医学が諦め、放り出したような不治の難病をも癒した「 スーパー・ヒーラー 」と言い換えてもいいかもしれません。
ですが、そんな彼女も癒せない・・というか・・癒すことを許されていない病があったそうで、治せない場合は、( 一瞥で )あなたは理由があって病になっているし、あなたの深いところでは、病が治ることを望んでいない・・治すことも許されていない・・ときっぱり断わったり
「 生き方 」を改めるように優しく諭したりしたこともあったのだとか。
※聖典やら古典の比較研究資料という点でも価値ある一冊です。
ヨギがヨギの立場で、その生活の仕方や着眼点、師から学んだことやら実体験したことを、いろんな古典、聖典( 聖書やらマハーバーラタ、バガヴァッド・ギーター等 )から
縦横無尽に引用して( 真髄 )を穿っています。
旧約、及び新約聖書等の聖句をヨギの視点で新しい角度から解釈をしていて圧巻です。
フロイトらの発見したイド( エス )の本能的欲動の聖書学的な解釈とか
実際の生活体験に根ざしたことを実名、写真入り・・( 写真が90枚くらい盛り込まれている )で執筆していますのでリアリティや迫力も満点です。
( 研究比較する上で )欄外の小さな細かい文字で書かれた注釈などが私にとっては値千金の参考資料のひとつになりました。
心( Mind )というのは単に物質的な脳( Brain )に依存してのみ働くものではないこと
トランス・パーソナル心理学等で、( 学究的には )かろうじてその存在が認められている超意識( Over soul )とは何か?
何故?そこ( 超意識 )を目指す必要があるのか?
超意識は、催眠状態やら暗示誘導で得られる・・様々な意識状態がある「 変性意識 」とは全く異なる意識状態であり
潜在意識や顕在意識・・といった・・意識水準やら意識層を全一的に包含し統合する機能があるとされていますが
その超意識について
変性意識とかとの決定的な違いを明確にしつつ具体的、科学的に、どのように自己意識を引き上げて到達するのか?
到達するだけでなく、どう留まって、その不動状態を日常の雑事、雑踏のなかで、( 維持する )のか?ということにまで踏み込んでいます。
また
西欧が先鞭をとってきた人間の意識の研究・・現代神経心理学やら精神分析学は、人間の心の下部に流れる潜在意識を研究することで
解離性障害等のアブノーマルな行為の原因や説明は出来ても、ノーマルを超えた献身的、かつ崇高な行為等の説明は・・全くお手上げ・・手付かず状態というのが現状のようです。
※これらのノーマルを超えた崇高な行為は超意識という領域が関与している・・ともされています。
そういう点でも、現代神経心理学やら精神分析学は、インド哲学に未だ追いついていないし・・
探求する方向も誤っているのではないのかな?という危惧すら感じました。
余談ですが
ヨガナンダ師( 「 あるヨギの自叙伝 」の著者 )も、天風哲人同様Paramahansa Yogananda Sleep ( How to Sleep correctly )という貴重な動画で
私たちの寝入りばなの気持ちを心配事から離して呼吸を整えて・・正す、直し( correct )て平安に向けることを薦めています。
何れにしろ、私の場合は、( 2009 8月現在 )やや遊離してルート探索をしていまして
朝日の光による観念更改法 とかのページにも書きましたように遊離した方法も創案しています。
ですが、そうは言っても天風哲人の心身統一道( 法 )を土台に据えるという
基本コンセプトと路線は変わっていないです。
長所やら短所・・あれこれ織り交ぜながら・・ああだこうだ書きました。
この
あるヨギの自叙伝
は
稀有で貴重な書であることは間違いないですので、ご関心のある方は
静々と、お読みになってもいいのではないでしょうか?(・◇・)ゞ
非常に強い力のある・・時代や国境を超えた普遍性のある名著のひとつです。
「 あるヨギの自叙伝 」は、人を安心させ、自他を高める清冽で明るく尊い高級な言葉が高純度に精製濃縮されて配合されていますので
こういった
真理の言葉の力に深い信頼を寄せる人にとっては「 成功の実現 」とかの述書、「 生命の実相 」同様
所持してチラ読みするだけでも心身に何らかの好ましい影響を与える書の一つと言えるのかもしれません。
固執観念を破るのにも、よい本です。
この本の聴覚教材( テープ学習 )と言いますか・・
Autobiography of a Yogi - Audio Book narrated by Sir Ben Kingsley
もありますが、あんまり高くない・・ですね。
Amazon.co.jpの洋書コーナーでも購入できるようです。
英語がアメリカ人並みにシッカリ出来てインド哲学とかヨーガとかに造詣の深い方はこちら( 洋書 )のほうがいいかもしれません。
ただ・・専門用語が満載ですし・・( 既に、お読みの方はお分かりのように )この本の翻訳は、かなり難しいはずでして・・
日本人の方で興味のある方は、やはり、
まずは日本語訳されたものを( 公共図書館で )借りて、お読みになって、手元に置きたくなったら改めて( 英語原書 あるいは、日本語訳の
あるヨギの自叙伝
)の購入を検討されたらいいかもしれません。
PS
最後の最後に
この書は、世俗的成功とかが・・なんだか無性にツマラナイ・・実に馬鹿馬鹿しく思えてしまう・・惧れがございますので、十分ご注意くださいませ。( 合掌 )
( 関連記事 )
「 成功の実現 」、「 あるヨギの自叙伝 」、「 生命の実相 」の微妙なバランス