aamall

2009年07月09日

【 愚痴、ぼやき等、否定的な言葉の修正法 】「 ありがとう の 言葉の力 」





【 愚痴、ぼやき等、否定的な言葉の修正法 】「 ありがとう の 言葉の力 」



メルマガやらブログをよく読んでいらっしゃる読者の方から

Q 「 岡崎さんは、サイトやらでも( ありがとうございます )という感謝と調和をもたらす言葉の使い方の重要性を説いていますが



 どれくらいこのシンプルな言葉を自らに言い聞かせ響かせましたか? 」というご質問がありました。



 



私( 岡崎 )の場合は、すぐに愚痴やら、ぼやき、不平不満、否定的な言葉を口に出してしまう癖があって



それを直したいと思っていましたので





ずいぶん以前( 何年も前 )に

しっかり記録を取って行為の誇張・増幅フィードバックしたことがあります。



習慣の慣性力が発生し、形成されやすいように



 最初の3週間、連続実践し



さらに4ヶ月間延長して





厳密な記録をしたのは4ヶ月間だけですので

正確な回数は把握していませんが



歩行瞑想みたいな感じで、散歩のとき( 1日 15分〜20分くらい )に

景色やら草花の存在を楽しみつつ・・てくてく歩きながら、やり始めました。







歩行瞑想っていうのは



足が地面を離れ、移動し、再び地面に着く、そのような足の動きに注意を向け



体の動きに伴って生ずる身体感覚( 体感 )に氣づいて

「 今 」に在る感覚を養う方法です。







散歩のときに、足が地面を離れて( 着地する身体刺激と同時に )

《 ありがとうございます 》 と心のなかで呟き 







現在の事柄について

喜び( 恩恵 )を数え

《 ありがとうございます 》という言葉で嬉しいなぁという気分を盛り上げ増幅したり









これから起こることに対する調和的なことに対して予約を入れるような感じで





感謝の言葉( ありがとう )の言い聞かせをしていた時期がありました。









2009年現在で 50万回以上は平凡な生活をして、いろんな出来事に遭遇し体験していくなかで

言い聞かせ、響かせたかもしれません。







( 散歩のときが殆どで、特に意識して

やっていたのが2005年〜2006年で、現在は、何となく口癖になって、馴染んでいるようなので、特に意識的には、やってません )









ただ



天風先生が寝床に入る前に行なっていた儀式は、私( 岡崎 )も今でも

ずーーーっと続けています。



天風哲人は



 「 今日1日、本当にありがとうございました。ほんとうに嬉しく、ありがたく、これから休ませていただきます。 」

 と満面の笑みを浮かべてシンミリ口に出して





お前は信念が強くなる! と呟いて寝床に入っていらっしゃったようですので。







正直な本音は



散歩とかでテクテク歩きながら



「 ありがとう 」あるいは「 ありがとうございます 」と呟くことは





口先だけの・・形式的な( ありがとう )・・であっても・・不平不満や愚痴、小言をブツクサ言うよりは



「 ありがとう 」のほうが自らも気持ちが明るく軽くなっていいし





これを口癖にしたほうが人と接する際、咄嗟に出る( 無言でも想う )言葉が

有難う・・だったら



相手も気持ちいいよね・っていうような軽いノリで始めました。







散歩のときにちょっと想うようにすれば



誰に迷惑かけるわけでもないし・・ということで



















一方で





今から振り返れば



少なく見積もっても50万回以上も、口先だけ・・あるいはシンミリ・・言い聞かせ、響かせるツモリは当初はなかったです。( 汗

暇ではないし、そんな時間はねぇ!!と思っていました。

ですが



1日15分〜20分でも、ちょっと工夫し

ずっと継続できるしくみを心にセットするというか



施しておけば・・暇はなくても出来るし





ときどき、ブラインド・ウォーク等をして目を瞑って

脳裏に映った残像を頼りに



20歩くらい歩いたりして

変化をつけたりしました。





塵も積もれば山となる

ということかもしれません。





バカの一つ覚え・・あんたバカだな・・と言われれば・・ソレマデ・・でして



 実際、バカなのかもしれません。( あっ!カミング・アウト )(汗









とりあえず





今では、( 私のような人間でも )



積極的な言葉を臨機応変に使うことが( 以前より )上手になっていきましたので

習慣慣性の追い風気流が発生する( しくみ )を知って

習慣慣性力を応用するというのは、意外に凄いのかもしれません。













ありがとう、有難い という言葉の力 につきましては



先日、コンビニエンス・ストアに入ったら PHPという

松下幸之助氏によって創設された出版社が発行している雑誌が



ふと目につきまして



パラパラめくったら

以下の記事がありましたので抜粋引用します。



 記事を執筆した方は



 超ロングセラー漫画「 ガラスの仮面 」 で有名な漫画家 美内すずえさんです。











PHP No734 2009 7月号  特集 心が晴れる言葉、元気になれる言葉

p25〜p26から引用



( ここから )



( 忘れていた「 ありがとう」の姿 )



「 ありがとう 」は、感謝の心を伝える言葉だが、日本人はこの

「 ありがとう 」を様々な形で表現してきた民族ではないか、とわたしは思う。



 ある冬の寒い朝、締め切り間際になってもまだ漫画のストーリーがまとまらず、

駅前の喫茶店で仕事をしようと、徹夜のまま道を急いでいたときだった。

ふいに通りのシャッターが開いた。



出てきた初老のおじさんが、朝日に向かってパンパンと拍手を打ち、その手を合わせたまま目を閉じ、頭を下げたのである。

 それからすぐにシャッターを押し上げて全開にし、店の準備を始めた。



 ハッとなった。



 もうすっかり忘れていた光景だった。



 わたしは子供の頃、大阪の鉄工所の多い下町に住んでいた。



 床屋をやっていた父は、毎朝起きるとすぐ店の入り口の戸を開けて、道端に出、

 朝の太陽に向かって拍手を打った。



 それは太陽への挨拶のように見えた。



 そしてほんの少し黙って頭を下げるのだが、たまに言葉をつぶやくことがあって、

それはいつも

「 ありがとうございます 」だった。



 太陽を拝みながら、父は別に商売繁盛を祈っていたわけではない。

 欲も得もなく、ただお天道さまに「 ありがとう 」だったのである。



 今日も明るく照らしてくれて、ありがとう。

 今日も生かしてくれてありがとう。



 自分たちが生きていられるのは、すべて太陽さんのおかげ。



 だから、太陽さんありがとう、なのだ。



 そして町内のあちこちから、ガラガラと戸を開ける音とともに、太陽を拝する拍手の音が聞こえてきた。



 珍しくもないあたりまえの朝の光景。



 もういったい、いつからこんな光景を目にしなくなったのだろうか。





( すべてに感謝する心を持つ )



 数年前、九州を旅したとき、ある山の中で小さな神社に出会った。

 

 たしか「 牛馬神社 」だったと記憶している。



 由緒札には、村人たちが長年使役してきた牛や馬の苦労に感謝して、

その魂を祀ったとあった。



 むろん神社とあるからには、生きている牛馬の守り神にもなっている。

 



その神社は、村人たちのために働いて死んでいった牛馬への



「 ありがとう 」の表れである。



 ( 中略 )





少し前まで確かにあった日本の「 ありがとう 」は、太陽や大自然や

動物や道具にまで及んでいて、これは本当にものすごいことだ。



総てのものに感謝して生きる日本の「 ありがとう 」を今一度見つめたいと思う。



 ( ここまで )













太陽さん・・照らしてくれてありがとう・・と朝日を拝する・・というのは





もっと簡単に



不要残留性本能心を整理しつつ



積極精神を強める庶民的・・かつ単純な方法はないかなぁ・・ と





執念というか・・馬鹿みたいに真剣に求めて・・やっと閃いた方法( 仮称 旭日の光による観念要素の更改 以下のページにFAQ6として追加 )とほぼ一緒・・というのが・・興味深かったですし





朝日の光による観念更改法







たまたまパラパラめくったなかに見つけた雑誌( PHP )の記事は

サイトにも書いている「 ありがとう 」の言葉の力とも関係( リンク )している

と思いましたので今回、引用させていただきました。











 私の母方の祖母( おばあちゃん )も私が小さい頃





  昼間とかに道端でバッタリ会うと



  ニコニコ・・チャーミングな笑顔で

  ●●ちゃん・・( ← 私の下の名前 )



おてんとうさまに感謝、感謝ね・・と言ってまして







 あの当時は・・私は、( 不遜、不徳にも )

この・・一見・・能天気で愚かにみえた、おばあちゃんは・・

そんなにエライと思っていなかったのですが・・





相当に長生き( 90歳以上 )もしましたし、恨み言や小言、愚痴、不平不満を聞いたことが無かったし





いつもニコニコ・・チアフリーなおばあちゃんで・・





今から思えば・・かなりエライ御方



人生の達人だったのかもしれません。(汗

 

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