ジーニアスQuest

 読んで頂いた方が、心の管理法や目標達成力を培うためのパワフルな方法
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  や速読など能力開発等の記事をアップしています。     

テスラ サイバートラック EVのイーロン・マスク氏のデモは炎上と話題性を狙った高度なやらせ( フェイク、演出 )では? 


   ↑ ↑ ↑
これは世界的に話題になった動画なのですが
天才中の天才のイーロンマスク氏が、こんな失態をするのだろうか?
と不思議に思っています。
私は、ヒビ割れの仕方やぶつかった瞬間の鉄球の音の響き方からして
耐久性を検証するためにデモに使われた車の窓ガラスは、
アーマー・ガラスではなく
話題性を見込んで、わざわざヒビ割れを想定済みの´一般のもの´をつけてたのではないか?と推測しています。
( 理由は後述します )

イーロンマスク氏は天才中の天才とされてる方なので
赤っ恥も見越した愛ある茶目っ気の炎上商法だったのかもしれない。


結果的に


この発表( デモ )が世界的に話題になり

直後にテスラは7%株価が下がりましたが
ABCニュースだけでなく、あのBBCにまで取り上げられて
世界的に宣伝され20万台の注文が入ったそうです。




なぜ、エンターテインメント的なやらせ(fake)の可能性があるか?

私が疑問を抱いた理由をこれからいくつか説明します。




Fakeの可能性を感じたのは

「テスラ サイバートラック 発表会 ライブ」全体を
You tubeで見たときの違和感です。



全体をとおしで見ると問題の窓ガラスにひびが入るデモの前に
アーマーガラスの耐久性デモがあり

4m程度の高さから鉄球を落としても
ヒビひとつ入らないデモがありました。

10分21秒くらいから、そのデモが始まります。



この時の鉄球の自由落下の速さを高校物理程度の知識で

ざっと計算してみると4mからの自由落下で計算し終速 時速31


これに対して実演デモでデザイナーの方が同じ鉄球を窓ガラスに向けて投げたスピードは
動画を見る限り、一投目が、おおよそ時速60~70
2投目が、おおよそ時速50~55
運動エネルギーとしては自由落下の時と比べて
窓ガラスにぶつけたときの衝撃エネルギーは約3~4倍になりますが
ヒビ割れの仕方や窓ガラスに鉄球が当たった直後の音(の響き方)からして
デモに使った車に本当にアーマー・ガラスが使われていたか疑問が残ります。




アーマーガラスを使った鉄球の自由落下による耐久性の検証デモ実験を拝見する限り
着地速度 時速60勸幣紊砲覆襦々發15mで落として衝撃エネルギーを
4mから落としたときの約4倍にしたとき
アーマーガラスにヒビが実際に入るイメージ・・
( 何度もイメージの仮想空間の中で実験のシュミレートをしても )
私には、ひび割れせず無傷で跳ね返るイメージしか出ませんでした。




自由落下のデモに使ったアーマーガラスに鉄球がぶつかった瞬間、刹那の音と
デモとして使った車の窓ガラスに鉄球がぶつかった瞬間の音(の周波数、響き方)も違う。


自由落下の鉄球の場合は、アーマー・ガラスにぶつかった瞬間に
金属ほどではないにしろ高い周波数の音が多く出ており違いが顕著。

車の窓ガラスのほうはヒビが入ったから鈍い音になったのだろう・・
という仮説も立てられなくもないですが、
たとえヒビが入ったからとて
鉄球がぶつかった時に全く高周波の衝撃音が出てないのは不自然です。




参考までに

以下がサイバートラックの車の窓ガラスの耐久テストの別の比較デモ画面です。
Vwゴルフとサイバートラックの窓ガラスの耐久を比較した動画です。

500gの鉄球が窓ガラスに当たった瞬間の音の衝撃音の周波数が、
鉄球の自由落下の耐久テストのアーマーグラスの衝撃音と酷似してるのを確認できる一方で
問題のあった車のデモの時に投げて当てた際のガラスの衝撃音の響きが
以下と全く違うことがわかります。







なおイーロンマスク氏は、後にツイッターで

割れた原因は手順にあり

「最初に前方のドアを大型ハンマーで思いっきり叩いたことで
窓ガラスの見えない部分が損傷し
車の窓ガラスの耐久性が落ち
鉄球を軽く投げた程度の衝撃で窓が割れることになった。

鉄球を窓ガラスにぶつける→前方ドアを大型ハンマーで叩く

という順番なら割れなかったはず」。

と説明し

鉄球を投げても割れてない動画までアップしています。




ですがデモ動画を改めてよく見ると


大型ハンマーで強く叩いていない影響が少ないはずの後部の窓ガラスも
軽く鉄球を投げてすら著しいヒビが入ってます。





ですのでイーロン氏の説明には矛盾があります。



それに、もし全く想定しておらず実際にこういう信じられないハプニングが起こったら

いくら場慣れしてる百戦錬磨の方でも
一瞬、動きや呼吸が止まって筋肉が強張り表情も強張るはずです。


ですが、想定外の事態が起きる前と起きた後のプレゼンター( デザイナー )の動きを
動画を止めたりして注意深く観察する限りでは
ハプニングが起きた後のデザイナーの方に筋肉の強張りや呼吸の乱れを全く
一瞬すら観察することが出来ません。

デザイナーはもちろんイーロンマスク氏も余裕綽々で
表情が強張ったり緊張もせず淀みなくリラックスしてデモを続けています。(´∀`)




以上のようなことを考え合わせると

わざわざヒビが入りやすい耐久性の低い、違う材質のものを
公開デモで用いた可能性が高い


わざと失態を演じる遊び心と笑いと話題性を提供した高度なフェイクと私は見ています。





むしろ話題にさせることを緻密に計算し
世界的赤っ恥覚悟の道化を演じる炎上商法を狙った大博打( 演出 )だったとしたら、
そっちのほうが凄いし
エンターテナーとしても笑いを提供していて超一流ですね。(´∀`)

私は織り込み済みと考えてますが
もし、想定外だったとしたらトラブルに対し
凄い神対応をしたお手本と言えるでしょう。




PS

私の推測違いで、もし仮に、本当に想定外、失態だったとしても
イーロンマスク氏は天才中の天才だから、あり得ない・・ということから、
こういう深読みの忖度記事を私みたいに書いてもらえる方もいるってことになるし
天才は得ですね。(´∀`)



満たされやすい神経生理状態を自ら作るメソッドと幸福感との微妙な関係( DV、いじめ対策 )

読者の方々から、サイトの実践絡みでご質問があり、自分なりにお答えしたものを
かいつまんで一部抜粋編集、内容を要約して記事にしてみます。
Iさん、ご質問ありがとうございます。

※なお個人的なメールのやり取りなので一部伏字にしています。



<ご質問( 抜粋要約 )>

>●●●●は今一つですが、△△△△は、毎日実践中です。
>◇◇◇◇も行っております。

効果とか考えずに打ち込んでいったらよいと思います。


長い目で見ないとわからないとこがありますから。

自身の些末な体験で言えば
私の場合は日々の生活を幸福に活かすのに必要な条件(土台石)を
しっかり作ってくれる方法である心身統一法を実践するのと並行して

求聞持真言120万回(100万回+20万回)という行をやったことがあるのですが

100万遍まで積み上げる4年と少しの間
やってる途中で辛いことや苦しいこと、不幸なこと、理不尽に思えることが無かったか?

と言ったら無かったとは決して言えないんです。


しかし大きな目で包括的に観ると

転機の一つになったという実感はありますから。

               
>人間性もよく、周りにも気くばりでき、ボランティア精神も人一倍ある方なのに、
>家ではDV,子どもさんは鬱・・そして息子さんもDV・・・そんな方もいます。
>なぜですかね・・・
>この疑問を持って40年くらい・・・

私も十代半ば位の頃から
人それぞれの綾なす人間の運命はオギャーと生まれた瞬間、刹那に

玉つきのように全てが物理的な法則のごとく機械的に決まっていて、何をしても無駄なのか?
それとも運命更改のスペースはあるのか?
あるとすれば、どういうルートとファクターがあるのか?というのは、よく考えてました。


運命更改なんてそんな簡単なものではないし畏れ多い領域。
未だにエニグマ( 謎 )と思っていますが・・

その前提の上で

あくまで私の場合の考えでは、


生まれたときの周囲の環境、世相、家庭環境、遺伝、親、親戚、兄弟、友人を含めて、
個々の運命もこれまでの経験、教育の感化影響を大きく受けるだろう
というのはそのとおりですが

本人がどういう人に出会い、どういうものを学ぶか?

どう学んで実践していくか?ということによって
進化向上が早まったり、頓挫したり、停滞どころか
退転して痛手を負う場合もある・・
そういうのを経ながら

出会う人も変わっていくし
境遇や運命も

( 後天的努力で速まったり、逆に頓挫、停滞、後退をし

進化軌道から脱線し手ひどい痛みや反省を経たりすることはあれども )

変え得て好転化していけるスペースは開かれている。



内面の( 肉体感覚由来の苦を超え感情のコントロールもしてくれる )
霊性由来の意志力を煥発させ本人の後天的努力によって
生命生存力を昂進させ少しずつ心(身)の力を掘り起こして
自己の本性を悟って深めていくことができれば
進化向上が急加速され
運ばれていく運命や境遇も少しずつ更改されて

心身が楽化し生活も、どこがどうということもなく好転し拓けていく

「 自由裁量の力とスペース 」というのが本人に秘蔵され、
そのスペースも自ら閉ざさない限り常に開かれている


という考え方です。

( あくまで理論、理想論で、そんな簡単なものではないと思っていますが・・ )


なお全て機械的に決まってるということではないのなら


さらに踏み込んで

どういうファクターが生命を好転化させる運命更改に関与し

どういうルートがあるのか?

感覚の苦を越え感情をコントロールできる霊性由来の意志力( Will Power )は
どうしたら煥発できて
どういう機序で心・・ひいては深く染み込んだ逆進化に堕そうとする習慣を
運命が拓けていくよい方向、理想的な方向に、いかにコントロールさせていけるのか?

さらには後天的努力が運ばれてくる根本的運命修正にどれくらい寄与してるのか?

といったことにも強い問題意識がありIさん同様、
私も十代くらいから漠然と考え熱心に探求していたことがあります。





これから書くことも、あくまで仮説に過ぎませんが





人それぞれの運命、運気というのには本人の後天的努力以外のファクターとして

大きな運気の流れという点では連なってきた、
ご先祖さまとかの徳分とか( 逆に不徳分 )とかも

血脈を受けた本人( 子孫 )の運氣や生活に
善きにつけ悪しきにつけ良縁や逆縁をもたらしたりして
幾ばくか関与してるのではないか?と思うことがあります。



( ご先祖様がらみの徳分もしくは不徳分が、
その子孫である当の本人の運命や運勢、生活に良縁、逆縁の形で与える%は
直感的には25%くらいと私は見積もってますが )

ご先祖さまの連関、徳分( 不徳分 )が本人の運命にいかに影響するか?という点では

「 公平の不公平の公平 」
「 天網恢恢疎にして漏らさず 」
「 積善の家に余慶あり 」

という故事成語もありますよね。


この故事のなかの´ 積善の徳 ´の例を挙げるならば

明治の偉人のおひとり大久保利通翁のことを、すぐに思いつくので

例示してみますが



この方は、言わずと知れた明治維新の立役者のおひとりというのは

よくご存じかと思います。

この御方の清廉潔白ぶりや仕事の姿勢は凄まじかったと言われていて

豪胆かつ磊落で知られた、あの伊藤博文公ですら、
大久保公の前では一書生のように縮こまって震え上がっていた
といわれるほどです。

それほど謹厳実直な大久保公でしたが

「大久保利通は私利私欲のために政治を牛耳っている」。
「大久保翁は贅沢をしている」。

という、よからぬ噂が立てられ

47歳の時に理不尽にも暗殺されてしまいました。

凄惨極まりない最期だったと聞いています。


しかも「 贅沢して私利私欲を肥やしてる 」という噂が立っていた件についても

いざ蓋を開けてみると

贅沢どころか´借金まみれで火だるま´だったという意外な事実が明らかにされています。


没後の大久保公の財産は現金140円( 現在の貨幣価値で約280万円 )の遺産に過ぎず

内務卿という当時の最高権力者のひとり
という位置に君臨していたにもかかわらず

ささやかな財産に対して借金は、資産の50倍以上の8,000円
( 現在の貨幣価値換算で約1億6千万円 )の借金があり、

それ以外の財産も全て抵当に入って差し押さえ一歩手前だったそうです。


では、なぜ?そこまで大きな借金を抱えていたかと申しますと

明治政府は貧しかったため、予算のつかない公共事業に対して
それを遂行するのに大久保翁は生活を切り詰め私財を投じ

国の借金を個人で埋めることまでして
国を発展させ優れた国にするために滅私奉公していたから
というのが多額の借金の理由です。




さて、そんなにまでして生活を切り詰め国の発展のために
身を粉にして尽くしていたのに
有らぬ誤解をされ不平士族の不満の標的になり

あまりにも無念なことに志半ばで倒れたわけで


どれほどの無念だったろうか・・と思うと
胸が押しつぶれてしまうような気持になるのですが・・




大久保公の国の未来を念(おも)い私利私欲を離れて
身を削って生活を削り莫大な借金を背負って私財を投じ
借金までしたお金の使い道を含めた至誠の徳分

これが´何らかの見えざる高次の天の理´を動かすと申しますか

何らかの天の代償作用、補償作用として働かないと

それこそ理不尽、大不公平で悲憤慷慨、慟哭ものでしょう。

本当に天の公理、公則なんて働いてるのかしらん?って
真面目に生きようとする人ほど疑心暗鬼に駆られるでしょう。


事実として善良で誠実であるのは生き方( 生命の活かし方 )としては
簡単そうで実に難しいわけで

そういうのがないのなら、

だれでも、生命の活かし方としては一番容易な

利己的で欲望のままに生きる道を選ぶでしょうし

偉人の生き方を見習おうと奮闘努力する人もいなくなるでしょう。




そういうのを踏まえた上で

では本当に「 天網恢恢疎にして漏らさず 」

「 積善の家に余慶あり 」


という天の見えざる高次の法則が働いてるのか?

確かめる手段の一つとして

大久保翁に連なったご子孫の方を調べてみたらよいです。

果たしてお金に困ってたりしてお金とかの面を含めて
不堅実で身を持ち崩したりして不遇な子孫の方が多いか否か?

今はインターネットが発達してるから、すぐに調べられますから。

( 尤もお金の面で苦労しなくたって、
それ以外の障礙や苦労だってあるわけですし )


私的、個人的には、お金云々で楽よりも
旧世代の自分たちより悪辣な要素が少なく障礙を遺さず、より天に近い・・
霊性<徳性>の高い子供たちを
いかに紡いで大宇宙の進化向上の経綸を為していけれるか?だと思ってますけど・・


そういう私的見解はさておき

話を進めますが

ただ恐らくは大概の読者の方が、仮説とは言え
そういうのを知ったって煮え切らない・・
決して嬉しいとも思わない・・という感想を漏らし
斜めに見る方も多いと私は思っています。

なぜなら

ご先祖さま絡みのことが
幾ばくか善なる発展の縁( または、その反対に守りが薄くて
積善の徳のあるご先祖の元に生まれた方と比べたら
障碍が多く潜在意識にも影響し逆縁になること )や運命に影響する可能性があるのを知ったって

誰もが大久保公のように国の未来を憂い莫大な借金を背負って
自身を火だるまにしてまで身を削り生活を削り
国の発展のために尽くすようなご先祖をいただいてはいないでしょう。

って言いますか‥その延長で子孫にも繁栄をもたらす因を遺す方なんて大河の一滴ほどに少ない・・そんな人はあまりにも少ないでしょう。

当の本人が、その家庭( 家系 )に生まれるのだって
何らかの課題と因果があって´ 選んで生まれている ´という形而上の仮説もあるくらいです。
( 徳の高い家に生まれたご子孫だって不遇や放埓は少ない傾向があったとして、それ以外の障礙や苦悩があって苦労しないということは決してないでしょうし・・ )

それに人それぞれの命の器ってのはあるでしょう。


恐らくはIさんにとって本当に本音のとこで知りたいのは
( 追記で・・ 読者の方もそうだと思いますが )

運命を好転せしめるのに

当の本人、自分自身が一体全体´なにをどうしたら
自らの欠点や逆進化に堕そうとする悪習慣を克服し
よくない流れを変え得るほどの・・

言い換えれば心身を取り扱い連想を方向づけ監督し得るほどの意志の力
( Will Power )を煥発できて

心を取り締まり不遇な境遇や運命に遭った際も

ぺっちゃんこになって、腐ってしまい

自棄になって二度と立ち上がれなくなるのではなく

小さなことにもうっとりできるような感受性を養い

かつ逆境のなかから恵みを探し乗り越えれるほどの
意志と心の力( 信念の力 )を強く耕し

意識の力の数百倍の力があるとされ

様々な未来を創り出す運命の胎盤とも云うべき潜在意識を佳きほうに薫習し

自力で切り拓いて好転化していけるか?´という事であり

そっちのほうを知らなきゃ

実際問題、世の中、善いご先祖様ばかりじゃない・・

ここまで生命を紡いでくださったことに後孫として
御先祖様に感謝は必須とは言え

なかには天の道理を弁えず
悪辣で不道徳なことをして悪因縁を山のように積んできた御先祖様だっていらっしゃって
それに連なる血脈の子孫の潜在意識に負の因果として影響してることだってあるでしょう。

なぜなら利己的で欲望のままに生きるのは容易ですから

その血脈の子孫で、何らかの理由と課題を背負って徳分の薄い、
守りの少ない家系に生を享けてる方だっているだろうし

( 仮説とは言え )御先祖様がらみのことが
その血脈を受けた子孫の潜在意識や運の勢いに幾ばくか影響があるという
可能性がある事を知ったって

俺にとっては、そんなの何の慰みにもならない・・

先祖の徳分??・・そんなの知っても俺にはどうにもならん・・
と白々しく感じる方だって多いはずですよね。

御先祖の徳分、不徳分とか関係なく
´今の立場で運を拓き好転させ状況を変えるために

自力の力を高める


当の自分自身ができることを知りたいな
´

というのが本音ではないでしょうか?



それを考える際のひとつの視点

先ずDV加害者視点から見た際


DV加害者になってもおかしくない似たような境遇に陥っても、
心が乱暴になったり腐ったり自棄になったり愚痴塗れで陰気になったりしない。

決して心を消極化させず不幸を招く応報的な悪因、不幸な因を積む
DVのごとき攻撃的で粗暴な消極的な振る舞いをしない。

邪な誘惑に陥らず悪習に流されず

恬淡と明るく朗らかに生活し境遇を円く昇華している方もいるという

厳然とした事実に気づくことも大事と考えます。


実際に世の中には、もし自分が、そういう立場に陥ったら
´自棄になって恨みや愚痴に囚われ心が消極化しても致し方ない´といえるような
ハンディを背負い、降ってわいたような困難、悲惨な境遇に落ち込んでも
「 事柄 」にぺちゃんこになったりしない。

心が強く尊く積極的、建設的で決して心が粗暴化しない方だっていますよね。


DVなどというのは抽象化すると境遇や運命に対する抵抗力がなく

要するに心が消極化しやすく

「 満たされてない、満たされやすい神経生命状態ではないから 」でしょう。

もしDVを繰り返す方のように欲求不満性が強く気が消耗され易く
足るを知れず感覚の欲に振り回され悪習にも流され
ヤケになって不幸福の道に突貫しやすく

かつ器質的に心が乱暴、愚痴などの消極に傾きやすい・・

不平不満や恨みの虜になり怠惰、自棄になり攻撃的で自己分析も出来ず
知足も弁えられず周りの消極的行動や振る舞いにも流され易い
所謂心の消極性が強い・・

そういうふうな心根で幸福を能造建設する力がなく

外界の環境から恵みや幸福をくみ取れず

消極化しやすく、すぐに自棄になって

忍耐力もなく

すぐに他人に不満をぶつけるという行動として表し
すぐに攻撃的になる・・

そういう不幸の連鎖に陥りやすい衝動傾向の強い心根の方が

夕暮の空を飛んで行く鷺(さぎ)をふっと見るだけで、その美しさにわれを忘れ

ほんの小さなありふれたことにすら小恍惚( マイナーエクスタシー )に
ふっと浸らせることができるような ・・


以前にも紹介したヴァイニング夫人のごとく

心がフッと受けにまわった刹那に外界の印象の中から
いわゆる積極のものを感受し発見しやすい

満たされやすい豊かな感性と神経生理(神経生命)状態を作り保ってたら

決してそうはならないし、なれないでしょう。

( 参考記事 小恍惚がしばしば起こるときがほんとうの自己が伸びているとき 
その他参考文献
       ↑ ↑ ↑
( ヴァイニング夫人は心身統一法は知らなかったから
恐らく別ルート・・推定では、この御方のご両親の家庭教育が格別優れていたのと、
ご自身の信仰と心がけの努力ルートだと私は秘かに分析しています。
恐らくは感謝の祈りとかを就寝前に捧げて日課にしておられたのではないかと )



では、DVを働くような不幸福を感じやすい方々とは対極の・・

ヴァイニング夫人のごとき満たされやすい豊かな感性と神経生理(神経生命)状態を
私たちのような、ごく一般の人間がしっかり作り保つのに際し、
実際に、どうしたらよい?ってことになります。

一般的には、ここで99・999%思考停止です。

それ以上深めることはできず諦めるしかありません。

しかし、そういうことについて世界中の誰よりも苦しみ悩み抜いて
世界の2/3を尋ねまわって
心を取り締まれなくなる原因を探り出し既に方法を体系化している方がいるというのを知ったら

それは朗報になるでしょう。

そのアプローチ( ルート )の一つとして

心身を作り替える事のできる< 対象格 >と観て
本能心と理性心を懐柔させ肉体の快苦をこえたとこから出て
苦を楽にする感情のコントロールもしてくれる意志の力を煥発し易くし

その一方で感覚の欲に振り回されたり愚痴や不満に陥り難くし

かつ

神経生命状態を良好なものに出来るよう自助的に作ってエネルギーを高め

発展軌道に乗せ、欠点を克服し長所につなげる方法を主体的に学んで

自ら(悪習やら欠点)を変える地道な努力をする。


自力の底力をぶち上げること

その実際のノウハウを知って丁寧に実践継続する

というのが流れを変え運命を好転させる王道ルートのひとつになるというのは、



原因探求以上のHow to Doの´当たらずとも遠からず´の
解決に向けた指摘とも言えますよね。

( 結局のとこ、そういうのを100年前に体系化してくださってる
中村天風という方の編み出した心身統一法を熱心に研究し実践するってのが
私が知り得る限り王道ルートだよ
・・
って結論になるわけで、結果が出ない人は研究と深い実践が足りないと思うので
もっと深く研究、研鑽したほうがよいですよ・・
という、いつもの結論になるわけですけど・・)



さらにDV被害者の視点から観ても

被害者の方が人間性もよく、周りにも気くばりでき
ボランティア精神も人一倍あるという方で

DV加害者に悩まされて子どもさんは鬱・・
そしてDVまで働くという境遇だったとしても



DVに悩まされてる方が、意を決し

心底の底からの決意で

真剣に心身統一法をやって持続できた場合


DV被害を享けているという方の・・雰囲気と言いますかオーラが変わって

DVを加える息子さんも雰囲気に呑まれ圧倒され

さらに落ち着いた対応に感化され

感化同化を享けて、気が付いたら変わっていた・・なんて可能性は
十二分にあり得ます。


虐めを受けているような方だって

心身統一法の・・例えば命令暗示をクンバハカで死ぬ気・・
背水の陣を敷いて、やっていったら

何か不思議な迫力が出てきてオーラ( 雰囲気 )がガラリと変わって

いじめ加害者がの前のになって立場が逆転してしまうっていう可能性だって
無きにしも非ずですから。

( 参考ページ 暗示法を40日間実践し続けた後の心境の変化 )

「運命を拓く」のベストセラーに想う・・「運命を拓く」を読んでも運命は開かれなかったかも・・ 

メジャーリーガーの大谷選手が、まだメジャーに行く前、熟読していた本として紹介された効果なのか?


25年前出版されたものであるにも関わらず「 運命を拓く 」という本が

2019年1月時点ではamazonでベストセラーになっています。


「 運命を拓く 」


この本については私も10年以上前に口述書を読んだ後に
概念整理のために読んだことがあります。


このように、またブームの兆しが出てきて

天風先生の心身統一法の教えが脚光を浴び


´目に見える形´になってるのを目撃するのは嬉しいことです。


ただ・・こんなことを書きますとブログ読者の方の中には

ブログ記事の6割近くが天風先生の心身統一法絡みのことを書いてる私が
なぜ、ベストセラーの、この本もお薦めにしないのか?

amazonでベストセラーなら、メインサイトのお薦めにしてもいいのでは?

と訝る方もいらっしゃるかもしれません。

しかし当方の方針は変わりません。


私の場合は、

「運命を拓く」という本が、いくら天風先生の口述筆記本であっても


章立ての順番や内容を厳重、厳密に吟味したうえで

実践サイトでも最初に読んで取り組むべき´お薦め本´にしませんでした。



なぜ、お薦め本にしなかったかと言いますと




結局のとこ




決め手の一つは・・・
このページでも書いてるようにほんの2週間の実践にもかからず
現実が小さく感じられ´微かな手ごたえ´という心的実感を感じさせてくれたからです。


先ずは、この現実が小さく感じる´微かな手ごたえ´を感じさせてくれたということ・・
これが決定的に大きいし、ありがたかったというのがあります。


それに対して「運命を拓く」という本では・・・

これも人それぞれかもしれませんけど

読んで人生の教訓を学ぶことはできても

恐らく、あの当時、背水の陣でやってみようという気持ちになれなかったと思っています。



もちろん、この本も読んではいます。

( 私の、うろ覚えの記憶では )


「運命を拓く」という本は口述書「 成功の実現 」の2章 ´真の積極´と

同書の6章 ´もはや何ものも恐れず´ さらには9章 ´大いなる我が生命の力´を
膨らませた内容だったというのを

10年以上前に読んだものであっても、何となく記憶してます。




しかし、私みたいのでもやってみようという気持ちを奮い立たせるには

浪花節が感じられません。

( 編集者の感性の問題もあるのかもしれません )



それに心が感じる´感じ方´のとこまで踏み込んで

深いとこの流れまで変えていくには、

習慣統御して少しずつ負荷を高めながら実践継続していかなければなりません。

潜在意識領は玉ねぎみたいに階層があり、消極的な観念要素の汚れ(の皮)が取れたと思ったら、まだ、ある・・というようになって心の立て直しは、一筋縄でいくようなものではないんです。

慎重かつ丁寧に実践していかないと時間もかかる場合も多いです。


そういう意味で、この「 運命を拓く 」という本には
天風先生( 中村三郎 )が心身統一道(法)を編み出すまでの
挫折や苦闘のプロセスが無いので

わかってても、できないという気持ちに

そっと寄り添う形で

人知れず実践する気持ちにさせる動機付けも弱いという感覚があります。


このあたりの微妙な心の綾を

より具体的な形で言語表現させていただくなら

「 運命を拓く 」という本では、

天風先生のメンタルが弱りはて打ちひしがれたとこから滲み出るようにして出た
以下の素朴な問い( ジレンマ )が浮き上がって来にくい・・



´いろんな諸事万事の事柄に対して積極的な心を持つことが、人生を大きく変えることになる´

というのが理解できた前提で


☆なぜ、?わが命のものでありながら‥なぜ体を扱うように心を扱うことが出来なくなって
自らの感情と折り合いをつけられず消極感情に巻き込まれ振り回されたりしがちなのか?




☆たとえ身に病があったり悲運に曝されても、病と心は別物
不運命と心は別物・・なにも心まで病まし弱らせ悩ます必要はないのに
そうできなくなるのは、なぜか?


という´人間の弱さ、卑しさ”への配慮を大きく含んだ庶民的かつ素朴な問いが
「運命を拓く」という書では、ぼやけてしまう・・



逆遇に落ち込んで、様々な負の想いが蠢いている場合に、


それを乗り越える生命の馬鹿力や

弱った心を積極に作って積極的心構えで事柄に向かえるための
意志と信念の力をいかに高めるか?

いかに心を整理し取り扱う実力を作っていくか?というのに

´切り口´上の脆弱さを感じたというのもあり、お薦めにしなかったというのもあります。




その点、口述書「 成功の実現 」では積極的な心を持つことが
人生を大きく変えることになり、そのための実際的行法を実践するという動機付けも
「運命を拓く」よりは深まりやすく

かつ人間のどうしようもない浅ましさや弱さ、卑しさへの配慮も含んだ

素朴な問いが明確化されています。



この口述書「 成功の実現 」3章の天風自伝を読めば、
天風先生が私(たち)と同じ悩みを抱えて
散々方法を探し回っても、ことごとく挫折し
´一個の物体´みたくなってたこともあったこともわかるので
散々っぱらいろんなことをやって挫折してきた方ほどグッと入っていきやすい。


遺伝関係や家庭環境、家系的なものが心の強さや生命力・・
運の良さに全く無関係とは決して言えないわけで

究極的には、その家系に生まれてきた因を作ったのすらも自業自得で
因果法則を動かして引き寄せられ、課題を負わされているという説もある。

しかし、そういう家系的なことによる運命傾向的因果や課題を受け入れたとしても
家系的なものの傾向的流れや生得的なもの、生まれた環境的なものだけでは決まらないというのもわかる。


これについては中村三郎( 天風先生 )がモデルケースとして、よい例になります。

青年時代の、この御方を自叙伝などから性格分析するなら

正義感が頗る強く曲がったことが大嫌いな方というのがわかりますよね。

さらには、とてつもなく生命力が強くメンタルも強い方でして

当時の時代の風潮、雰囲気や当時の教育も大きく影響したのだと分析してますが

死ぬことなんて屁とも思ってなかった・・


大概の方が、おっかなびっくりするような瀬戸際の境涯にあっても
度胸満点で気持ち自体も強く、気力、胆力が凄まじく平気の平左・・
といったエピソードをたくさん持つ剛の者だったわけです。天風先生( 中村三郎 )は・・

そんな御方が当時の国民病と言われて、この病に罹患したら
余命いくばくもない・・という共通のコンセンサスがあった難病( 死病 )をきっかけに
心も弱り果てて怖れ惑い気も弱り浅ましいくらいにいじけて

神経も、これほど弱くなるのかってくらい過敏になってしまう・・

実際に体験した方でないと、その辛さ、苦しさ、絶望は決してわからないと思いますが

余命いくばくもないと宣告される中で、毎日ひどい鶏鳴下痢や高い熱
喀血、倦怠感などの非常に不快で苦しい症状に悩まされ心のことでも悩み苦しんで

中村三郎( 天風先生 )は元の心の強さの半分でもいいから取り戻したいと発心し
病が小康状態になった機会をとらえて
ニューソート系の1冊の本がきっかけで解を求めて世界中を旅しながら世界中を行脚する求道をすることになったわけですが・・

メンタルが悲惨になって、これほど怖れ惑い弱く過敏になるのか?ってことになる以前の、


この御方( 中村三郎 )の肝のすわりようといったら
実際のエピソードを知れば知るほど尋常じゃない・・

日露戦争中、29歳の時に軍事探偵を為さって情報収集してるときに
コサック兵に捕まって死刑宣告( 銃殺刑の宣告 )され

実際に断頭台の上にあがって銃殺刑が執行されて


銃声一発で死ぬ寸前・・

という境涯に陥っても淡々として決して動じなかったという逸話があるくらい・・
一般的な人口に膾炙してるような、ごく普通の強さのメンタルを持つ方からしたら
想像することも難しい・・空想上の漫画みたいな強い心の持ち主だったわけです。


そんな御方だったのに奔馬性結核( 当時における不治の病 )をきっかけに、

女の人でもこれほど女々しくは、ならないだろう・・というくらい女々しく
ご自身でも述懐しておられるように呆れるくらい弱々しくなって苦悩し神経過敏に陥り
のたうち回るほど苦しみ怯え悶え絶望に打ちひしがれ困りに困り果て凹みまくって
困り抜いたわけですから・・


心が強いとか弱いというのは先天性のものや生まれ育った環境だけで決まるものではないし
知性的な頭の良さというのとも相関性が全くないとは言えないけども
強い相関があるわけでもない。

秀才でも人生の歯車が狂って運をおかしくする場合だってある。

それを証拠に、いくら才があって頭脳明晰で数か国語操れるお医者さんで
( お酒の飲み過ぎの弊害を熟知してるはずの方ですら )
過重な労働環境の中で心が現実に打倒されてストレスに耐えられなくなって、お酒に逃げるようになり
お酒におぼれていき、まだまだ、これからというくらい若いのに
アル中で肝機能をおかしくし亡くなってしまった事例もあるのを
関係者から聞いていますから。
( こんな有為な人材を早々に失うなんて国としても大きな損失でしょう )

そういう事例を挙げるまでもなく

いくら才能に溢れていて知識や経験があっても

心が何らかのきっかけで弱り萎縮し心の主体性や積極性を失ったら
健康や運命も悲惨になるのは明らかですよね。



天風先生は、インドでの修行やご自身の体験・・さらには、その後の研鑽によって

メンタルが生き生きしたもので躍動出来ず強くなくなって弱っていくのは
通常意識では自覚できない心の奥座敷が知らざる間に汚れて
感じせしめられる感応性能の調子も狂ってしまって
<本来は心を取り扱い気をまとめる権力のある>意志力が出難くなって
感情の過剰反応の制御を怠っていたことが主要因であることを
弛まぬ求道を背景土台にした高級なインスピレーションで喝破し見抜くだけでなく

これだって斬新で画期的ですが


この原因を突き止めたのを享けて

心の奥座敷が消極的観念要素で汚れて意志の力が弱り
心に振り回される原因を喝破するだけでなく

感じせしめられる感応性能が調子を崩し

感じせしめられるとこの調子が弱くなって調子を崩したのを、
いかにして一体全体どうしたら消極感情の過剰反応を制御しつつ
心を積極に立て直し
立て直した後も、出来事に振り回され、いたぶられない形で、
きっちり心の状態を積極にすることができるか?

ということについて実際的な多角的アプローチによる後天的取り組みで
弱り果て卑しくなった心を立て直すための具体的な方法を説いてくださってるので
自助の道筋も見えてきますし

暗中模索してる時よりは遥かに希望や見通しが出てくるものと思われます。


私の些末な体験から照らしても当時口述書(「 成功の実現 」)を読むことで

心が感じる感じ方を司っている感応性能を
微笑ましく、かつ有難く感じやすくなるように立て直し

現実を突破するだけの心の力を意志力を煥発し

心を強めれる方法を知って、それらが、きちんと理論化もされてたことに
溜飲を下げるような思いも感じたんです。


メンタルが生き生きしてて志操堅固で強いか?
それとも、自身を取り巻く事柄に、すぐに愚痴や弱音を吐き、根も弱い・・横暴でキレやすい
そういう自らの感情と折り合いをつけられず
弱く卑しいメンタルのままか?というのも

決して生まれつきのことや家庭環境だけで決まるものではない。
( 家庭環境や遺伝的な事が全く影響しないとは言ってないので念のため )

年齢との相関も薄い。

もちろん方法を知らなかったら絶望的に難しい・・

知って実践していても時に心の積極化に困難を感じる方は多いかもしれませんが・・


( 弱って卑しくなった心を積極に立て直す実際方法を知らなきゃ )


以前の私みたいに、いろんなことをやっても

自覚できない潜在意識に詰まったものの傾向的力に流され乗せられていくまま


負の連鎖‥負の流れを変えられないということになるかもしれないけども


後天的な取り組みで、食事なども含めた心身統一の純正な生活を心がけることで


( 時間はかかるけども、実践継続さえ出来て奥深いとに潜んだ意識のシステム変更がされれば )

自覚はされないけども深いところで流れが変わっていき´

体験する現実´も変わるスペースがある。

こういったことを
 普通は有名で偉くなったら、

そういう哀れなほどの屈辱的な事や汚点は語りたくないはずだし

隠そうとするのが一般的なんですが
天風先生の場合は愛と慈悲と浪花節の方だったからだと思いますけど

最晩年の口演ですらも、あけすけに、当時の弱り果てて二進も三進もいかなかった頃のことや
その他のことも心身統一法の解明と絡ませて丁寧に告白してくださっていて

そこからご自身をいかに立て直したかを身をもって示して下さり、
かつごく一般の方でも通用する形の
汎用性のあるものとして生活に根差したメソッドを編成してくださっています。

更に言うなら、一つ一つの方法が有機的につながってて段階的かつ積算的に奏功が出やすいように
洗練化されて仕込んでいる。
( 口述書の構成が段階的に理解を促し、かつ積算的に奏功が出やすい形で組み立てられてるのは
後でわかったわけですけど )

( 食べ過ぎを慎んで、食事方法やその内容も見直すという指摘も含めて、
その内容もユーモア抜群でトリビアに満ち面白かったのも大きい )


その点「 運命を拓く 」という本では
編集者の感性の問題もあったのかもしれませんけど

生身で等身大の天風先生( 中村三郎 )が抱いていた

素朴な問いと苦悶(課題)を共有しにくく、
わかってても出来ないという言い知れないジレンマから
いかに立て直したか?どういう手順で実際に立て直したらよいか?
心を立て直した後に、どのように、じわじわ心を弱らせるものに対処し
監督していくか?という道筋も見えてこない。



そういう方面の言及や生活における細かな対処も
「 運命を拓く 」という本は希薄だった記憶があります。


なので、もし、当時の私が口述書「成功の実現」ではなく「運命を拓く」という本を
最初に読んでたら・・

いくら天風先生の口述筆記本でも口演のチョイスと編成のゆえにフィットできず

(考えるだけでも恐ろしいのですが・・)

他の天風解説本同様、スルーしてたかもしれない。

なぜなら、口述書(「成功の実現」)以外の類書は
あれほど強かった天風先生( 中村三郎 )が死病をきっかけに心のことで弱り果て困り果て
絶望し救いを求めて国内の著名な仏教者やキリスト者に教えをこうたり
識者や高名な医学者にも救いを求め・・あらゆる方法を模索し
教えをこうても解決できない・・

「 心の弱さや心に振り回されることに苦しみ
 具体的方法を含めたレシピという形の解を探せどことごとく挫折し
凹みまくって苦しんだ生身の天風、等身大の天風(中村三郎) 」という人物像が
ご自身の口で語ったものとして浮かび上がって来にくいし
強かったメンタルが哀れ惨憺なほどに弱り果てたメンタルに陥って
感謝と喜びに振り向けて思うほうがよいとわかってても、
断然そう出来なくなるというジレンマや人間の弱さを認めたとこから、いかなる手順とアプローチで
現実の苦しい心身(の状態)や取り巻く環境を立て直して拓いていったらよいか?
その展望が見えてこない。




その生命哲理の全体像や各論の有機的つながり

さらには´われとは何ぞや´・・言い換えれば´心身を扱う吾´を直覚的に掴んで
感じせしめられる心を立て直し積極化し監督していく´行´として実践するには

「 成功の実現 」に比べて「運命を拓く」という本では手が届きにくいと感じ



いつもどおりのパターンで

「 いつもどおりの苦しい事柄 」に呑み込まれていた可能性が高い。




( もっともクリーニングの方法の一つである天風先生が提示なさってる
「連想暗示法」自体だってマーフィー博士の寝入りばなを利用した刷り込みメソッドや
ナポレオン・ヒル博士の深層自己説得というメソッドと類似してるとこもありましたが

天風先生の場合、インドのヨガ聖者から直伝で訓練を施されたところから得た悟りも
うまくブレンドされて先天の一氣と心の関係も解明為さってるし
体系的かつ理論的に整備されてる分、納得しやすく
言葉の´重み´と迫力が全然違っていました。

比べたら失礼でしょう・・というくらい重みが違って感じたってのもあります・・

やたらに心に弱さや恐怖感、消極性を植え付け
センセーショナルなことを煽りがちなマスコミ対策についても

「暗示の分析」という方法で心の防御や対処

さらには、普段から付き合う人との接し方、付き合い方についても
重要な示唆を与えてくださってたのも大きい )


こういったことも「 成功の実現 」以外では深いとこでピンとこなかった可能性が高いです。


そういうのも含めて実践研究したり新たなメソッドを編み出すことに強い意欲を燃やさなかったと思っています。






さらに駄目押しでツッコムなら

( そもそも論として )

ベストセラーになったからとて読んだ当の本人が読んで内容を実践する決意の氣を動かすに至るか
わかりません。


ベストセラーになったからとて

読んだ当の本人が実践をする氣にならなきゃ´絵に描いた餅´になるし

淡々と実践継続できて決意を養い生活の中に織り込めなかったら
感応性能の立て直しだって一朝一夕でできることではないので、
これまた´絵に描いた餅´になってしまうでしょう。



いくらベストセラーになったからと言っても


実際に当の本人の感じせしめられる感応性能が強化され積極精神を作製するための
<具体的な実践>っていうのを、する氣になる方は多くないですし

その気になっても実際に初心を忘れず弛まぬ実践の継続ができて

( 継続することで )現実的に生命生存の底力が高まり

深いとこの流れを変えて

現実をよりよく変える意志力や心の強さとも関係している感応性能も立て直されて

事柄に左右されない意志力と信念・・さらには持続性のある積極精神を実際に練り造れて

山あり谷あり荒波あり暴風雨ありの人生航路のなかで生活上のよい結果を
継続的に出せるようになるとは限らないでしょう。

落ち込んだ時のカンフル剤に読んだりするのは良いと思いますが・・(;^_^A


そういう視点で視たら

「 成功の実現 」などの口述書のシリーズのほうが

「運命を拓く」という本より痒いとこに手が届いて

実践する気になりやすいはずで、その気になって、着実に歩む決意が醸成される可能性も、こちらの方が高い。

感応性能の調子をおかしくする生活上の原因も知ることが出来て予防的対策を立てやすい。


「 運命を拓く 」という本よりも各自が自分の事として捉えて
各自にとっての実践の糧にすることや

深い実践をして現実の生活の中で日々を充実させ向上を目指すなら

口述書のシリーズのほうが

なぜ心が弱くなってしまったり心が汚れて消極化していってしまうのか?
という理由や´課題´も明確になって深いとこの流れを変える、きっかけになり易い。

こっちのほうが実践する氣になる方も出て

苦労を全くしないわけではないけども意志力や信念も出てきて努力が噛み合い
感情との折り合いをつけられる方も出てきて実りあるものになる道につながる。

たとえひねくれ腐れた潜在意識で、鬱屈したものを抱えていても後天的に変わっていく可能性だってある。



内的にも「いろいろあっても結局相応しいとこにいくんじゃないの」という内感覚に変わり



奥底の浄化が促されていった方の中から人格陶冶も含めて
弛まず実践継続していく方も出てくる可能性は高い。


( 私も、この本は読んだことは間違いないですし )

大谷選手の二刀流の挑戦や活躍は、私も老婆心ながら観てて、とても清々しいし嬉しく感じるけども


あくまで私の感性や辿ってきた背景、実践経験に照らして

( 公開する以上 )「 運命を拓く 」は、標準テキストとなり得るか?
厳格に査定し、お薦めにできなかったわけです。
( 順番や口演の選び方に満足できなかったので )

もちろん、西欧の自己啓発書に比べたら比べるのも申し訳ないくらい
「運命を拓く」という本のほうが私にとっては、ずば抜けて良かったことは
申すまでもないことですので
口述書を読んで実践しながら、補足のために、こういう本で実践に厚みを持たせれば
「 心 」について重層的な理解を得ることが出来る利点があることは否定しませんが・・

天風先生の関連本のカテゴリーのなかでは、それ以上の本にはなり得ない

というのが私の「 運命を拓く 」という本に対する評価(見解)であり判断でして

口述書の内容を根付かせるための実践の参考にしたいということで行くなら
別に私のメインサイトを参考にしてくださっても構いませんが・・
天風先生側の視点ではなく、その内容を受けて実際に実践してきた方の等身大の視点も入っている「 天風式ヨーガと瞑想のすすめ 」か「 天風道八十年―中村天風の教え『心身統一法』 」のほうが、割にお薦めという考えです。


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