ジーニアスQuest

 読んで頂いた方が、自然に幸運になってツイテくるためのパワフルな方法
   継続力をつけるための習慣化のノウハウ
  オマケで右脳開発や速読法等の記事をアップしています。  

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当ブログをご覧いただきありがとうございます。
このブログは、人間なら誰にでも内在する秘められた力( 潜在勢力 )を実際に解放し 心をツールとして使用する力を高める実際方法の研究と速読や全脳活性化( 五感の官能を啓発する等 )に関するノウハウを扱っています。  ※掲載した画像( 写真 )は、故郷の某神社横 展望場から撮影したものです。  

メルマガやサイトを実践している方々から、ご質問があり、自分なりにお答えしたものを
かいつまんで一部抜粋・・加筆編集して記事にしてみます。
Hさんありがとうございました。

( ここから )


Hさま

岡崎です。

素晴らしい実績報告有難うございます。

相当に励みになりました。



>いつもメルマガを愛読しておりますが
>個別には、はじめてメールします。
>Hと申します。

>岡崎様にご報告と質問があります。


( ※Hさんから頂いた成果のご報告については諸事情で省略します。

         実践する方が焦るとよくないので )

>質問については以下のとおりです。
>お答えは、お手すきの時で構いませんので。

>質問1

>以前岡崎様は、メルマガ等で「ポスト中村天風、ポスト天風哲学 」は
>ヨガナンダ先生の「 あるヨギの自叙伝 」とコメントしておられましたが
>この結論は今でも変わってないでしょうか?


もちろん変わってないです。




「 あるヨギの自叙伝 」は、ヨガナンダジが体験したことや学んだことが述べられてるわけで

行を完成したインドのヨギがヨギの素養のある方のために書いたヨギに関する本です。

エンターテイメント的に読むことも可能ですが・・
行修という点では、決して甘いことを書いたものではありません。



世界的な名著であることは間違いないのですが、読んで、上からの恩寵があるかどうかは・・これこそ不可侵領域かと思われます。
科学的じゃないんで申し訳ないですが・・

人それぞれのベストなタイミングってのもあるんじゃないでしょうか?




( お読みいただいた方はおわかりのように )
世俗一般のコンセンサスが非常に得にくい内容でして、日本人の習俗上も馴染み難い内容です。

ピックアップするなら、親子<血縁>関係より<形而上の眼を拓いてくれる>師弟関係のほうが遥かに重要という初っ端の第一章の指摘で、いきなり戸惑う方もいるはず・・
 私みたいに、本の内容はともかく冒頭の写真でビックリして拒絶反応を示す方もいるかもしれない・・(;^_^A



それに非常に超俗的内容でして・・ヨギがどんなことを感じ日々考えてるか知ってカルチャーショックを受ける方もいるかもしれない・・




 なぜならヨガナンダみたく幼少から俗世間のことに無関心で、ヨギが関心があって求めることに強いパッションがあって、かの熱量が燃え盛るほど激しく沸騰してる方ってのは冷静に世の中眺め回しても・・世の中にそんなに大多数を占めてるとは到底思えないんで。(;^_^A



私の住んでる近くに、それなりの規模の町のちょっとした駅舎くらいに大きなパチンコ店があるんですが・・散歩中にちらっと見ると・・そこの駐車場は、広いのに、いつもほぼ満杯でして・・パチンコやるのに熱を相当に込めて、燃え盛ってる方が結構いるってのは、( 停めてる車の数から )なんとなく想像できる・・そういう人は多いのも知っている・・・


あるいは、釣りが三度のごはんよりも好きで、釣りがしたいがために海の近くに別荘を持ってるとか・・ゴルフのことを考えたらもう熱に浮かされたようになって、いてもたってもいられない・・って方が結構いるのも知ってる・・


しかし、この本の著者のヨガナンダは・・例えば、「 あるヨギの自叙伝 」第11章「 ブリンダバンへの無銭旅行 」に見られるように、もう幼少のころから真理探究に燃えまくっていて、世俗一般の通俗的価値観から、相当に離れたことを最重要に感じ考え、志し願って行動しています。


そんなの当たり前で、「 私も子供の頃から、ヨガナンダが関心を持ってたようなことを日々熱っぽく・・四六時中考えてたよ・・大人になった今は一層取り組んでるよ・・」という方もいるかもしれないけども・・一般的には‥恐らく・・非常に希少な部類と思われます。





 なので、こういう価値観を、生涯ぶれなく貫き通して、生き抜いてきた方が実際に存在していた・・と言うことを知るだけでも何らかの揺さぶりはあると思うわけで・・生き方を客観的に見つめ直すヒントになる・・



 しかし、本当に沁み込みやすいのは、当の本人の内面に言い知れない内的渇きがあったり、何らかの( 精神的 )困難・・人生の岐路にぶち当たって、これまでのものを手放さないといけない・・・というような内面的に窮迫した時に、この本は心に、しんみり入りやすいかもしれない・・


とりあえず立身出世云々とか世俗的な栄達・・とかいった類の書物でもありません。


著者のヨガナンダは大学行くのすら世俗一般(の動機)とは異なる動機で嫌がり・・

ヨガナンダのお師匠に当たる導師に薦められ‥嫌々通っている・・

 奇跡的に大学卒業出来た後も、ヨガナンダの父親が、大きな鉄道会社の副社長格の地位ある方だったことから

ヨガナンダは、その鉄道会社の幹部職を薦められてまして・・その強力なコネで簡単に入社できたはずなのですが・・何の躊躇もなく、すっぱり断って、父親を( 一時的には )失望させていますんで。(;^_^A

( 後で、やはりお前が正しかった・・と喜ばれるわけだけども・・ )





と言うことで・・・上からの恩寵もなく時が満ちてないと

述べられていることに共感を寄せ難く非凡な事象に徒に目が行き過ぎて、本質を見誤り
「 素通り 」とか「 疑心暗鬼 」「 反発 」ということで放り投げることになるケースもあるやもしれません。 
  この方が体験したとされる非凡現象の披歴の連続に疑い始めたら疑念がどんどん膨らんで際限がなくなると言う方もいらっしゃるかと・・

( 自我に余力があって沁み込むまでには至らない・・と申しますか・・)





それ以外(のデメリット)は

著者であるヨガナンダは、偉人で聖者とされるかのガンジーやルーサーバーバンクらが心から尊敬するような方なわけで、そんなヨガナンダが、日々どんなことに熱量を感じ、考えて行動してたのか?

その修業中には何を最重要に感じ、考えて何にパッションを注ぎ最優先してたのか?

志してたことは何か?といったことも、、こういった聖者が本を書くってこと自体が異例なわけで、その内面世界を本を通じて垣間見ることが出来る‥という点でも、こういうのに興味のある方にとっては稀有で貴重な書なのですが・・・


その一方で、こういった書を「 き真面目で自分に厳しい方 」が、読んで知ることで

本を読んで、たとえ感動する方があったとしても・・ちょっと感動したくらいで人生が変革できたら苦労しない・・


この書は、とっかかりを掴み難い・・と申しますか・・

まだ時じゃなく上からの恩寵がない場合は

かえって自分を苦しめ、厳しく責める方も出てくるかもしれないという懸念があることも敢えて否定しません。






その点で天風哲人の口述書も・・高次元のもの・・というのはあるかもしれませんが・・

 「 あるヨギの自叙伝 」に比べたら世俗世間一般のコンセンサスを得にくいというほどの内容ではないです。


更に言うなら「 天風哲人が( 圧調整し調律してくれてるがゆえに )哲人が薦めている幸福のルールに沿えないこと・・それが出来ないことによる煩悶 」のリスクも・・限りなく低いと思われます。



勿論、「 成功の実現 」等の口述書だって、そこに記述された内容には「 われとは何ぞや 」といった相当に高次のものを含んでいて
いきなり、ここだけを切り取ったら・・何らかの素養や背景のない方の場合は理解不能で価値観を共有するのが困難な内容も含んでいます。


少なくとも私より誠実で頭脳も優秀だろうと思える方でも・・腑に落ちない・・わからない人はわからんらしい・・

古くからの知人で・・天晴れと言うか‥超高学歴の方で、、、その彼から、いろいろ教えてくれとせがまれたので・・それだけの高学歴で頭脳も優れていて・・・それに、そんな熱心ならすぐわかるだろうとたかをくくって喫茶店で、ああだこうだと口述書( 成功の実現 )第6章の内容を噛み砕いて5時間くらい話したことがあるんですが・・いくら話しても

結局 「 さっぱりわからない・・」「 何言ってるかわからない 」と言われたこともあり・・

 正直、何の戦果もなく喫茶店を出なければいけなくなったときには眩暈を感じ、クラっとして、その場にしゃがみ込みそうになったことがあるので・・



そういった感じで、口述書も高次元の内容ですが・・

 しかし、それでも「 あるヨギ・・」に比べたら日本人向け( 万人向け )・・と言いますか、、で届きやすいはずです。

なぜなら「 あるヨギ・・」は・・キリストの教えを建国の精神的支柱とした国家として、すごい尊いのを持ってるアメリカで先ず出版されたわけでして・・

 ヨガナンダは、アメリカで準備のできた方のためにヨーガや東洋思想とキリスト教の最底流に流れるものの本質的一致を伝えるためにアメリカに渡り、アメリカの主要都市で講演して回り、落ち着いた頃に、この本を執筆し出版しています。


近年のアメリカの道徳的退廃ってのは、かなりひどい・・日本も似たようなもんだけども・・
1900年代初頭当時のヨガナンダが講演して回った頃のアメリカは、物質至上の波が忍び寄ってたとはいえ・・それでも今と比べたら精神風土的に相当に健全で清新なものが漲ってた時代だったのじゃないかと・・そういうのもあってヨガナンダの講演はアメリカの方からおおむね歓迎されてたと言う資料も残っています。


そういう経緯から当然、( 三段論法で )その本はキリスト教国家でそういう文化に馴染んだ方に向けて書かれ出版されたものですので 聖書的要素がとても濃いです。 
 




 とにかく、聖書的要素が濃いので・・(;^_^A

 そうなると日本人には( 背景的に )馴染みがたい・・というのは、必然でして・・入り難いのは当たり前です。


( 私の場合は、たまたま学生時代に、< 割と真面目に工学系の大学の講義を受けて実験レポートも提出してはいましたが・・熱心に学ぶほど・・なんだか大学の授業が薄っぺらく感じ、阿保らしくなっていき・・大学の講義とは全く無関係で >たまたま聖書もよく読んでた関係で(;^_^A
「 あるヨギ 」は、すんなりいけたというか謎の感動があったわけで、そういうのたまたま読んできた背景がなかったらピンと来なかったと思っています・・ )







それに対して口述書は、日本人の習俗にも合い易く

口述書において哲人が、幸福になるために、これをやったらいいんですよ・・と熱く薦めてることにフォーカスしたらわかると思いますが・・



はあ??こんなんでいいんですかい!?先生・・という簡潔でシンプルなものばかりです。


( 段差を減らし圧調整してるがゆえに )

聞いてるそばから、すぐ実行できる・・



「 あるヨギの自叙伝 」に比べたら、何らかの背景や素養を必要とせず

そもそも´やれるようなこと´しか、説いてない・・届きそうなことしか述べてないわけです。



哲人が幸福のルールとして( 圧を調整して )説いてくださってることは、実践継続できるかどうかは別にして、少なくとも、難解で、困難過ぎて、できなくて懊苦し呻吟するという心配も・・ほぼない・・


( もしかしたら天風哲人が実行を促すことが出来なくて悩む・・と言う方もいるかもしれないので・・そういう方が、この記事を読んでたなら謝りますが・・)




しかも、そういうシンプルな内容にも関わらず、

非常に洗練されたものであるため

倦まずたゆまず「 観念要素の更改 」や「 神経反射の調節法 」 「 積極観念養成法 」
「 安定打坐法 」等の単純明快なシンプルなことを1日の生活の中で実意丁寧に行い地味に心身に深い悦びのインパクトを与えて、感じせしめる感応性能を強化していくうちに・・

なぜか心が洗われ、カラっと晴れやかになって、心とつながった自律神経機能も整い

  生命生存力や信念も強くなっていく。

 日々が軽やかになり、平凡な奇跡(※)を興す・・さらには生活が簡素で綺麗になり心も純化されて魅力が増し自然な笑顔が増える・・
 人間関係を修復し和す力や日々幸福感や多幸感も深まっていく聖俗一如の方法を説いてますので。

( ※なお、これらのシンプルな方法を丁寧に実践することで、燃やせば燃やすほど渇きを催す本能満足的欲望の足かせから解かれるきっかけを得たり、それまで苦手だと思ってたり、今までは、こういうことがあったら、怒りを爆発させてきてたのに案外冷静に対処できた・・

これまでは、こんな出来事があったら取り越し苦労して夜もおちおち寝れなくなってたのに・・淡々と処理できたなど・・以前(の自分)だったら到底できないと思っていたことが出来たりするのだって「 奇跡 」としては平凡ですが、 当の本人にとっては、すごい奇跡だと私は思っていますので・・ )




ということでグダグダ書きましたが・・

曲りなりに研究してきた範囲で述べるなら

「ポスト中村天風、ポスト天風哲学 」は、ヨガナンダジの「 あるヨギの自叙伝 」という見解は変わらないです。

口述書より、ひとつ段階が上のものでしょう。
( こんなこと書くと天風哲人と関係の深い団体や熱心な個人に怒られるかもしれないですが‥あくまで中立の立場で研究してきたことを述べてるわけで・・個人の見解ということでお許しください・・(;^_^A )

それに・・その内容を相互に比較対照してみても「 あるヨギの自叙伝 」も、人間とは、どういう存在なのか?といったことについての、なぜ?( WHY?)が深く、思考をもう一歩奥に進めるのに役立つ、きっかけになるのではないでしょうか?

西洋の考え方に馴染んでる私たちには、入りにくいですが・・よりよく生きる・・あるいは、真の自己を自覚する心の立体断面の刺激に触れてるとこを最上質な喜びに仕向ける密度を増やすために意志の力を燃やす等・・そういった高次の意志の力は思ったり考えたりする心から出るものではないと述べてる件も

そういうスタンスの書が非常に少ない中で、この書も、口述書同様、その指摘をしている・・という点で口述書に共感するような方が、さらに内陣に入ったものを探索したい場合にイチ押しできると思っています。


なお、「 高次の意志の力 」っていうのは、本能心由来の刹那的快楽の衝動をいなして自己の行為を決定し粘り強く遂行し得る力という意味としてこのブログでは定義していますので念のため・・

 これについて補足説明するなら・・我欲や本能心が要求する快楽や感情、感覚の赴くままに、そういった放埓な欲に勝手気ままに身を任し、まるで操り人形のように惰性的習慣や消極感情・・・本能的欲に反応するがままに流されて生きるということが果たして自由と言えるのかいな?・・


おいしい食事や、適度に気を紛らわせる娯楽・・エンターテイメント・・仕事や生活を合理化し快適にする・・こういうのを適度に楽しむのも、もちろん大事とは思いますが・・



 なにかのきっかけで、そういう感覚的なものにはまり込んでいき耽溺し、抜けられなくなったり・・

 衝動の赴くまま・・思い通りにならないからと怒りや悲しみにうち任せて、怒りやイライラを周りにぶちまける‥(;^_^A 

 寂しさや不安を紛らわせるためにヤケ酒を吐くまで飲む・・煙草を吸いまくる・・食欲に振り回され欲求不満からヤケ食いする・・欲情に振り回され溺れる・・


 そういうことしたら一時的には気が紛れ快を感じるのかもしれんですが・・

 そういう感覚的な本能的欲は、渇きを生じて、止めどが無くなる危険性をはらんでるし

 衝動に赴くままに、そういうことして、その刹那は気が紛れても・・一般的には後悔や氣咎めを生じ、あんなことするんじゃなかった・・と慙愧の念に駆られたり、後味の悪いものを残したり、さらなる渇きを催して・・ほんと些細なきっかけで泥沼にはまっていくケースも多いですよね・・


 やりたいように自由にやってるだけさ・・とうそぶく方もいるかもしれないけども・・それって、本当に自由と言えるのか??

 むしろ縛られてて不自由じゃないのかな?惰性的習慣やマイナス因子が潜在意識のなかに、しこたま溜まって(その衝動)に、ただ操り人形のように操られて反応させられ右往左往してるだけじゃないのか??という素朴な疑問を私は、随分以前から持ってまして

 そういった誘惑や心を反応させるものに気づく力があり一拍「 間 」を置ける・・そういった本能的欲から自由であること、本能心が要求する誘惑や衝動をいなして冷静に分析・識別し自己の行為を決定し、よりよい選択ができる力があることのほうが人間らしいんじゃないか??たまには誘惑に負けるかもしれないけども・・そっちのほうが自由なのではないかな?と思ってるクチの人間なんで・・




ということで


「 あるヨギの自叙伝 」は「 成功の実現 」「心に成功の炎」などと比較しても、相当に段階が上のものであり・・

( と言っても・・口述書も、相当に階級の高い書と思うわけで、それぞれ役割分担が違う・・という見解でして・・この記事でもこってり書いてますが・・)



 「 あるヨギの自叙伝 」のような次元の高いものとチューニングするには天風哲人が薦めている心の奥座敷のクリーニングのより一層の励行と肉体練磨・・心身の統御力を高めること・・三勿( 恐れず、怒らず、悲しまず)と三行( 正直、親切、愉快 )の心がけで心の大きな芥を取り除いて純化していくことが大事じゃないかと思ってまして・・


 「 あるヨギの自叙伝 」は、上からの恩寵があってさらに内的渇きもあり、、、、何らかの岐路にぶち当たってる方が読むと入りやすい内容・・・


 ジャストフィットするかは人それぞれの背景や内的素地にもよる・・という考えです。







なお

口述書や「 あるヨギの自叙伝 」・・いずれも国とか越えたレベルで公益性のあるものなので、
本当( 本音 )は、世界的規模の大学や公的機関の識者が、公費を使って、こういったことの比較研究、実践検証とかを真剣にすべきじゃないか?・・こういうのを大きく大局的に研究するほうが、重箱の隅をつっつくようなことするより、よっぽど世の中の苦患を除けるんじゃなかろうか・・・と思ってるクチなわけですが



パラマハンサ・ヨガナンダと中村天風の生涯に深く思いを巡らし時系列で並べると意外な共通点と
微妙なシンメトリーに気づくはずです。

まあ、天風哲人らのキャリアは真っ赤な嘘・・という方もいるのですが・・

私は嘘とは、とても思えない・・まあ、信じる必要もない・・心身統一行法をきちんと理解して淡々・・丁寧にやってったら、日々に朗らかで明るいものを感じる機会が増えて、本能心由来の度外れな欲もガス抜きされ心も満足しやすくなる・・いろんな面で、あっという間に成果が出るので‥信じる必要もないわけだけども・・


アメリカ行きもヒマラヤ修行も真っ赤な嘘という前提でいくと・・


 心も体もわたしでない・・というインド哲学的内容をなぜ?20世紀初頭のあの時代に知って語れるのか?? 更には直に修行した方じゃないと到底語れないような生々しいインドでの修行体験を、なぜ詳細に語れるのか??というのにぶち当たり論理破綻が起きるわけでして、、、



そのキャリアが本当だという前提で列挙してみると


結構共通点があることがわかります。



列挙してみると・・



●お二方とも、世界の2/3を旅しており、その当時の識者、賢者に会いまくっている
 ※ちなみにヨガナンダジは21歳の時に日本にも来ている

●お二方とも、内的試練を経て、示し合わせたように、ほぼ同時期( 1910年〜1911年 )にインドでヨーガの導師に遭って高度なヨーガを直伝で学んでいる

●お二方とも、なぜか・・ほぼ同時期( 1919年〜1920年 )に、それぞれの教えに感銘を受けた有力者の支持を受け、公益団体を設立し、その公益性を国に認められている


●お二方とも、ガリガリに痩せていたのがヨーガの導師に遭って急激に頑健になっている

お一人は、奔馬性肺結核で医者に見放され、いつ死んでもおかしくない・・体もガリガリに痩せていたのが、導師の導きとヒマラヤ修行で急速に回復

もう一人も、胃弱で、いくら食べても太れない・・ガリ痩せしていたのが、導師の導きで目方が急激に増え逞しくなっている
( Before→Afterの証拠写真あり ※「 あるヨギの自叙伝 」に掲載された16才のヨガナンダの写真<p77>と22才のヨガナンダの写真<p108>を比較してみるとよいです。
 私も胃弱で太れなかったタイプの人間なので・・骨格からして、こんなに変わるものなのか?と驚愕したのを覚えてます。なのでp117下段〜p118上段の記述には信憑性があると思っています。 を持ってる方・・あるいは、持ってなくとも、この本も公共の図書館で借りれるはずなので、お疑いなら確認してみるとよいです )


●お二方とも「 学問のための学問 」が、あまりお好きでないらしい(;^_^A

●お二方とも猛獣にすら好かれる人格的磁力を身につけている

 お一人は、まだ飼い馴らされてない・・素人が近寄ると唸り声をあげて威嚇するような虎たちがいる檻に入って、
虎の頭をぺしぺし叩いても虎にガブリと咬みつかれない( 証拠写真があるらしい )

 もう一人も、巨大な鰐( わに )の背中に、まるで遊具みたいに、にこやかに乗っかっても
ワニから危害を加えられない( 証拠写真あり )






微妙なシンメトリーになってるという点を列挙すると

●お一人は、幼少の頃から俗世のことに全く興味がなく
ヒマラヤの洞窟で瞑想修行することに憧れ
 家族を愛していたけれども、それ以上に真理探究に燃え
家出を何度も繰り返してまでしてヒマラヤ修行を目指してたのに、それが叶わなかった。

( 千里眼の力もある導師の一人から、お前にとってのヒマラヤの洞窟は、お前の家の小さな部屋の中だと諭されている )

それなのに、もう一人は、ヒマラヤのヒの字も考えたことすらなかったのに、
   難病がきっかけで、ここまで弱くなるのか?というくらい弱くなった心のことで悩み苦しみ、元の強い心の半分でも取り戻したいと発心し、その方法を探すプロセスで( 求めてもないのに )奇縁でヒマラヤ第三の高峰カンチェンジュンガ山麓で瞑想修行することになった




●お一人は物質至上的な考えが浸透しつつあった当時のアメリカで
自分を見失わないよう命がけの決意をし単身アメリカに渡って行き、
アメリカの各都市を講演して回り東洋の思想やヨーガ瞑想の普及に全精魂を尽くしたのに対し

もう一人は世界的大富豪に懇請され何十億というお金を積まれてもアメリカに行かず、頑として断り
 日本において講演三昧の生活をしヨーガを昇華させた心身統一行法の普及に誠心誠意を尽くしている
 


私は、こういうのを並列的にリサーチしていくうちに

何かあの時代( 1900年代初頭以降 )の世界規模の大きなうねりと言いますか・・大いなる意図を感じざるを得なくなりました。
   

特に・・丁度同じ時期( 1910年〜1911年 )に、お二方とも導かれるようにして、
同じインドの地で世間では名も知られてないヨーガの導師に、それぞれ遭って修行してまして

 その後、示し合わせたように、ほぼ同時期( 1919年〜1920年 )に、それぞれの教えに感銘を受けた有力者の熱心な支持を受け、公益団体を設立し、その公益性をそれぞれの国で認められているというのが奇妙でして、とても偶然とは思えない・・と申しますか・・





>質問2

>潜在意識は汚れているということですが、なぜ?汚れてしまったとお考えでしょうか?

ご質問のとおり潜在意識領は、屑の山になってるという見解( 前提 )は今でも変わりません。

潜在意識は万能である・・という前提で、いくらいろんなことをやっても、なんか、ことごとく内外の抵抗や邪魔が入ると申しますか・・「 間 」が悪かったわけで・・

屑の山になってる「 屑 」を、シンプルな方法で

きれいにお掃除してやらないと導かれない・・と申しますか・・内外の抵抗や邪魔が入って挫折しやすい

それに、高次の意志の力も発現せず屑の山の下にある宝の山の鉱脈に気づけないです。


なぜ?汚れて心が弱くなってしまう場合があるのか?という原因や魅力を高める方法・・心を強くし運を切り拓く実際法等は
「 成功の実現 」「心に成功の炎を 」をじっくり読めば、あっさりとわかりますので
ご自身で、味読してご確認ください。









>質問3

>前回のメルマガの「 映画をツールとした”つぶやき”の暗示感化法  」もユニーク
>で実に興味深い内容でしたが

>岡崎様が、コメントなさっていた優れた映画というのはなんでしょうか?

>とても気になっています。





「 きっとうまくいく 」( 原題 3Idiots )という映画です。



「 君の名は。」という映画も、思わずレビューしてしまったくらいよかったですが、これもよかったですよ。(笑)

この映画は、幸福に生きるための大事な視点が、ぎっしり詰まった映画でした。






コメディタッチなんですが、「 生きる 」ということについて重いテーマも出てきますし


この映画の主人公であるランチョーの以下の台詞


「 心は臆病だから"きっとうまくいく"と囁くように唱えるんだ。
  そうしたら困難にぶち当たったときに無視する勇気が出るんだ 」

という言葉は、心の性質を喝破した名言だと思います。

こういう映画が出来る素地と言いますか・・


こういう明るく生き生きした雰囲気の映画を作れるということは・・


一事が万事と言いますか・・

インドは、( 問題も抱えてますが )今後、さらに飛躍的に発展するんじゃないでしょうか?



話変わりますが


 映画をツールとした”つぶやき”の暗示感化法を実践する際は、先のメルマガでも書いたように




 強い情動や感動を伴った瞬間というのを狙い撃ちすることです。


 このときを狙うと暗示( 言いきかせた台詞 )が深いところに入りやすいですから。


 もちろん、ちょいと感動したくらいで人生が蘇るわけではない・・けれども、何らかの示唆や教訓を得ることはできるでしょうし、こういったことが、きっかけになることもあるでしょう。




なお、この「 きっとうまくいく 」という映画は、
かなりマニアックな映画なのでレンタルは難しいかもしれません。


幸いAmazon primeで視聴できますので、

こういったものを利用したらよいのではないでしょうか?

( 今のところは、サービスでprimeビデオとしてAmazonで提供されています。

       いつまで、このサービスが続いて、この映画が視れるかわかりませんが )

利用の仕方は・・Amazon Primeの画面からタイトルバーの「 プライム・ビデオ 」のリンクを探してクリックし
検索欄に「 きっとうまくいく 」と打ち込んで検索するとよい。

※VISAやJCB等のクレジットカードの番号登録をしないといけませんが・・登録後1か月間は無料体験でき、その期間内に解約すれば費用の負担も発生しない・・解約も簡単なので・・








>質問4

>ナダ音と耳鳴り( 病 )はどう区別したらよいでしょうか?



こういう主観的な体験を客観化し教えるというのが、とても難しく
正直、手探り状態なのですが・・ナーダ音の場合は、不快ではありません。


あまりの美妙音に心が惹きつけられてしまいます。

( 時間の関係で途中で切り上げることが多いですが )何時間聴いてても飽きないです。



不快で痛みを伴うとかいうことでご心配なら、お医者さんのところに行けばいいと思いますが



そういうので区別されてもいいのではないでしょうか?




なお

より精妙なナーダ音に聴き入ることが出来れば、心の攻撃性が激減する・・
これを聞き分け、より精妙な内部の妙音に聴き入るだけでも相当に潜在意識の純化に貢献し、心の充実の助けになり得るという見解です。

スーザン・スモーリー博士の以下の記事( 沈黙の声にじっと耳を澄ます )も英語記事ですが参考になるかもしれません。



Listening to the Sound of Silence



http://www.suesmalley.com/




この質問に追記で・・ナーダ音に興味のある方は・・

佐保田鶴治博士の「 ヨーガ根本教典 」に、少ないですが、その記述があります。


これの原典を翻訳したものがmixiにありますので、そこから引用しておきます。

ただし、苦行的なものを含むハタヨガの項は省略し、「 ナーダ音 」の記述があるのだけを抽出し引用しておきます。

( 以下引用 )

( ここから )

眉間への精神集中は、速やかにサマーディを得る方法である。これは、智慧の乏しい人々にとってもやさしい方法である。
 眉間への精神集中によって生じるナーダ音に集中することで、ラヤは即座に発現する。

 このすばらしい音への集中によって得られたサマーディの至福は、言葉では伝えがたい。


 また聖仙は、アナーハタの音に心を集中すべし。心が不動の境地に達するまで。

 この音は、修習を重ねるにしたがって、外界の音を圧倒する。ヨーギーは半月にしてすべての雑念を克服して、安楽を得る。

 初期の行中には、いろいろな種類の大きな音が聞こえる。それから修行が進むにつれて、次第に精妙な音が聞こえてくる。

 はじめのうちは波や雷や太鼓やシンバルの音が聞こえる。
 中ごろにはベルや法螺貝のような音が聞こえる。
 終期にはフルートやヴィーナのような音が聞こえる。
 以上のような様々な音が体内から聞こえてくるのである。

 このうち、できるだけ精妙な音に心を集中しなければならない。

 心はかのナーダ音の縄に縛られて、生まれつきの妄動を捨てて、不動になる。

 ヨーガ王国(サマーディ)を希望する人は、一切の思いを捨てて、もっぱらナーダ音に集中すべし。

 ナーダ音は、心という鹿を捕獲する縄であり、またこの鹿を殺す猟師である。
 
 心はナーダ音にひきつけられ、そこに止まり、そして音とともに消滅するのである。

 それゆえに、ヨーギーは毎日怠らずにナーダ音への集中を行じなければならない。 

 アナーハタ音の響きが聞こえる間は、空についての想念はまだ存在している。
 その音も消え去ったところが、パラマ・ブラフマン(至上の梵)、パラマ・アートマン(至上の真我)であるといわれている。

 およそ音のかたちで聞こえるものは、シャクティに他ならない。そしてすべての存在の没入する場であり、なんらの形相のないものこそが、至上神である。
 

( ここまで )

ナーダ音関係参照リンク

https://plaza.rakuten.co.jp/soukailife/diary/200510090000/

( 心臓由来だけじゃないと思ってるんで・・私とは見解が異なりますが・・単純に定義上の問題だけかもしれないです )

http://lasttimer.blog130.fc2.com/blog-entry-97.html

( このブログの著者に概ね賛同してますが、私の場合は、ナーダ音を雑念消去する強力なツールとしての捉え方のほうがより優位でして、< 関係者に怒られるかもしれないですが >実務的に考えています )





>質問5

>扁桃体鎮静化技法の習熟のコツがあったら教えてください。



思い浮かぶ想像を、しっかり取り締まり監督するのは案外難しいです。
大概の方が行き当たりばったりです。



大事なことなので、も一回書きます。




思い浮かぶ想像を、しっかり取り締まり監督するのは案外難しいです。




これもシンプルな方法ですが、闇雲にやるよりも

思い浮かぶ想像を、しっかり取り締まり監督する力を養えるし


行き当たりばったりで闇雲にやるより、遙かにグズグズ癖を矯正できます。



先ずはレシピどおりやる。

簡単なことから試す。

そうして回数をこなすことです。
数稽古です。


( ここまで )


個人の運気というのは、元々その人が持って生まれた「 生命の器 」や初期値的な運の強さというものがあって、これは如何ともしがたいものがあるでしょうし、生まれた環境といった背景要因もある。




さらには、人には運気の自然の流れと言いますか、何らかの春夏秋冬の大きな運の流れがあると言われています。



生きてたら上手くいかない時期だってある。

頑張っても頑張っても何故か噛み合わず上手くいかなく感じる時期もあったりしますよね。


そういうときこそ焦らず、じっくり構えて準備に時間を割き淡々と過ごすとかいう工夫をしてる方も多いと思います。


そういった個人の運気の流れというのは数多く研究されてきてますので、この記事をお読みのあなたも、一度くらいは、個々の運勢や運命を判断する占いの本とかを読んで、ご自身に当てはめてみたこともあるのではないでしょうか?


 私も運命とか運勢とかに興味があって研究してきたわけですが、

 そういった個人の運気というものが、元々持っている個人の運命傾向や個人の生命の波と言いますかリズムだけでなく、


  どういう方と巡り合い関わるか?という( 外的な )出会い( 関わる人や本人の決意による後天的修練等 )によっても運の強化ができるし巡り合う人によって大難が小難になったり好運の波が増幅される場合がある・・あるいは、その逆もあるのではないか?


例えば


あなたが書斎で、いい気分でいるときに


 いきなり誰かが書斎に入ってきて愚痴や不平不満を口にし、他の人の悪口や陰口を言い始めたら・・一挙に気持ちが盛り下がるでしょう。

人間、なにかにつけ、いい訳を言う人間、思い方、考え方が退廃的で後ろ向き・・消極的な人間とつき合ってたら・・積極的な気持ち( 好運をもたらす心の波 )を、そのまま保つのは割と困難ですよね。


その反対に‥落ち込んでるときなんかに、「 あなたなら出来るよ・・」とにっこり笑って勇気づけてくれたら・・それだけで一挙に気持ちが持ち上がったりする・・



なかでも配偶者( 恋人を含む )ってのは、身近でよく交流してる分、お互いに相当に大きな影響を与える場合がある・・

 日々生活してるなかで交流度合いが深いということを鑑みると


 巡り合う人の中でも最も色濃い影響を与え合うのは「 配偶者( 恋人を含む ) 」は外せないだろう・・

 人によっては奥さん( 旦那さん )との会話が硬直し

 1日の会話が、「飯(めし)はまだか?」「 風呂は??」「 酒あるか?」「 ああ、疲れた・・もう寝る・・」という4つか5つの会話しかない・・(;^_^A という殿方もいるみたいなんであれでして・・(;^_^A


最も深い交流をしてるのが先生(師匠)であったり、友人だったり、なんらかの教えを書いた本から強い感化を受けてたりする場合もあるかもしれないけども


一般的・・世間的には「 配偶者( 恋人を含む ) 」の影響は、凄いあるだろう・・と思ったので、前回のブログでは「 配偶者 」にフォーカスし
戦国時代の三英傑( 信長、秀吉、家康 )で運気の12年周期の盛衰を調べて仮説検証してみました。




この配偶者との交わりによる運気のリズムについては、日本人だけでは心もとないので、例えばアメリカにおける「 自動車王 」と言われているヘンリー・フォードなんかについても調べてみたいと思います。


なお、なぜ?この方を選んだかと言いますと・・フォード氏の妻のクララという方は、アメリカにおいても評判の賢妻と言われてる方でして・・フォード氏の成功は、この妻無くしてあり得ないとも囁かれてるからです。





 そこで実際の史実に当てはめつつ検証してみたところ、フォード氏は元々初期値として、非常に強い運を持った方で・・まあ、いろいろ調べたら・・やはりこのフォードと言う方も、感化された座右の書があって、トラインの本を青年の頃から真剣に読んで、自己を耕していたらしいです・・


今回は配偶者にフォーカスしてるので、もう長くなりすぎるので・・その言及はしませんけど・・


 どう足掻いても(;^_^A・・調べれば調べるほどクララと結婚してからフォードは運気が大きく拓かれているように思います。


( そういう賢妻<優れた恋人>に出会い、よく尽くし合うことが出来たのは、フォードは、先に挙げたような一冊の本を青年の頃から、深く吟味的に読み、自身を磨くことを怠らなかったから出会ったんだ・・と言われたら身もふたもないわけですが・・)


 彼女と結婚後における周期的な運気のリズムもそれとなく感じられましたので考察してみます。





先ず簡単にヘンリー・フォードの少年〜青年時代について述べるなら

フォード氏は、無類の機械好きで機械いじりが大好きでしたが学校の勉強には興味を持てず
早く仕事がしたくてたまらなくて16歳で高校を中退しています。


最初は、時計を作る大きな会社を興すのを夢みて、そのスキルを磨くために、機械工場で働き始め

その後も、かけもちで働いたりして機械に対する知識とスキルを磨くために
色んな職を転々としたと言われています。


自動車開発に興味を持った理由を自叙伝などから探ってみますと・・


フォードは田舎の農家の息子に生まれ自身が子供の頃から農業に携わって苦労していた。


 そのときの農作業における人馬の辛さ、労苦を骨身に感じたからだそうでして

これを少しでも軽くし楽にしてあげたかった・・というのがあったのだとか・・・


 また・・フォードが若き頃、住んでいたところからは少し離れた町で、
その当時、とても珍しかった「 車の展示会 」と言うのがあったそうで

( ※ただし当時の「 車 」と言うのは今のような、かっこいいものでは決してない )

 それを見学に行って目にしたことで

 自分自身で実用的な自動車を開発したい・・
という欲に火がつく原体験になった・・という記述が自叙伝の中で述べられてました。

実際にフォードは、農作業の苦役を軽くするための蒸気発動自動車を、
ありあわせの部品で試作したこともあったようです。


しかし、20代前半の頃は目標も定まっておらず職を転々としてたと言われてます。


ところが1888年 25歳の時にクララ・ジェーン・ブライアントと結婚して、そこから3年後の1891年にエジソンの関連会社に運よく就職できて夜勤の勤務をすることになりました。

これが先ずはフォードにとって幸運の兆しと言えるのではないかと思います。







フォードがエジソンの関連会社を転職先に選んだ理由は・・一説には、車のガソリン・エンジンを点火させるための電気の知識を学びたくて雇用機会を狙ってたとも言われてますが・・

 
 クララと結婚して3年で転機を迎えてるというのも、何らかの幸運と運気のリズムを感じます。

以下にクララ・ジェーン・ブライアント女史の写真と簡単な略歴がありますので引用しておきます。
( 英語ですが )


クララ・ジェーン・ブライアント・フォード
   ↑ ↑ ↑
 外見だけで判断するのは危険ですが・・雰囲気や印象からして、大らかで温かく包容力がある・・肝っ玉母さんタイプの感じですね。
それと・・無私的と言いますか・・我が超薄い感じがします。
自分が‥自分が・・ってのがあんまりない感じですね。(^_^)
 






そうして

クララと結婚後、転職先のエジソン照明会社で、瞬く間に頭角をあらわし、たった2年で異例とも言えるチーフ・エンジニアに昇進しこの会社本部で機械部の監督を任され
給与も月45ドルから月150ドルに跳ね上がっています。

このときには、昼間の勤務になっています。

※最初の勤務形態は「 夜勤 」だったのですが、敢えてそうしていたのはフォードなりの理由があって・・昼間は自分の自動車開発の研究に時間を割きたかったのでそうした・・という記述もありました。


 フォードは、この会社で周囲からの信頼も厚くなっていったので、ここで、そのままずっと働いてれば順調に出世しサラリーマンとして安定した生活を営めるはずなのですが、彼は、決してこれでは満足できなかったようです。

昼間はエジソンの会社でチーフ・エンジニアとして働き、
帰宅してからは、すぐに作業服に着替えて
夜中の2時〜3時まで金鎚(かなづち)を片手に自動車を作るために働く・・

自宅の一角を改造した作業場で徹夜することも多かったのだとか。


そういうダブルワーク状態を続けるうちに

自動車の試作とサラリーマンの二足のわらじでは、
自動車開発は覚束ないと思い始め

自身の手による自動車の製作に微かな手ごたえを感じ、事業化できると確信した頃に
妻(クララ)の了解も得て7年勤めた会社を退職しサラリーマン生活に終止符を打っています。



なお


退職に際してエジソン照明会社の社長さんからは、

「 なぜこんなに高待遇で将来も嘱望されてるのに辞めるのだ!ガソリンの車なんて需要はない!
この大馬鹿もんが! 」と猛反対されましたが

エジソン本人には理解され35歳の時に独立しています。

ちなみに・・もし、クララが小利口な方だったら・・夫の退職には決して賛成してないのかもしれません。

それに、クララが夫と共に困難を共有しようという勇気や冒険心がなかったら・・H・フォードも退職を躊躇してたかもしれません。

給料の良い仕事を捨て「 あなたがやりたい好きな仕事をなさってください 」と言うことは、子供を抱えてたりなんかしたら・・妻にとっても、大変な決断であったと推察されます。


彼の下積み時代の変人エピソード(のひとつ)で面白いものもあるのですが


H・フォードは、サラリーマンとしてエジソンの関連会社で働きながら、夜は自動車開発に熱意を傾ける日々を送って、会社を退職した後しばらくして、当時、ごく一部の富裕層しか買えなかった車を購入しています。

この当時の車の金額は、まだまだ馬が主流の時代で
オーダーメイドに近い状態だったので1台4000ドルくらいでして・・
これは当時のアメリカ国民の平均年収のだいたい7〜8年分に当たる金額でした。

今の貨幣価値で換算したら、それなりに立派な一戸建ての家が買えるくらいの値段だったはずです。

なので、そんな高価なものを購入したフォードを世間( 近隣住民 )は羨ましがったそうです。



 ですが、そういった世間の評判は、しばらくして・・またもや地に落ち、
批判と嘲笑の的になってしまいます。


 なぜなら、フォード青年は、その高価な車を乗り回すわけでもなく
自宅の片隅を改造した作業場で分解し始め、また組み立てる・・
組み立てたと思ったら、また分解する・・
そうして、また組み直す・・という作業を黙々・・延々と始めたからです。




これが噂になっていき世間の人はフォードを
「 また、わけのわからないことをしはじめた・・本当に変人だ・・ 」としか見ることができない・・

 フォード自身も決して社交的でなく寡黙( 無口 )で、仕事に関する質問をされても
YESかNoでしか答えなかったそうでして・・
今でいうところのコミュ力がない・・そのせいかもしれませんが・・周りは四面楚歌状態だったようです。




当時の人々は、そういったフォードの見えざる理念と信念・・
それに基づく行動を理解できなかった・・皆目わからなかった・・ということでしょう。


夫を信じる信念と夫愛が、めちゃくちゃ強い・・肝っ玉奥さんのクララとエジソンやバーバンク・・A・カーネギー、ジェイムズ・クーゼン等のごくごく一部の方を除いては・・


実際に農場を継いでもらいたかった父親から猛反対され隣近所の人たちからもスポイルされてたのは
自伝などを調べると間違いない事実のようです。

ですがフォードの妻のクララは、とりわけ格別に、そんなフォードを心から励まし勇気づけ、ただ口で励ますだけでなく夫と同じ方向を向いて一緒に汗を流して苦楽を共にし夫を心底から信じ支え続けてたとされています。

以下に会社に勤めながら、仕事が終わった後に作業していたサラリーマン時代のフォードが30歳くらいのときの自動車開発秘話もありました。


「自動車王ヘンリー・フォードの妻クララ夫人」( 自動車開発秘話 )





なお

H・フォードが一般的でなく変わり者だった伝説は、先に紹介したもの以外にも幾つもあって順風満帆だったエジソン照明会社を退職し35歳で独立して後


資本家( 投資家 )たちの協力を得て、会社を作っていますが・・



 最初につくった会社は


 「 あんまり安くしたら、資金提供した、こっち<資本家>の実入り(儲け)が少なくなるじゃないか・・それなりに高くして、経営している側のあなた( フォード氏 )とこっち<資本家>の実入り(儲け)が最大化するように、一部のお金の余裕のある人に、高い値段で売っておけば、それでよいのだ・・ 」

という、ごくごく一般的な考え方をする資本( 投資 )家たちと折り合いがつかなくなり意見が激しく対立して、それにどうしても妥協点を見つけられなかったフォードは、人間関係もごたごたし、投資家たちに幾度も言われるうちに怒り心頭に達してしまい、
その怒りが沸点を越えちゃって、とうとう自分から・・せっかく自身で立ちあげた会社を辞めたりしてます。OUCH!
 
 


事業的にも、最初は、てんで上手くいかず、所謂すっからぴんを5回も経験しています。

事業やってるような方で、たった一度の手痛い失敗で、二度と立ち上がれない方だっているわけです。

 そういうことを考え併せるとフォード氏は失敗に対する痛みの耐性があると言いますか・・

 過敏性の人間じゃないことは確かなようでして

 失敗から学ぶ力も、どこか突き抜けてる・・ある意味、( いい意味で、へこたれない )失敗に鈍いのじゃないかと思われます。 
 そうじゃなかったとしたら、そもそも再起を図って6度も立ち上がることはできなかったのではないでしょうか?


しかし、そうは言えども・・さらに輪をかけ腹のすわった「 奥方の内助の功 」というのは計り知れないのではないかと・・


 なぜなら・・いくらフォードの心が強い・・一本神経の太い線が切れてるみたいに失敗や挫折に対して鈍い・・鈍感で失敗から学ぶ力に卓越したものがあるからと言っても、幾度挫折しようが、その心が自暴自棄で投げやりに陥ることなく維持できたのには・・我の薄い肝っ玉奥さんの強い信念と言いますか・・根拠のない自信と言いますか・・楽天的パワーも相当にあったのではないかと・・(;^_^A

 こういうエピソードを知るにつけ、フォード氏同様に、いい意味で、我が薄くて´神経の太い線がどこか抜けてる大らかで底抜けに楽天的な´クララ夫人がいなかったら


フォードは、あれほどの失敗や逆境の渦中で心の積極性を保てなかったのじゃないか?

この方は元々強い運を持ってますが・・奥方の大らかな支えがなかったら・・下手すると頭のちょっとおかしい仕事虫の変人技術屋で常識を欠いた人間として生涯を終わっていたのじゃないかしらん・・夫婦揃って、まさに紙一重だったのではないか?・・としか言いようがありません。

 

クララの立場に立ってみると・・現実問題・・5回も破産して、素寒貧を経験してまして・・
しかも子供まで抱えているなかで一文無しになっている・・

こういう喫緊の状況が現実に幾度もあってクララに小賢しい知識が豊富で肝っ玉も小さく・・かつ我が強く冷たい方だったら・・

  一般的には、不平不満を爆発させ



 「 なんて甲斐性のない駄目夫なんだろう・・

 ほんと何をやってもダメなんだから・・

 ・・私は、なんで、こんな夫と結婚しちゃったんだろう・・

ほんとにもう・・こんな生活もうまっぴらごめんだわ・・ 」


と不満たらたら・・心を消極化させて、口にする言葉も温かさや潤いがなくなって

ぶつぶつと文句や恨み事を言ってたかもしれない

いや‥普通は、こうなるでしょう・・・何らかの心がけと言いますか修練積んでない方だったら・・


もし仮に同じ立場になったら99.9%の方が、こうなると思います。


 心を積極化する後天的方法を知らず実践してなかったら・・あるいは、そういうのを知らなくても‥何らかの心がけのない方だったら・・一般的には、そうなっても仕方がない・・いや許せる・・(;^_^A



しかし、もしクララが、我が薄くなく小賢しい言葉を普段から駆使し、その心( 言葉 )を温かさで満たしてなかったら


「 お隣のジョーンズさんは、もう役員になったそうよ・・

 あの方の奥さん・・ミンクのコートを着てたわ・・

 それなのに、あなたときたら・・ほんとにもう・・ 」と愚痴をこぼして

子供にも「 お父さんみたいになっちゃいけませんよ・・ 」とため息と軽蔑交じりに棘のある文句を言うに違いないかと・・

もし同じ立場になって何らかの心がけ・・修養をしてない奥方だったら・・大半の奥方が、こうなると思う・・いやいや・・そうなってもしょうがない・・と申しますか・・(;^_^A


ただ・・

もしも、こんな言葉をブツブツがみがみ浴びせられ続けてたらH・フォードは落ち込んで実用的自動車作りを断念してたかもしれない・・





しかし、もし・・このときH・フォードが庶民的な価格の高機能の実用的自動車作りを断念してたら・・今みたいに世界の各都市の道路で、これだけの車が道路を走るような世の中になってかどうか・・実にアヤシイです。






それに

( こんなこと書くとクララをこよなく尊敬してる<特にアメリカ人>に怒られるかもしれんですが )

もし、クララが、どこか抜けてて( いい意味で )鈍くないと・・

さらには、その言葉にほどよい温熱と大らかな楽天性を耕してなかったら・・

 フォードが事業に幾度も失敗して落ち込んでるときなんかに

「 あなたならきっと出来るわ・・」とニッコリ励ますことはできてないでしょう。






一般的には口にする言葉を温かくできず


「 あなたは、ほんと何やっても駄目ね・・あなたには結局、素質がないのよ・・ 」

と冷静なことを恨みがましくブツブツ、ガミガミ呟いてしまい


 桁外れに強運のフォードも心がぽきんと折れて立ち上がれたかどうか・・本当にわからない・・です。

そういう苦境に陥った時に、夫の成功を夫以上に信じ支えるのは
< 一度ならず幾度も破産して、素寒貧という現実 >が、
重ーく、のしかかったら心の態度を積極に変容させるのは、良い意味で、どこか突き抜けてないと・・あるいは、何らかの修養を心がけてないと、そんなに簡単ではない気がします。

フォード夫妻は何回も無一文を繰り返してたようなので、そんな中で言葉を温かくし、その態度を温情に満ちたものに積極化するのは相当に難易度が高い・・言葉を温かくするスキルにおいても非常に難易度が高いと言えるのではないかと。





 ・・クララが、小利口で、小賢しい・・冷めた知識を振り回す方で、言葉を温かくし勇気づける・・思いやり偏差値の低い方だったら・・・夫であるフォードの佳いとこがブロックされ

 芽を出しつつあった新しい産業や当時としては画期的な新しい生産システムは潰れていたはずでしてアメリカの目覚ましい工業発展も・・フォーディズムを真似て、そこから弛まぬ改善を続けていったトヨタを代表格とする日本の現在の自動車産業の隆盛もなかったかもしれません。





H・フォードも労苦をわかちあってくれるクララの献身性は強い実感として肌身にしみて感じてたみたいで

彼女( クララ )のことを敬意と慈しみを切に込めてThe Believer( 僕の信者さん )と呼んでいたのだとか。



そうして

H・フォードをして

「 私の人生の最大・最良の日は、私がフォード夫人( クララ )と結婚した日でした 」

とまで言わしめ

フォード氏は輪廻転生を信じてたらしく

さらに駄目押しで

「 次にこの世に生まれてくるときは何になりたいか?」

と聞かれた際は

「 何でもかまわないが、ただ、妻とだけは一緒にいたい 」と答えたという逸話まで残ってます。

これだけ深く信頼されてたからクララから無条件の愛と献身を返されてたのかもしれないですね。

そうした妻の並々ならぬ協力と献身もあって、心を強められたH・フォードは
クララと1888年に結婚して約12年後の1899年にデトロイト自動車会社を創業しています。


そこからいろんな試練に遭遇しますが彼は決して諦めず、9年後の変化の年である1908年に
ジェイムズ・クーゼンらの経営手腕もあって、

あの爆発的ヒットになった伝説のT型フォードを見事に完成させ1899年から
12年で大きく飛躍しています。

( T型フォードは、扱いやすく機能的で高品質なのに850ドルという価格でして
当時(1908)としては画期的でした。

 この車は結局360ドルにまで価格を引き下げていまして、
彼の理念と願いのとおり庶民の手の届く価格にしています。
 
 T型フォードは売れに売れ、クララと結婚して
12×3=36年目の1924年には1000万台を突破することになります )





こういった史実に見られるようにH・フォードは嫁さんに一途に愛され信頼され敬われ励まされて
エネルギー状態がよかったことも幸いし

 多くの挫折、失敗や倒産という辛酸をなめ尽くしても、心の尊さ、強さ、温かさ・・清さを失わず、それをエネルギーに変え得ることが出来たとも言えるのではないでしょうか?



そんなH・フォードだからこそ


「 奉仕を主とする事業は栄え、利得を主とする事業は衰える 」


さらには


「 努力が効果をあらわすまでには時間がかかる。
多くの人はそれまでに飽き、迷い、挫折する 」

「 結果がわかっていなくても前進することだ。
やっている間に結果もでる 」


「 将来を恐れるものは失敗を恐れておのれの活動を制限する。

しかし、失敗は成長に続く唯一の機会である。

まじめな失敗は、なんら恥ではない。

失敗を恐れる心の中にこそ、恥辱は住む 」


こういった言葉が深い体験智として滲み出て語られたのかもしれません。



H・フォードの友人関係を調べてみますと

彼は上司だったエジソンだけでなく、あのルーサー・バーバンクとも非常に親しかったようです。

エジソンも小食で発明のヒントやインスピレーションを感受するために瞑想してたことは、あまりに有名ですが・・

ルーサー・バーバンクも聖者みたいな園芸家でして
H・フォードもエジソンやバーバンクに負けず劣らず

哲人経営者と言ってもいいくらい高潔で
瞑想をたしなみ瞑想で仕事の問題を解決したりすることも多く
簡素な生活をして、なおかつ自身の仕事が大好きだったことでも知られています。

フォードの若き頃( 30代〜40代 )の逸話を調べると・・

サラリーマン時代は昼間働いた後、いくらクララが洗濯しても追い付かない・・
機械油で真っ黒になった作業服に着替えて夜中の2時〜3時まで熱を入れて
「 実用的車作り 」という創作的行為に情熱を注いでますので、
ほぼ間違いなくリピドーを人々の役に立ち、楽にし
世の進軍に貢献する創造的なことに向けて熱変換し変容させてるかと思います。
じゃないとここまで精力的に働けないでしょう。


( それに・・いやいや、やらされてたのではなく、
  自分で自発的に熱意を持って取り組んでたから時間も忘れてたのでしょう )


下手すると徹夜・・そうしてまた会社に出勤っていうのを繰り返してたらしいので
私がやらないで誰がやる・・というような強い使命観に似た動機で
パッションを持って取り組んでたかと思います。





高潔で愛妻家で簡素な生活をして自分のやってる仕事に強い誇りを持ち
好きで好きでたまらなかったのも
クララから深く尊敬され信頼され、H・フォード本人以上に
夫の成功を確信する根拠になってたのかもしれないですね。




 ということで・・

やはり尽くし尽くされ、よいものを交換し合う夫婦愛のエネルギーの交流が自然にお互いの人格を創り、心を少しずつ強くする。運もよくする。

その一方で、これが何らかの原因でおかしくなって信頼を損ないエネルギーの交流がストップすると陰陽の調和が崩れ心の積極性にも少なからず影響を与え運気も乱れやすくなる。

( 自分の言葉を付け加えて表現し直してみますが・・・ )


お互い多少の欠点は目を瞑ってお互いの良いところを交換し合い、感謝し合う夫婦愛のエネルギーの交流が心の態度にも影響し円満な場合の仕事や生活にもたらす影響というのは甚大なものがあるのかもしれない・・また、このよしあしが運気の盛衰に関係するかもしれない例としてHフォードをピックアップしてみました。
 何かのお役に立てば幸いです。


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